第66話 最悪な日
玲香とデートを終えてから少し時間が経った頃、ロビーで何やら言い争いと聞き慣れた声が聞こえてくる。
姉貴だ。でもあんな顔、一度も見たことがない。
「はーくん……あれ」
流石の玲香も心配してるのか、俺の傍から一歩も動かなかった。いや、動けなかったというのが正しいか。
「……多分、姉貴の……遥菜義姉さんの、本当の親なんじゃないか?」
「えっ……じ、じゃあ……」
その時、姉貴が声を荒げて親らしき人物に怒りを露にした。その姿を見て俺は胸がチクリと痛んだ。
俺には親が居ない。でも義姉さんは親が見つかった。
「はーくん」
その想いを感じ取ったのか、手を握って優しく微笑んでくれる彼女は俺としては凄く嬉しかった。
こんな俺を好いてくれるんだって。
「ありがとう玲香」
少し元気が出た俺は泣き崩れてしまった義姉さんに近寄る。
「……姉貴。いや、遥菜義姉さん」
「はや、ちゃん……れいちゃんまで……」
「ここじゃなんだから、部屋に戻ろう。皆見てるよ……あなたもそれでいいですよね?」
それから俺達は一度自分達の部屋に移動した。
☆
騒ぎになったことで俺の部屋に女将さんがやってきて、仲介役として話を聞いてくれるとの事。
「それで……渡辺さん。一体どうしてこんなことを」
「本当に申し訳ございません……!辞めろと言われれば今すぐにでも――」
「そう言うことを言ってるのではありません。どうして今まで黙っていたのかと聞いているのです」
女将さんはかなり心配している様子で渡辺さんの言葉を待つ。色々あったからか、心配してくれてるんだなこの人も。
「……この子が物心付いた頃、元夫が事故で亡くなって一人で育てようにも自分の事で手一杯で」
「それで……一度預けたと?」
「はい……後は聞いての通り、ここに勤めて生活に余裕が出来てから迎えに行ったら既に居なくて」
そういうことだったのか……。だから家に来た当初の義姉さんは寂しそうにしてたのか。
それで今こうやって迎えに来ましたじゃあ、怒るよな。
「えっと……遥菜さん、でいいかしら?今の貴女の気持ちを率直に聞かせて貰えないかしら」
「……私は」
義姉さんはなんて答えるんだろうか?怖い、聞きたくない。でも聞かないと話が進まない。
義姉さんの重たい唇がゆっくりと動いた。
「お母さんと一緒に居たい、です……」
この時、俺の中で何かが崩れ落ちていく音が聞こえて、この後俺が何をどうしたのかよく憶えていない。
気付いた時には俺と玲香、麻那ちゃんが心配そうに寄り添ってくれていた。
「……姉貴は」
俺の問いに誰も答えてくれない。
「なあ、姉貴はどうなった?どうなったんだよ!!」
俺の悲痛な叫びも玲香は俯き、麻那ちゃんも顔を逸らした。
「答えてくれよ。玲香、麻那ちゃん……」
久し振りに味わった家族を失うという二度と経験をしたくない経験を。遥菜義姉さんが俺の姉さんじゃなくなった。
この気持ちを誰にも理解されることなく、二日目が終わった。
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