9

「別にエリカのこと嫌ってるとかじゃないと思うよ。アイツ、人見知りで慣れないうちは当たりが強いから。アレでも彼女には優しいんだよ」

「ノロケか」

イツキは多分、このまま彼の誤解を解く気はないんだろうな、と思う。私たちのギスギスした空気感を面白がって、ただ成り行きを見るつもりに違いない。

「それにしても、エリカが小説家かあー」

「小説家なんて大それたものじゃないってば」

「本出してるんだから、もう小説家でしょ。今回ので何冊目?」

「7冊目」

「え、もうそんなに出してるの?よく続いてるね、エリカって飽きっぽいイメージだったのに」

「それは否定しないけど、そもそもアンタが向いてるって言ったんじゃない」

「え?そうだったっけ?」

事実である。

初対面の人間と楽しくしゃべれるので、一見コミュニケーション能力が高く見えても、長期的な人間関係を築くのは苦手(つまり、いつかハリボテは剥がれるということだ)。短期集中型の個人作業で結果を出し、報酬をもらう仕事が向いている。

イツキは私にそんな分析をした。

自分でも、世間一般の流れに乗って会社の終身雇用でOLをやっていくなんてありえないと思っていたところだった。

イツキがゼミ仲間と作ったという「向いている職業分析アンケート」で「イラストレーター」「ライター」「小説家」と出たことに加え、人が好きそうな虚構のストーリーを作り出す才能に長けている自負はあったので、今の職業を見つけた時は天職だと思ったくらいだ。

就職活動なんてハナから投げ出し、フリーターとしてテキトーにやっていくつもりだった私は、早速ネットで“体験談”を募集しているところに応募した。そこから徐々にステップアップして、書き上げた短編を出版社に売り込んだり、自分でオンラインで販売したりしているうちに、紙の書籍を本屋に並べられるまでになった。今では、こんな私にも「担当編集者」なるものがついている。

「まあ、イツキの占いのおかげで私は今の職を選んだわけだから、感謝はしてますよ」

「占いじゃなくて、心理学だってば」

そのあとはイツキのネッキングにテキトーに付き合って、彼女が爆睡してしまうと私は1人でネットサーフィングをして過ごした。部屋が青白く明るさを増してくる頃にちょっと微睡んだ程度で、翌朝は案の定寝不足だった。

枕が変わると眠れない、なんて繊細な性格ではないのだが、私は昔から他人がいる空間ではまともに眠ることができなかった。

本来、私は一度眠ってしまうと眠りが深いタチだ。つまり、寝てる間に何かされても全く気づかない自信があるので、いろいろと“危険”だと思い常々警戒を怠らないようにしている。それに何より人に寝顔を見られるのが嫌だし、寝起きの顔を見られるのも嫌だった。モナさんの家でああもアッサリ眠れたのは、仕事で疲れ切っていたところが大きい。

学校の合宿や修学旅行ではいつも最後まで起きていたものだ。「お腹が痛い」「みんなの寝言がうるさくて眠れない」「天井の木目が襲ってくる夢を見た」「みんながゾンビに変身して襲ってくる夢を見た」などと理由をつけて、別室を用意してもらったり救護室で寝かせてもらったりもした。

私はすっかり日が上って明るくなった部屋でコンビニで買ったTシャツに着替えながら、イツキの無防備な寝顔を眺めた。

イツキに関して言えば、最初の出会いこそ騙された形とはいえ、私が同性とは“できない”と言えば決して無理強いはしてこないくらいには常識がある。だから、彼女に何かされる心配は最初からしていなかったのだが。

「アンタさー、仕事で使うんなら自分で買えよ、コピー機くらい」

コイツに関して私は決して油断するつもりはない。第一に男、第二に私より体格がいい、第三に私を快く思っていない。学生くんは、先程タバコを咥えながら部屋に入ってきたかと思うと、先にいた私に今気づいたという表情をしてから、わざとらしいくらいメンドくさそうにパッケージに戻してみせた。お前がいるから吸うのをやめてやったんだぞと言いたいのだろう。言いたいのだろうが、口に出して言わないのは昨日の脅しが効いているからだ。唸り声をあげる“コピー機”(←ファックス機能付き)の前にいる私に対して、部屋の入り口から話しかけるという距離感から、それが伺える。

ひょっとすると私が彼の大事なコピー機に、バラバラ殺人を働くと思われているのかもしれない。

「なあ、これまでも仕事で必要になる度にイチイチ人から借りてたわけ?」

「まさか。自分で持ってたやつがあったけど丸焼けになったんだから仕方ないでしょ」

「丸焼けってなんだよ。コピー機の上で寝タバコでもしたのか?」

「違う。家ごと燃えてなくなった」

はあ⁉︎と叫んだ学生くんはタバコをパッケージごと床に落とす。

「い、家燃えたって、それ大事件だろ⁉︎」

「実際、新聞に載ったし、テレビのニュースでも流れたしね」

「…待って。最近ニュースになった火事ってまさかアレか?部屋で焼身自殺した男のせいで木造のアパートが全焼したっていう」

「そうソレ」

「ウッソだろアンタよく無事だったな⁉︎結構夜も遅い時間だったのに」

「ていうか、イツ…イチカから何も聞いてないわけ?」

「いや、災害に遭って困ってるとしか」

「何だそのアバウトな説明…」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る