夕飯は鍋

 わたしたちは、いつものようにコタツの中で惰眠を貪っていた。


 

「……二人とも、起きろ」

 


 上から、若い男性の声が振ってきた。

 声は重く、覇気はない。しかし、太い声である。


 わたしたちを拾ってくれた、酒屋の大将だ。


「ほーい。ほら、ハムも」

「ういー。今日のごはんは、なんですか?」


 大将は、手に土鍋を持っている。

 いまだに、グツグツと煮えていた。

 

「……鍋だ」

「ひょっとして、今日も水炊きですか?」

「……他に選択肢は、ない」

 

 またか。

 

 大将は、鍋となると水炊き以外作れない。

 

 煮込みラーメンなどのバリエーション系は、わたしが担当する。


 すき焼きだけは、ドラゴンに任せていた。

 こいつはすき焼き奉行なので、料理を任せるとうるさいのだ。


『他のが食べたかったら、自分で料理しろ』

 

 

 これが、この家で教わったルールだった。

 

「思い出すね。水炊きを食べるとさ」

「ああ。これがなかったら、私たちは死んでいた」


 わたしたちはこの水炊きが大好きである。


 自分たちの命をつないでくれた鍋だから。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 去年、雪の降り積もった日、わたしたちはこの酒場の路地裏で死にかけていた。

 手をつなぎながら、お互いの体温を確認することしかできずに。


 そこに、大将がゴミ捨てに来たのである。

 わたしたちを発見した大将は、わたしたちの事情も聞かずに告げてきた。


「……入れ」


 虫の息とはいえ、少女二人を担ぎ上げて家に上げたのである。


 コタツを点けて、わたしたちを放り込む。


「……あったまってろ。風呂沸かしてくる」


 数分後、『お風呂がわきました』と電子音が鳴った。


「……妻の着替えを使え。おまえたちのは、洗濯しておく」


 下着類に至るまで、わたしたちは用意してもらう。

 

「奥様に悪いのでは?」


 さすがに申し訳ない。お伺いを立てねば。

 しかし、大将は首を振った。

  

「……構わない。伺いを立てる相手は、もういない」


 そう言って、お仏壇に目を向ける。

 頭を下げ、わたしたちは黙ってお風呂を借りた。


 お風呂から上がると、台所から鶏肉のいい香りが。

 お鍋である。

 

「……水炊きしかないが、いいか?」



 わたしたちは、腹の虫で返答する。



 水炊きといっても、鶏肉のダシが白菜に染みて最高の味わいだ。



「でも、どうして家に入れてくれたんです? こんなナリなのに?」


 鍋をいただきながら、大将に語りかける。


 大将は、お仏壇の隣りにある本棚を指差した。


「……妻の遺品」


 そこにあった書籍は、ケモノ百合の同人誌ばかりだったのだ。


 一瞬引いたが、背に腹は代えられない。


 この人間世界で、生きていこう。

 

「……オレは、水炊きしか作れない。それでいいなら、当分ここにいろ。仕事は教える」


 答えは二人共、すでに出ている。


「はい。よろしくおねがいします」

「大将、世話になるぜ」

 

 わたしたちは、なんでもする気持ちで大将にすがった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ああもう! わたしが育ててた鶏肉食うなよ!」

「んだよ。しいたけやるから許せ」


 ドラが、わたしのお椀にしいたけをドボンさせる。

 

「解せぬ!」

「お前、水炊きのしいたけがどれだけ味わい深いか知らねえな? おこちゃまぁ」

「たったら、アンタがしいたけ食えよ!」

「いや、しいたけはしいたけ。鶏は鶏だし」


 まったく、ああいえばこういう。


 おっと、仏壇がカタカタ鳴った。

 うるさかったかな。 

  

「騒がしくしてごめんなさい。ママさん」


 わたしは、大将の奥さんに手を合わせた。


「いい。にぎやかになって、妻も喜んでる」


 大将は、水炊きしか作らない。

 

 亡くなった奥さんの好物が、水炊きだったから。

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