鉄拳制裁

「っよ、マスケンとやら。どうしてマムシ入りの酒なんて持っていた? あの、変わったラベルのやつ」

「そうそう。ちょうどこんな感じの」


 ランが酒屋から酒を引っ張り出し、わたしがマスケンに見せる。


「俺んち、神社ぁ」


 涙目になりながら、マスケンが答えた。


「俺、死ぬの?」

「死なない! 死ぬもんか!」

 

 あやかしに取り憑かれても、人間は死ぬわけではない。

 ひどい目に遭うくらいだ。


 第一、人間に憑依して殺していたら、借り主である自分の身さえ危ない。


 なので、適度に悪さをするのだ。

 そうやって、養分を吸い続ける。 


「だから安心しろ。絶対に助けてやる」


 わたしが声をかけると、マスケンは落ち着いた顔に。


 だが、わたしたちは攻めあぐねていた。


 鬼とマスケンは、完全に一体化している。

 人間にここまで依存する鬼は、珍しい。

 あそこまで養分を吸うと、普通は正気すら保てないはずだ。

 なのに、マスケンは受け答えできるほどに冷静である。


 なんだろう、なにかがおかしい。


 事情もわからないので、余計に手を出しづらくなっていた。


「もう一気にマスケンごと殴ったほうが早くね?」

「それはダメだ。それこそ大ケガするぞ。最悪、意識不明になる」

「だよなあ。こっちが加減しているつもりでも、ヤバイんだよねぇ」


 打つ手なし。わたしは、唇を噛みしめる。



 と思っていたら、マスケンの背後に忍び寄る影が。

 


 それは、あまのじゃくをゲンコツで殴り飛ばす。



 あっさりと、あまのじゃくがマスケンから離れていった。

 

 

 ゲンコツの主は、先日酒を買いに来た男性である。

 隣につれている女性は、彼の奥さんか。奥さんにも、同じような角がある。

 あの角は印象深い。


 しかし、どうしてここにあの男性が?

 わたしたちが首をかしげていると、大将が外から出てきた。


「なあ、大将! さっき鬼の男性が!」

「……電話して、呼んだ」

「お、おう」


 やけにさっぱりした解答である。

 


 とはいえ、これはDVでは?

 

「うおお、いくらなんでも自分の子を……」


 だが、夫婦が抱きしめたのはマスケンだった。


「くっそ、テメエら!」


 頭を抱えながら、あまのじゃくが立ち上がる。


「あれ?」


 あまのじゃくの頭にあった角が、縮んでいた。


 何が起きたんだ?


「ウチの子をたぶらかさないでいただきたい!」


 マスケンを抱きしめながら、夫婦があまのじゃくを睨みつけた。


 見ると、あまのじゃくの角が、なんとマスケンに移動したのである。

 マスケンの頭に、にょきにょきとシカのような角が生えてきた。



「えっちょっと待て。ひょっとして?」

「マスケンって、神様の子どもだったのか!?」

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