第16話:桜ひなこ、死す


 コンピ研とのいざこざを治めた翌日の放課後。


 生徒会室の扉を開けるとそこには――血まみれの桜が、うつ伏せで倒れていた。


 害者ガイシャは背後から一突きにされており、刃渡り30センチほどの包丁が腰部ようぶに刺さったまま。

 右手のあたりには血で書かれたKZという英字が残されており、おそらくダイイングメッセージと思われる。


 俺はそんな彼女を踏み越え、


「よう」


「はい」


 白雪といつもの挨拶を交わし、副会長の席に着く。


「今日も書類整理か?」


「えぇ、後もう少しなので頑張りましょう」


 それからしばらくの間、二人で黙々と書類の確認作業を進めていると……。


「なんでノーリアクション!?」


 桜はそう言って、勢いよく立ちあがった。


「同じ生徒会の仲間が、血だらけで倒れているんですよ!? どうして二人とも・・・・、そんな華麗にスルーできるんですか!? 事前に打ち合わせでもしていたんですか!?」


「包丁のにある製品番号、ひと昔前に流行ったパーティグッズにせものと一緒だったからな。またなんぞ、意味不明な遊びでもやってんのかなって」


「非ニュートン流体りゅうたい特有の粘性が見られなかったので、のりなのは一目見てわかったのですが……。せっかくの死んだふりごっこを邪魔するのもあれだったので」


「無駄に超ハイスペック……っ」


 桜は悔しそうに歯を食い縛った後、人差し指をビシッとこちらへ向けた。


「とにかく、私は怒っているんです!」


「怒ってる?」


「何故でしょうか?」


「昨日! 放課後! 生徒会室!」


 彼女は単語を並べ立て、子どものように頬を膨らませる。


「……あー……」


 なるほど、そういうことか。


 昨日――体育委員会の顔合わせを終えた桜は、生徒会室へ向かったのだろう。

 しかしタイミング悪く、俺と白雪がコンピ研へ行っている時間と重なってしまい……そこはもぬけの殻。

 待てど暮らせど二人は帰って来ないので、彼女は仕方なくトボトボと帰路きろいた。


 まぁ大方の流れは、こんなところだろう。


「すみません。昨日はちょっといろいろありまして、桜さんのことを失念していました」


「悪い、書置かきおきぐらい残せばよかったな」


「え……ぁ、いえ……。別にそこまで真剣に怒っているわけじゃないので……大丈夫です」


 思いのほかまともな謝罪が来たためか、桜はしどろもどになり、あっさりと許してくれた。


「次からは気を付けますね」


「そんじゃ仕事に戻るわ」


 俺と白雪はそれぞれの席に着き、書類の確認作業を再開する。


「要望書のチェック、終わったぞ」


「相変わらず、速いですね。では次に――」


「う、うぅ……なんかモヤっとする!」


 桜は我慢ならないといった様子で地団駄じだんだを踏む。

 どうやら今日は絶好調のようだ。


「結局のところ、お二人は昨日どこへ行ってたんですか!?」


「コンピ研だ」


「ちょっとトラブルがあったんですよ」


「コンピューター研究部でトラブル……? いったい何があったんです?」


 それから俺と白雪は、簡単に事情を説明した。


「なる、ほど……二人で楽しくゲームをしていたんですね……っ」


 俺の話、ちゃんと聞いてた?


 桜は癇癪かんしゃくを起こす……のかと思いきや、意外にもアホ毛をしょんぼりと垂らした。


「……私、ちょっと焦っているんです」


 彼女は張りのない声でポツリポツリと語る。


「お楽しみ熱のせいでスタートダッシュに失敗。体育委員会の顔合わせもあって生徒会の仕事にも不参加。白雪さんと葛原くんはどんどん仲良しになっていくのに、なんだか一人だけ取り残されているような気がして……」


「桜……」


「桜さん……」


 頭すっからかんのIQ3。

 俺は桜ひなこのことをそんな風に評価していたが、彼女は彼女でいろいろなことを考え、思い悩んでいるようだ。


「桜、あのな――」


 俺がフォローを入れようとしたそのとき、


「っというわけで……ドン!」


 彼女は突然、宇宙のイラストが描かれた怪しげな雑誌を取り出し、


「お互いの理解を深めるため! やりましょう! 心理テスト!」


 何やらまた、おかしなことを言い始めた。


 前言撤回、やっぱりIQ2だわ。

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