第20話:夜霧軽と恋愛マスター


「それでそれで! 乙姫おとひめさんのこと、いつ好きになったんですか!?」


 桜は目をキラキラと輝かせ、夜霧よぎりは気恥ずかしそうに頬をく。


「……去年の秋、文化祭実行委員会で先輩と同じ班になってさ。最初は『綺麗な人だなー』ぐらいにしか思ってなかったんだけど、一緒に仕事をやってくうちに――」


「――気付いたら、好きになってたんですね!?」


「まぁ……そんな感じかな」


「文化祭ということは、去年の十月からですか! 半年間の恋煩こいわずらい……くぅ~、たまりませんね!」


 鼻息を荒くした桜は、両足をパタパタと振りながら、俺の背中をバスバスと叩いた。

 楽しいのはわかったから、ちょっと落ち着け。


「それでこっからが本題なんだけど……。俺、ぶっちゃけ女心がまったくわかんねぇ、所謂いわゆる『ノンデリカシー』っぽいんすよね。だから多分、このまま普通に戦って、乙姫先輩に告っても――十中八九、失敗しちまう。だから、女子目線での客観的なアドバイスがほしい。――これ、頼めます?」


「私たちではあまりに力になれるとも思えませんが、出来る限りの助言を――」


「――おっほん、この『恋愛マスター』桜ひなこにお任せください! 私の完璧なアドバイスをって、必ずや夜霧よぎりさんと乙姫おとひめさんをくっ付けて差し上げましょう!」


 こうして夜霧軽の恋愛相談が始まった。


「いきなりなんすけど、俺の第一印象ってどんなもん?」


がらの悪いヤンキーだ」


「軽薄そうな人、でしょうか」


「なんか頭が悪そうですよね」


 俺・白雪・桜の率直な意見を受け、


「お、オーケー……もう十分だ……。それ以上はやめてくれ……っ」


 夜霧は早くもギブアップ宣言。

 相変わらずの豆腐メンタルだ。


「俺の第一印象が、あまりよくねぇのはわかった。……いや、なんなら、最初からわかっていたよ……っ」


「その金髪とピアスやめるだけで、かなり変わると思うぞ?」


 こいつの顔は、小憎らしいことに滅茶苦茶めちゃくちゃ整っている。

 ちゃんと黒染めして、目立つピアスを取れば、それだけでもかなり違うだろう。


「いや、そりゃ無理だ。金髪+ピアスは、俺のアイデンティティだからな」


「……まぁ一理ある」


 確かに、金髪ピアスじゃない夜霧よぎりなんて、福神漬ふくじんづけのないカレーみたいなもんだ。


「たとえ第一印象が悪くても、その後のなんやかんやで挽回すりゃ問題なし! ってことで、今時の女子高生はどんな男に魅力を感じるんだ? 参考までに、お二人さんの好みのタイプとか教えてもらえねぇか? 容姿とかそういうんじゃなくて、内面的なやつだとめちゃ助かる!」


 夜霧は両手をパシンと合わせて、必死に頼み込んだ。


「んー。私はやっぱり……面白い人が好きですね! 一緒にいて楽しい人が一番です!」


 果たして、桜レベルに面白い人類なんて存在するのだろうか……。

 こいつの彼氏探しは、非常に難航しそうだ。


「私は……そうですね。頼り甲斐のある人、でしょうか。困ったとき、さりげなく助けてくれたり、とか……」


 白雪冬花は文字通りの完璧超人、大抵のことはなんでも一人でこなしてしまう。

 彼女をサラッと助けられる男なんざ、そう簡単には見つからないだろう。


 結論、この二人は恋人探しに苦労しそうだ。


「なるほど……面白くて頼れる男、か……」


 夜霧よぎりは懐から取り出したメモに、今しがた受けたアドバイスを書きめていく。


 その後、乙姫おとひめ先輩の好み分析・困ったときの会話デッキ・恋のヒヤリハットなどなど、自称『恋愛マスター』の厳しい指導が行われた。


 それから三十分後、


「……夜霧くん、あなたに教えることはもうありません。桜流さくらりゅう恋愛道れんあいどう、免許皆伝です!」


「ラブ師匠……ありがとうございました!」


 桜と夜霧の間に、謎の師弟関係が芽生えていた。


「なるほど、桜さんは本当に恋愛巧者こうしゃなんですね……」


 おーい、白雪さん?

 このポンコツマスターから学ぶことなんて、何かありましたっけ……?


 心理テストのときから薄々感じていたが、彼女は恋愛関連の知識があまりに乏し過ぎる。

 変な男に引っ掛からないか、さすがにちょっと心配だぞ……。


「――ぃよし、決めたぜ! 男、夜霧! 今年の文化祭で、一世一代の大勝負に出る! 夕暮れの時計塔で、乙姫おとひめ先輩に告白する……!」


「はい、その意気です!」


「陰ながら応援しています」


 なんかいい感じにまとまり掛けているが……さすがにこれは見過ごせない。


「いや、玉砕覚悟の告白とかやめとけって……。乙姫先輩からしたら、ただただ迷惑なだけだぞ」


「なっ!? どういうことだよ、大将! 俺の気持ちは、ガチのマジなんだぜ!?」


「葛原くん! なんでそんな酷いことを言うんですか!? 夜霧くんは本気なんですよ!?」


 夜霧とポンコツマスターが、二人して異議を唱えてきた。


「あのなぁ……。なんか勘違いしてるようだが、告白ってのは『一世一代の大勝負』じゃなくて、ただの『確認作業』だからな?」


「「か、確認作業……?」」


「読んで字の如く、そのまま意味だ。男Aと女Bが友人関係を築き、付き合いを重ね、お互いにった後――二人の好意を言語化するってのが、『告白』って儀式じゃねぇのか? いろんな前段階まえだんかいを全部すっ飛ばして、いきなり『好きです』って告白しても、乙姫先輩を困らせるだけだろ」


「た、確かに……っ」


 夜霧は衝撃に目を見開き、


「なんというか、葛原くずはらくんらしい考え方ですね。……でも、ちょっと素敵です」


 白雪はホゥと感嘆の息をつき、


「ま、負けた……ッ」


 桜はワナワナと震え、膝から崩れ落ちた。

 おいおい、もうちょっと頑張れよ、恋愛マスター……。

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