第二章

第1話:生徒会の新たな日常


 面倒な弾劾だんがい裁判を消化した後は、生徒会でささやかな祝勝パーティ。

 白雪と桜から「何故秘密にしていたのか」と多少の小言こごとをいただいたが、戦略上の理由ということで納得してもらった。


 パーティが終わるやいなや、すぐに夜のバイトへ直行。

 貴重な生活費を稼ぎつつ、途中でブラリと顔を見せた夜霧よぎりへ、今回の報酬である『お宝本』を手渡した。


 翌日の放課後は、コンピューター研究部でAPEアペのコーチングをし、18時からは柚木ゆずき先輩の家でコラボ配信。

 二時間弱のストリーミングだったが……中々どうして、けっこう疲れた。


 とにもかくにも、こうして弾劾裁判の後始末を付けた俺は、ようやくホッと一息をつく。


「ふぅー……っ」


 副会長の席に座り、グーッと体を伸ばしていると――目の前にコーヒーカップとソーサーが置かれた。


「どうぞ」


「おぅ、サンキュ。いつも悪いな」


 白い湯気の立ち昇るそれをありがたく頂戴ちょうだいする。

 ほどよい苦みが口内こうないに広がり、爽やかな風味がスッと鼻から抜けていく。


「あぁ……やっぱ白雪のコーヒーはうまいな」


「ふふっ、それはよかったです」


 そんなやり取りをしていると、突然、子猿のような甲高い叫びが響いた。


「うっきゃぁ!? えー、嘘、嘘、嘘……!? あぁもう、なんでぇー……っ」


 来客用のソファに座っていた桜が、何故かぐねんぐねんともだえている。

 どうせ大したことではないだろうが、さすがに放っておくわけにもいかない。


 俺と白雪は仕方なく、彼女のところへ移動。


「おい、どうした?」


「凄い声でしたけれど、何かあったんですか?」


「こ、これ・・を見てください!」


 桜はスマホの画面をこちらへ向け、『とある動画』を再生した。


【みなさん、こんにちはー! 電脳世界に降り立った、謎の天才FPSプレイヤー、ユズリンです! 本日は『緊急アルティメットゲリラ配信』! それというのも……『超大物ゲスト』とコラボすることになったんです! では、自己紹介をお願いします!】


【あ゛ー……どうも、Kzくずです】


【んー? 『釣り乙。どっかの声真似こえまね生主なまぬし、適当に引っ張ってきただけだろ』って? ノンノンノン! こちら、正真正銘の『本物』です! 『百聞は一見に如かず』、古事記にもそう書いてあります! 早速ですが、ランクマッチに潜っていきましょう! Kzくずさん、準備はいいですか?」


【えぇ、いつでもいけますよ】


 なんつーか……改めてこう見ると、死ぬほど恥ずかしいな。

 俺の声って、こんな風に聞こえてんの?

 暗っ、怖っ、愛想っ。


 そりゃ人が寄り付かねぇわけだ。


「Kzさんの生配信を見逃すなんて……桜ひなこ一生の不覚……ッ」


 桜がじたじたと足踏みをする中、白雪がこちらへ目を向ける。


「葛原くん、確かこの『Kzくず』って……」


「しーっ。こいつにバレたら面倒だから、Kzのことは秘密にしておいてくれ」


 耳元でそうささやくと、


「は、はい……っ」


 白雪はコクコクと頷いてくれた。


「いやぁそれにしても、Kzさんの人気っぷりは凄いですねぇ……」


 桜はどこか遠い眼をしながら、しみじみと呟く。


くず……コホン。そのKzさんは、そんなに人気なのですか?」


「はい、それはもう! 彼が露出したのは、『第1回GRカップ』だけですが、独特なローテンション+毒のある鋭いツッコミ! そして何より、圧倒的なFPSゲームの腕前! 謎に包まれたその存在に、大量の女性ファンファンガが量産されています! 実際、昨日の生配信は同時接続者数が10万人を突破していたみたいです!」


 白雪の問い掛けに対し、桜は鼻息を荒くしながらまくし立てた。


「ふーん……ちなみに桜は、Kzのファンなのか?」


「もちろん、大ファン中の大ファンですよ! 昨日はたまたま塾に行っていたので、生放送を見逃してしまったのですが……。」


「そりゃ残念だったな」


 俺がKzだってことは、やっぱり秘密にしておくことにしよう。


 そっちの方が、なんか面白そうだ。


(いやしかし、同時接続者数どうせつ10万人超えは、さすがにヤバいな……)


 10万人と言えば、東京ドーム+国立競技場が満席になるくらいか。


 柚木先輩は「今回の生放送、さいこうに盛り上がりましたね! もしよかったらまた今度、一緒に配信してください! 近いうちに! ぜひ! なんなら明日にでも!」と興奮気味に言っていたけれど……。

 今後のコラボについては、やっぱりなしの方向でいこう。


 そんなことを考えていると、桜がジーッとこちらを見つめているのに気が付いた。


「どうした、俺の顔になんか付いてんのか?」


「いえ、そうではなく……。葛原くんの声、なんかKzさんに似ているなぁと思いまして」


「そりゃ気のせいだ」


 身バレ対策も兼ねて、配信中は低めの声で話していたのだが……。

 さすがは『変異型の奇才』、妙なところで鋭いな。


 俺が桜への警戒を強めていると、右ポケットがブルルッと震えた。


(……柚木ゆずき先輩?)


 スマホの画面には、先輩からの新着メッセージが一件。

 FINEを起動し、トーク画面を開く。


柚木ゆずきりん


 クズくん、昨日はありがとうございました!

 あのコラボ配信は、各所で大きな話題になっていて、Nicotterでトレンド1位を獲得! ネットニュースにも載っていて、ユズリンチャンネルの登録者数も2倍以上に増えました!

 そこでご相談なのですが、今度またコラボ配信をしていただけませんか!?

 私はいつでもいけますので、クズくんの都合のいい日を教えてください!


 味をしめた先輩が、さらに追撃の一手を打ってきた。


 いやしかし……ちょうどKzの話をしているときにこれ・・か、滅茶苦茶タイムリーな連絡だな。


(……ここでの会話、聞かれてねぇよな?)


 盗聴器……は、さすがに考え過ぎか。


 しかし次の瞬間、脳裏をよぎったのは、無茶苦茶な補正予算申請書。


【近々ZTX4090が発売されるので予算ください! 具体的には税込\398,000(※メーカー希望小売価格)です!】


【どうして駄目なんですか!?】


【無言で捨てないでください!】


 ……コンピけんなら、やりかねない。


 俺は部屋の中を見回した後、頭の中でそれらしきものを探す。


 盗聴器と言えば、コンセント型とボックス型が定番だが……ザッと確認する限り、怪しいものは特に見当たらない。


 さっきの連絡は、本当にたまたま偶然だったのだろう。

 まぁ放課後になって、ちょうど一段落つく時間だったしな。


 俺が安堵あんどの息をつくと同時、桜が「あっ!」と何かを思い出したかのように声をあげた。


「FINEと言えば……葛原くん、最近ちょっと『既読スルー』が多過ぎませんか!?」


「あんな『スパム』、なんて返せばいいんだよ……」


「す、スパムぅ!? 私の作った面白画像になんてこと言うんですか!」


「これのどこが面白画像なんだ?」


 桜とのトーク履歴を開き、直近の一枚を突き付けてやる。


 それはタケノコ大将のコスプレをした桜が、キノコ軍の兵隊たちをはりつけにしているという意味不明な画像だ。

 有名な『キノコ・タケノコ戦争』のワンカットを再現しているはわかるが……。


 こんなもん、なんの脈絡もなく送られてきても反応に困る。


 最初のうちは『わけがわからんぞ』・『√2点』・『ギガの無駄』と、優しく返信してやっていたのだが……。

 最近はそれも面倒になり、完全にスルーしていた。


「ぼ、ボケの面白さを解説させるだなんて……っ。いったいどんな羞恥プレイですか! 鬼・悪魔・葛男くずお!」


 おいこら、葛男は悪口じゃねぇだろ。


「はぁ……。お前、付き合ったら絶対に面倒くさいタイプだよな」


「か、かっちーん! 私、面倒くさくないです! どちらかと言えば、思いっきり尽くすタイプです!」


 俺と桜がいつものように軽口を言い合っていると、どこか手持無沙汰の白雪が、恐る恐ると言った風に口を開く。


「あの……お二人は、頻繁に連絡を取り合っているんですか?」


「いや、少なくとも連絡は取り合ってねぇな。一方的に怪文書……もとい、『怪画像』が来るだけだ。……つーか桜、白雪にはあのスパム送ってねぇのか?」


「白雪さんはFINEをやっていませんし、メールボックスをぐっしゃにしてはいけないかなと思いまして……。厳選に厳選を重ねた、『超面白画像』だけを送っています」


『メール汚染』も考慮したうえで、最終的には送るのか……。

 そこまでくると逆に凄ぇな。


「……やはり時代は、FINEなのかもしれませんね……」


 白雪は意味深にポツリと呟いた後、スッと顔をあげた。


「私はメールや電話しか使わないのですが、普段お二人はどんな手段で連絡を……?」


「うーん、基本は全部FINEですかねー。無料通話もありますし、スタンプが可愛い!」


「葛原くんは?」


「俺はいろいろ使い分けているな。職場じゃスタック、趣味の友達とはディスト、学校だとFINEって感じだ」


 ちなみに一押しはディスト、あれはマジで神アプリだ。


「なるほど……」


 白雪はあごに人差し指を添えながら、何事かを深く考え込み――コクリと頷いた。


「……決めました。私もFINEを始めてみようと思います」


「そうか」


「ぃやった! これで夜なんかにも、メッセージの送り合いっこができますね!」


 実際これは、けっこうありがたい。

 白雪とは連絡先を交換するタイミングを逃してしまっていたので、今回のは最高のセカンドチャンスと言えるだろう。


(いやまぁ、メールや電話番号ぐらい、普通に聞けばいいだけなんだが……)


 男子が女子に連絡先を聞くのは……なんというか、『心理的障壁』がデカい。

 最悪断られでもしたら、凄まじい精神ダメージを負うことになってしまう。


「確か葛原くんは、こういう電子機器に強かったですよね?」


「まぁ、人並みにはな」


「もしよろしければ、FINEの初期設定をお願いできませんか? 実は私、こういう機械の操作が少し苦手でして……」


「そりゃ別に構わねぇけど……。白雪のって、ガラケーじゃなかったか? FINEを入れるには、スマホじゃねぇと無理だぞ?」


 ひと昔前までは、ガラケーにもFINEをインストールできたが……。

 セキュリティ上の問題もあって、一年ほど前にサービスの提供が終了していたはずだ。


「それについては問題ありません。実は昨日、新しい機種に買い換えました」


「ほぉ……第八世代のSS-Phoneか。旧世代から正統進化したモデルだな。画素数は驚きの2000万。望遠・広角にも対応していて、もはや最新のデジタルカメラとなんら遜色そんしょくのない性能だ。そしてなんと言っても、本機最大の特徴は業界初32コアの超高速CPU搭載! こいつはPCで言うところの『第九世代RyCore』と同等の速度をほこ――」


「――うわぁ、相変わらずの『家電オタクくん』っぷりですね」


 桜の冷ややかな視線を受け、ふと正気に戻った。


(ぐっ、俺としたことが……ッ)


 この前やらかしたばかりだというのに、得意分野の話になると、ついつい饒舌じょうぜつになってしまう。


 俺はもしかしたら、本当に『オタクくん』なのかもしれない……。


 その後、白雪のスマホを操作して、ストアからFINEアプリをインストール。

 本機の携帯番号とキャリアのメールアドレスを入力し、アカウント名を白雪冬花にして登録完了。


「ほれ、できたぞ」


「もう終わったんですか?」


「初期設定なんて、そんなに難しいもんじゃねぇからな」


「そうですか、ありがとうございます」


 白雪はそう言って、礼儀正しくお礼を述べた。


 その後はアフターサービスとして、基本的な操作方法なんかを説明していく。


「ここが友達一覧で、こっちがトーク履歴。上の歯車マークをタップすれば、アプリの設定なんかを細かくいじれる。まぁ詳しいことは、ネットで検索した方が早いかもな」


「なるほど……」


 白雪は真剣な表情で、基本機能の理解に努めた。


「それで……どのようにして、他の人とお友達になればいいんですか?」


「あ゛ー……そうだな」


 俺は自分のFINEを起動し、QQコードを表示――白雪のスマホにそれを読み込ませ、お友達登録を完了させた。


「基本は今みたく片方のスマホにコードを映して、もう片方でそれを読み取る。他にもIDを教え合う方法なんかもあるな」


手入力てにゅうりょくをしなくていいのは、とても楽ですね」


 俺と白雪が『お友達』になったその瞬間、


「あーッ!?」


 桜が突然、大きな奇声をあげた。


「なんだ?」


「どうかしましたか?」


「葛原くん、ズルいです! 私、白雪さんの『一番目の友達』になりたかったのにぃ……!」


 彼女は悔しそうに頬を膨らませ、ジト目でこちらを見つめた。


「いや、そんな小さいこと誰も気にしねぇだろ……」


「女の子はこういう細かいところを気にするんです! ねっ、白雪さん!」


「はい、確かにそうですね」


 白雪は意外にも、桜の肩を持った。


「はいはい、俺なんぞが初めてで悪かったな」


 適当に謝罪の言葉を述べると、


「いえ、初めてが葛原くんでよかったです。ありがとうございました」


 彼女は大事そうに両手でスマホを持ちながら、何故かとても嬉しそうに微笑んだ。


 ……女心はわからん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る