太もも

「う-寒い寒い!」


 わたしがコタツに寝転がってスマホゲーをしていると、ドラゴンがトイレから帰ってきた。

 なぜか、わたしの隣に座る。

 

「ぴと」

「うわぉい!」


 わたしは飛び起きた。

 

 ドラゴンが、わたしの足の間に手を入れてきたからである。


「なにをするだーっ!」

「だって、寒いじゃん!」

「そんな格好してたら当たり前だろ!」



 芋ジャージブルマとか、寒すぎだろ。

 

 誰に需要があるんだよ?


「この格好が一番自堕落でアタシのスタイルに合っているんだよ!」

「ポリシーかよ!? そんな性格だからトイレが近くなるんだよ!」

「手洗いが近いのは、しょうがねえだろ! トイレが外にあるんだから!」


 あー。お店のレジ裏だもんね。お手洗いの場所って。


 今、レジには大将が座っている。味にうるさいお客の応対をしているところだ。


「黄金大黒と、竜舌蘭がなくなったのは、惜しいねぇ」

「……そうですね。いい酒でした」

「うんうん。黄金大黒はパンチの利いた酒で、竜舌蘭は女性の酒蔵が作っただけあってフルーティだった」


 お客と大将が話しているのは、跡取りがいなくなって絶滅したお酒だ。


 わたしたちは、滅んだお酒の付喪神である。


「黄金大黒って、あんたの化身だよな?」


 わたしは、ドラゴンに話しかけられた。


「ああ。一〇〇年前に跡継ぎがいなくて滅んだ。竜舌蘭って、アンタのことっしょ?」

「そうだよ。女性ばっかの杜氏で作った、甘い酒だったらしい」


 酒蔵が火事に遭って、竜舌蘭の製法は永遠に失われてしまった。

 その杜氏たちは今、竜舌蘭とは別の酒を作っている。

 今より飲みやすい酒だという。

 が、「竜舌蘭のほうがおいしい」というファンも多い。

 


 だが、わたしたちは下戸である。

 つまり、お酒の味を確かめようがない……。

 お酒の化身なのに、我々は完全なる戦力外である。

 

「協力しないでいいんだよな?」

「わたしたちが行っても、邪魔なだけだぞ。普段からそうじゃん」


 我々モンスター娘は、もっぱら駄菓子を売って子どもの相手を担当する。


 この店はおつまみの延長で、駄菓子コーナーがあるのだ。

 最近だと大人用の高い駄菓子もあり、大人にも人気である。


 元々は、大将の亡くなった奥さんがちびっこたちの世話をしていた。

 親の帰りが遅い子どもたちにとって、奥さんはいい相談役だったらしい。


「ウチら、ちゃんと奥さんの代わりできているかな」

「いいんじゃね? できてなかったら、追い出されるだけだろ」


 大将は何も言わない。

 まあ、いいのだろう。

  

「クールだねー。太ももはあったかいのに」

「うるっせえな。手ぇどけろやトカゲ!」

「そんなことより、太もも触らせろ」

「ヘンタイだーっ!」

 


 わたしは、ドラゴンを引き剥がそうとした。

 

「ショートスパッツなんて穿いてるアンタが悪いのだ」

「うっせ。風呂上がりだから、ちょうどいい温度だったんだよ」


 お前もくらえ、ぴと。


「やはぁん!」


 急に、ドラゴンがしおらしくなる。

 わたしは、思わずドン引きした。

 

「変な声出すな!」

「だって、太もも弱い!」

「だったら、してくんなよ!」


 人の嫌がることは、してはいけないんですよ!?

  

「けど、あんたの肌モチモチだもんさ。美容液、何つけてんの?」

「つけてませんけど!?」

「だったら、お酒の化身だからじゃね? 麹の力でプルップルンやぞって」

「お前もだろうが!」

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