役に立たなくても、側にいていい世界

 スマホで、ナナミが「帰りたい」と言ってきたのである。


「いったい、何があった!?」

『いや、一旦帰りたいなーって』

「勇者に、ひどい目に遭わされたとか?」


だとしたら、許すまじ勇者よ。


「ないない。アイツは女に手を出せるような根性ねえから」

「わかんないだろうが! もしもしナナミ!」


 しかし、ナナミはわたしの心配をよそに「ないない」と、ランと同じ反応をする。


「あのね、異世界に定住することに決めたから、地球でのお仕事を退職したいの」



 その後、本格的に地球を離れるため、ナナミはいろいろな手続を済ませた。


 

「ありがとうシリアちゃん。付き合ってくれて」

「いやいや。このくらい」


 それにしても、この決断力の速さよ。


「よっぽど、気に入ったんだな。異世界が」

「そうでもない。ランさんのいうとおり、すっごい不便だよ」


 わたしは、拍子抜けした。

 てっきり、快適すぎて地球など退屈なだけだと思っていたのである。


「お料理は薄いし、冒険者の仕事は苦労の割に薄給で。あと、勇者さんと一夜をともにしたんだけど……早くて」


 ランが、ニヤニヤする。


「でも、性格の不一致とかはないよ! すっごく優しくて、大切にしてもらってる。ただ、便利さで言ったら地球のほうが上かもね」

「だったらどうして? 地球の方が便利じゃん」


 ナナミは「なんていったらいいのかな?」と、一旦言葉に詰まった。

   

「私、ずっと誰かの役に立ちたかった。私ね、まだ魔力が残っていたの。でも使わずに、また使えなかった。この力って、ムダなんだって思っていた」

 

 ナナミの魔力は、ポテンシャルが高い。

 大人になってもなお、その力は持続していたのだ。

 わたしがあれだけ、吸い尽くしたというのに。

 ナナミの魔力は、なおも成長していたのだ。


 だから、誰かのために使うべきだと、ナナミは苦しんでいた。


「でもね。でもね、それは思い込みだった。本当は、誰かの役に立てないことが不安だったの」


 それを教えてくれたのが、異世界の住人たちだったのである。

 当たり前のように魔法を使う彼らから、ナナミは力の使い方を学んだという。

 

「ここの人たちに比べたら、わたしの力なんてちっぽけでさ。何もすることがないの」


 それはそれで、ナナミは悩んだという。

 誰の助けにもならないと。


「それでも、勇者さんは言ってくれたの。『ここにいてください』って。いていいよ、じゃなくて、いてくれって言われた。それで、やっとわかったんだよ」

「なにが、わかったの?」

「誰かの役に立たなくても、側にいるだけでいい世界があるんだって」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る