第67話 大切な人は誰か
三日目、俺はいつもより早めに目覚めた。いや目覚めてしまったと言うべきか……。
実際はあまり寝付けずに一時間に一回のペースで起きている。
「義姉さん……」
目を閉じる度に、寝ようとする度に初めて逢った時から今までの義姉さんのいろんな顔が出てくる。怒った顔、笑った顔、真面目な顔。想いを告げた時の顔。
玲香と喧嘩して、その後に父さんが亡くなって、精神的に追い込まれた俺を助けてくれた。
でもその義姉さんが居なくなってしまった。
「……はーくん」
玲香に呼ばれて振り向くが、すぐに顔を逸らしてしまう。
「はーくん!」
「……ごめん。独りにさせて」
それだけを告げ、そのまま部屋を飛び出した。
まだ気持ちの整理が出来てない今、玲香と一体何をどう話せば良いんだ……。
☆
ロビーでボーッとしていると、聞き慣れた声が俺の名前を呼んだ。
「荻谷先輩……その、大丈夫ですか?」
「上村……これで大丈夫に見えるか?」
「話、聞きました……。会長さんとのことを」
まあ知られてるよな。この旅館内で知らないのは他の仲居さんぐらい。
「愚痴ぐらいなら私が聞きますよ?」
「お前に言うぐらいなら今ここには居ない」
「……それも、そうですね」
しれっと俺の隣に座った上村を見て、上村と初めて逢った時の事を思い出した。
丁度こうして落ち込んでたっけ。
「……懐かしいな。お前と出会ったのも丁度こんな感じだった」
今は彼女の顔を見れないが多分驚いてることだろう。
「憶えて、くれてたんですか……?」
「そりゃあな」
「嬉しい……です。てっきり忘れ去られたとばかり」
「俺に声を掛けてくれる奴なんて限られてるからな」
だから余計と言うか、鮮明に憶えている。
チラッと彼女の方を見ると、若干だけど頬が赤く染まっていたように見えた。それに……。
「……お前、意外と可愛いんだな」
「か、かわ……っ!?い、いきなり何言うんですか?!彼女さんに怒られちゃいますよ!?」
「なら俺は彼氏に怒られるな」
そう返したのだが、上村の表情が真っ赤から真っ青に。
「……私に彼氏なんて居ません」
「は?でもあいつと……」
「あれは……話を合わせてくれただけで、私には……先輩にしか居ませんから」
真っ青になったと思ったらまた真っ赤に染まり、今度は俺に凭れ腕を絡める。
「好き、です……。ずっと、好きでした。でも先輩には彼女さんがいらっしゃいます……」
「上村……」
「だからその……少しだけ」
なんだろうこの感覚……。胸がチクチクと物凄く痛い。
義姉さんのことで頭が一杯で、上村にまで告白されて……でも頭に過るのはどうしても玲香の顔だった。
「ごめん……大切なこと思い出した」
俺は上村から距離を取ろうとするが、それが何か分かったのかなかなか離してくれない。
「嫌です!だってこの腕を離したら……先輩は彼女さんのところに……」
「上村……!」
「私は本気で……!」
「俺に同じこと言わせんな!!」
一瞬緩んだこの隙に腕を離し、真剣な眼差しで上村を見る。
「……気持ちは嬉しい」
「だったら……!」
「でも、お前の気持ちに答えることは出来ない」
思い出した。今の俺に一番必要な人は姉貴でも、麻那ちゃんでも、上村でも、ましてや桐原でもない。
「お前、知ってるだろ……例え何があったって誰よりも玲香の事が好きなんだってこと」
「でも……!私は……!」
「俺が弱ってるとこを狙って告白したつもりなんだろうけど……わりぃな、今の俺には玲香が必要なんだ。玲香じゃなきゃ駄目なんだ。この通りだ」
俺は上村に頭を下げた。
「分かり、ました……」
俺は部屋で待つ玲香の元へと急いだ。後ろで泣き崩れた上村を無視して。
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