15
そこでようやく男性の前でおっぱいおっぱい連呼してしまったことに気づき、申し訳ない気持ちで蘭さんの様子を伺う。
するとそんな私の視線を受けて何を思ったのか、
「もしかして僕、安心感が足りなかった?おっぱい無くてごめんね?」
とトチ狂った謝罪をする蘭さん。手を胸の前でクロスするというオマケ付きで。
私はもう少しで口に含んだおかゆを吹き出すところだった。表情ひとつ変えなかったおねーさんには、弟のことだから慣れていることもあるのだろうが、私は心から尊敬の念を抱いた。
それでも最終的には、私はおかゆを吹き出すことも吐き出すこともなく、お皿に入れてもらった分を綺麗に完食した。
おねーさんは、大鍋いっぱいに作ったというおかゆの残りをタッパに小分けにして冷蔵庫に詰めてから帰って行った。
玄関先まで彼女を見送るとき、私はお互いに自己紹介もしていなかったことにようやく気がついた。
「あの、お名前は…」
ああ、という顔をしたおねーさんは、自分の顔を親指で差しながら「リツカ」と言った。
「リツカさん、今日は色々ありがとうございました。申し遅れましたが、私は新山晶といいます」
「うん、知ってる」
リツカさんは最後にニヒルな笑みを見せてくれた。
リツカさんが颯爽と歩み去っていったあと、「おねーさん、めっちゃいい人ですね」と言うと、蘭さんは「エエッ⁉︎」と叫んでマジマジと私を見下ろした。何故そんな珍獣でも見るような目つきで見られなくてはならないのか。
「え…何?」
「いや…あの人めちゃくちゃとっつきにくいでしょ?」
「え…そう?」
「愛想悪いし仏頂面だし」
「んーまあ、クールな感じですよね。カッコいいと思いますけど」
「……普段はもっと口悪いし乱暴だし。アキちゃんは相当気に入られたんだと思うよ」
「え…そうなんだ?」
まあ、身内にしか見せない顔というものもあるだろう。とにかく大変お世話になったのは事実なので、後日改めてお礼に伺わなくては。
そう言うと何故か「いい!いい!そんなことしなくても!」と、
「そういえば私の荷物って…」
「ん、こっち」
案内されたのは私が寝かされていた部屋の隣で、どうやら仕事部屋のようだった。大きなデスクの上にパソコンのモニターが3つもあり、デスクの横には黒い大きな本棚があって、おそらくプログラミング関係と思われる専門書や、洋書が並べられていた。
そんな大きな家具を入れてもなお、部屋はだだっ広く、スペースが有り余っている。
私の荷物は、そんな広い部屋の真ん中にこじんまりと纏められて、異物と化していた。
スマホの充電を確認し、メイク落としを取り出したところで、ふと気づく。
「すみません、荷物の中に白いビニール袋ってありませんでした?」
「……」
「割と大きめで、中に貰い物のカップラーメンがたくさん入ってたんですけど」
「……」
「蘭さん?」
蘭さんは直立不動で固まっていた。
「……蘭さん?」
「っしょ、賞味期限が、切れてたから捨てた!」
「そうなの?…じゃあ、消費の方は?」
「え⁉︎」
「賞味期限がダメでも、消費期限が過ぎてなければ食べれるんだけど」
「あ、ああ、消費期限ね。うん、たぶん消費期限も過ぎてたよ」
「たぶん?」
「過ぎてました!」
「…ホントに確認しました?」
「しました!」
何故急に
私は一歩蘭さんに歩みよった。
蘭さんはきゅっと唇を引き結んだ。
もう一歩歩みよった。
ごくっと、その喉仏が動く。
さらに歩みよって、体がくっついた。
大きな目がさらに大きくなった。
「蘭さん」
「はいっ」
「洗面所、借りていいですか?メイクを落としたくて」
「はいっ、あ、うん。洗面所、洗面所はね、こっち」
ホントは明るい場所でスッピンを晒したくはないのだが、今更やむなし、だ。
蘭さんは私がメイクを落としている間、まるで監視するかのように入り口に立っていた。鏡越しに見ていると、彼がときおりリビングの方へチラチラと視線をやっているのがわかる。
私は使い切りの化粧水、乳液、保湿クリームを顔にはたいてから、空になった袋を手にわざとらしく声を上げた。
「あーっと、ゴミ箱って確かリビングの方でしたっけー?」
「!」
ぎゅるん!と音がしそうな勢いでリビングに向けていた顔をこちらに戻す蘭さん。
キッチンの後ろにありましたよねー捨ててきますねー、とその横をすり抜けようとすれば、その巨体に似合わない俊敏さで行手を阻まれた。
「僕が!捨ててくるから!」
「いえいえ家主にそんなことさせるのは申し訳ないっていうか」
「そんなの全然気にしなくっていいから!」
「気にしますよただでさえ今日はたくさんご迷惑を」
「ご迷惑だなんて!具合が悪いんだから仕方ないっていうかそうだよだからアキちゃんは休んでて!」
「別にゴミを捨てに行くくらい平気ですよ大分体調もマシになりましたし」
「いやちょっとウチはゴミの捨て方が特殊っていうか複雑で慣れてない人には難しくてね⁉︎」
「なんですかそれゴミ箱に仕掛けでもあるんですか」
「そうそういくつかの特殊な仕掛けがあって複雑なプロセスを踏む必要があってだね」
「ならぜひ捨てるところを見てみたいですね」
「〜ッ‼︎」
右は左へと押し問答をした挙句、声にならない声を上げた蘭さんは強硬手段に出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます