大将の気持ち
ムリして、誰かの役に立つ必要はない。
それって、わたしたちと大将の関係とまったく同じじゃないか。
大将は、わたしたちに何の見返りも求めない。
店の手伝いだって、本当は必要ないくらいである。
厄介なあやかしが現れたら、退治するくらいだ。
しかし、そう毎回現れるわけじゃない。
それでも、大将は側にいさせてくれている。
わたしは瞬時に、ナナミのいいたいことが理解できた。
「うん。そうだな」
「ありがとう。離れ離れになるのは寂しいけど、お別れじゃないよね」
「ああ。達者で。気が向いたら連絡してこいよ」
「向こうでも、忘れないから」
それでいい。
今度こそ、ナナミは異世界へ旅立つ。
わたしたちは、ナナミがいなくなった場所で、立ち尽くしていた。
家に戻り、こたつでくつろぐ。
いつもと変わらず暖かいはずなのに、今日は足元が冷えていた。
一向に、足の温度が上がらない。
「なあ、ラン。大将も同じ気持ちなのかな?」
「あん? 急にどうしたシリア?」
「だからさ、大将もわたしたちのこと、役に立たないって思っているのかな?」
頭をかきむしりながら、わたしは不安をランへぶつける。
「どうだろうな。でも、ここにいさせてくれてんだ。文句一つ言わずにさ」
「たしかにそうだが」
「だったら、それが答えだろ」
熱いお茶をすすりながら、ランは雑に答えた。
「そもそもあたしら、打算で動いている関係か?」
わたしは、首を振る。
「違うな。なんかグダグダな付き合いだ」
「人付き合いなんて、そんなもんだろ。グダグダでいいんだよ。気がついたら側にいるって関係が、ちょうどいい」
ランの言うとおりかもしれない。
それを、ナナミにも教えたかったのだろう。
「ありがとうな、ラン。わたしじゃ、月並みな解決策しか思いつかなかった」
普通の生活を送ることこそ、ナナミにとって必要なのだと、わたしは思い込んでいた。
しかし実際は、魔術やあやかしと関わらない生き方を選んでほしかっただけで。
ナナミのことなんて、考えていなかっただろう。
どんな生き方も、あっていいんだ。
自分が選んだなら。
ランは、選択肢を増やしてくれた。
「そっかーお礼がしたいと」
湯呑みをテーブルに置き、ランがわたしのいるスペースまで移動してくる。
「な、なんだよ」
「お前さ、役に立ちたいって言ったよな?」
ランが、わたしに抱きつく。
「そうは言っていないが」
「あたしの性欲処理に役立ってもらおうかぁ。ほれほれ」
「やめんか。身体を撫で回すなっ」
「口ではそう言っていても、身体までそうは言わせねえよ」
「いいかげんにしろっ!」
わたしは、頭突きで反撃した。
「……騒がしいぞ」
大将が、営業から戻る。
「あっ大将、いいところに来た。シリアのヤツが、あんたの役に立ちたいってさ。どうなんだ?」
ランが、恥ずかしいことを大将に問いかけた。
「わたしだけじゃないから! ランも、同じこと考えてっから!」
「てんめ、巻き込まれ事故起こしてんじゃねえ!」
二人して赤面しながら、大将へ質問を投げつける。
「……オレの方こそ、お前らの役に立てなくてスマン」
それだけ言って、大将は夕飯の支度を始めた。
「ヤバイ。神だわあの人」
「大将、わたしたちは一生あなたについていきます」
わたしたちは、大将の背中に向けて拝む。
(第二話 完)
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