第5話:白雪姫とお昼ごはん


 正式に生徒会加入を承諾した後、一限・二限・三限と無難にこなし、ようやく迎えたお昼休み。


 俺の正面の席には、鬱陶うっとうしい悪友がいた。


「あーあー、葛男くずおはいーよなー……。うらやましーなー……」


夜霧よぎり……お前、まだ言ってんのか……」


 先ほどからブツブツと恨み言をこぼすこの男は、夜霧よぎりけい


『名はたいを表す』と言うが、文字通り、夜の霧みたく軽い人間だ。

 身長は178センチ、どこぞのアイドルかと見紛うほど顔がいい。

 金髪にピアスという『テンプレートヤンキー』な見た目をしているが……まぁ悪い奴じゃない。


「いやだってよー、白凰はくおうの副会長様だぜ!? なんならそれだけで、難関私大推薦合格の超勝ち組じゃん! いーなー、いーなー、うらやましーなー……」


「この一年間、副会長を勤め上げられたらの話な」


「勤め上げられたらって……『弾劾だんがい裁判』のことか?」


「あぁ」


 生徒会長は全校生徒による直接選挙で決められるため、ここに異議が出ることはほとんどないのだが……。

 副会長・会計・庶務といった他の役職は、生徒会長の独断と偏見で選ばれるため、「お友達人事じゃないのか?」というケチがつきやすい。


 そういう不公平感を排除するためにもうけられたのが、白凰高校固有の制度『弾劾裁判』。

 この訴えは在校生の3分の1以上――すなわち100名以上の署名をって、選挙管理委員会に受理され、現職の生徒会役員VS在校生代表の発起人ほっきにんによる『一騎打ち』が執り行われる。


 その内容は、裁判とは名ばかりのシンプルな『実力勝負』。

 現職が勝てば現状維持。

 負ければ即罷免ひめんされ、空いた席には発起人が座る。


「弾劾裁判ねぇ……。まぁ葛男なら、大丈夫じゃね? どうせいざとなったら、また・・ろくでもない手段を使って勝つわけだし」


「おーいそこ、人聞きが悪いぞ」


 昔の話をほじくり返すな。


「へへっ、まぁ冗談はこのあたりにして……。生徒会特典も確かにいいけど、やっぱ一番羨ましいのは、あの・・『白雪姫』と一緒にいれることだよなぁ……」


「どういう意味だ?」


「どうもこうも、そのままの意味だ。白雪冬花とうかは、『白凰四大御伽姫おとぎひめ』の一角を担う、絶世の美少女! 透き通る紺碧こんぺきの瞳・白く張りのある柔肌・完璧なボディライン、まさに清楚可憐な純白のお姫様だ! 審議会では『胸が控えめなのでは?』という意見もあるが……俺から言わせりゃ、素人は黙っとれい。彼女はどう見ても、着痩きやせするタイプだ。確実にDカップ以上はある! あれは絶対、脱ぐと凄ぇぞ?」


 脳裏をよぎるのは、昨夜の当たりにした、破裂寸前の爆弾リンゴ。

 ……確かにアレ・・は凄かった。


「そういや葛男くずお、お前確か白雪さんとは幼なじみだったよな?」


「まぁな」


「今回の急な指名といい、もしかして……?」


「はぁ……。前にも言ったと思うが、俺と白雪は本当にただの――」


 そこまで言い掛けたところで、


「――葛原くずはらくん」


 背後から、鈴を転がしたような美しい声が響く。

 振り返るとそこには、学生鞄を肩に掛けた白雪冬花とうかが立っていた。


「白雪か、どうした?」


「生徒会のお仕事がありますので、お弁当を持って、生徒会室に来てください」


「あぁ、わかった」


 俺がそう返事をすると、彼女はクルリときびすを返し、教室を後にした。


「っつーわけで、ちょっと行ってくるわ」


「ぐっ、白雪姫と一緒に昼飯ひるめしとか……許せん……ッ。葛男くずお、精々夜道には気を付けろよ……?」


「はいはい」


 悪友の物騒な恨み言を右から左へ流しつつ、弁当箱を片手に生徒会室へ向かうのだった。



 生徒会室に到着した俺は、横開きの扉をガラガラと開く。


(……相変わらず、無駄に広い部屋だな)


 手前には来客用の長机とソファ一式。

 奥には生徒会役員用の机と椅子。

 壁沿いには書類棚やらロッカーやら、いろいろな調度品ちょうどひんがズラリと並んでいる。


 そんな生徒会室の最奥――生徒会長専用の席に、白雪冬花とうかは座っていた。


「よぅ」


「はい」


 いまいち噛み合わない挨拶。


 俺は副会長の立て札がある机へ移動し、オフィスチェアに腰を下ろす。


「それで、仕事ってなんだ?」


「ちょっとした書類整理です。春休み中は生徒会もお休みだったので、その間に提出された各種申請書類の仕分けをしていきます」


「了解。でもその前に、昼飯を食わねぇか? だいぶきっぱらなんだけど……」


「わかりました。では、そうしましょう」


 俺たちはそれぞれが持参した弁当箱を開き、


「「――いただきます」」


 両手を合わせて、食前の挨拶を口にする。


「……」


「……」


 二人の間に共通の話題はなく、なんとも微妙な空気が流れた。


 さすがにちょっと気まず過ぎたので、軽く世間話を振ってみる。


「あー……そう言えば、後もう一人いなかったっけ?」


「庶務の桜さんなら、今日はお休みです。昨晩、メールが入っていました。なんでも新学期が楽しみ過ぎて、『お楽しみ熱』なるものが出てしまったそうです」


「まるで遠足前の子どもだな」


「それ、本人の前では言っちゃ駄目ですよ? 子どもっぽいところを気にしているみたいなので」


「はいよ」


 会話終了。


 まぁワンラリーはこなしたし、最低限の仕事はしただろう。


 その後、俺が黙々と昼飯をむさぼっていると――今度は白雪の方から声を掛けてきた。


「あの……ちょっといいですか?」


「どうした」


「『噂』には聞いていましたが……。本当に毎日それ・・を……?」


「おぅ。見た目はちょっとあれだが、味は中々いけるぞ」


 本日の昼食は、『パン耳の詰め合わせ~ケチャップとマヨネーズを添えて~』。


 ちなみに明日も明後日も、なんなら一年中このメニューである。

 馴染なじみのパン屋のおばさんが、廃棄予定のパン耳を毎週末にゆずってくれるので、昼食はずっとこれだ。


 育ち盛りのゆいには、ちゃんとした飯を食わせてやりたい。

 そういう思いもあって、俺と親父のめし粗食そしょくを極めている。


「……もしよかったら、こちらをどうぞ」


 白雪はそう言って、鞄の中から二個目の弁当箱を取り出した


「それは……?」


「今日はちょっと作り過ぎてしまいました。捨てるのももったいなかったので、こうしてお弁当にしてみたんです。よろしければ食べてください」


 食材を無駄にしないその考え……嫌いじゃないぜ。


「そんじゃ、ありたがくいただくわ」


 お弁当箱を頂戴ちょうだいし、早速カパッと蓋を開ける。


(これは、すげぇな……っ)


 つやつやの白米と品のある梅干し・黄金こがね色の玉子焼きに牛肉の野菜炒め……。

 こんな健康的でうまそうな御馳走ごちそうにありつけるのは、いったい何年ぶりのことだろうか……。


 何、白雪は毎日がお誕生日なの?

 ちなみに俺の誕生日は、市販の黒いチョコクッキーに白いバニラクリームを挟んだ、手のひらサイズの『特製バースデーケーキ』が振舞われる。

 それ、もうオ〇オでいいよね?


「これ全部、白雪が作ったのか……?」


「はい。……どこかおかしかったでしょうか?」


「いや、ちょっと驚いただけだ」


 それから俺は外蓋そとぶたに付いた箸を取り、パチンと両手を合わせる。


「――いただきます」


 ちょうど手頃な位置にあった玉子焼きに箸を伸ばした。


「……お味はどうで――」


「――うまっ!? さすがは白雪、料理もめちゃくちゃ上手なんだな!」


 甘さ控えめ、ほんのりと香るダシの風味。

 俺の大好きな味付けだ。


「と、当然です……っ。白雪家の娘たるもの、お料理ぐらいできなくてどうしますか」


 彼女はそう言って、プイとそっぽを向く。


 チラリとそちらを見れば、ほんのりと耳が赤くなっていた。

 あまりに当たり前のことを言い過ぎて、機嫌を損ねてしまったのかもしれない。


「悪い悪い。いやしかしこれ、マジでうまいな……」


「……そ、そんなにおいしいですか?」


「あぁ、箸が止まらん。これまで食った飯の中でも、トップスリーに入るうまさだ」


「ふふっ、さすがにそれは大袈裟ですよ」


 白雪はそう言って、嬉しそうに微笑んだ。


「「――ごちそうさまでした」」


 昼食を食べ終えた後は、いよいよ生徒会業務に取り掛かる。


「それでは早速ですが、こちらの仕分けをやっていきましょう」


 白雪はそう言って、机の上にプリントの山を築いた。

 一般生徒からの意見陳述ちんじゅつ書・委員会からの企画書・部活動からの補正予算申請書などなど……多種多様な書類が、これでもかと積み上げられている。


「……凄い量だな。つーかこういうのって、普通『書記』とか『会計』の仕事じゃないのか?」


「はい。ただ、どちらの役職もまだ決まっていないので、今回は私と葛原くんで片付けましょう」


「なんで空席にしてるんだ? 誰か適当な奴でも入れた方が、絶対に楽できると思うんだが……」


「信用できない人を身内に置きたくないんです」


「……ふーん、そうか」


 婉曲的えんきょくてきに「信用している」と告げられ、なんともこそばがゆい気持ちになる。


「あー……あれだ。桜ひなこは、白雪の信用に足る人間なのか?」


「はい。彼女は確かに『ちょっとアレ』ですが……信用できます」


「ふーん、ちょっとアレなのか」


「……まぁ、そうですね」


 そこは否定しないんだな。


 まぁ白凰高校の生徒は一癖も二癖もある奴等ばかりなので、ちょっとアレぐらいならば、むしろ常識的と言えるだろう。


 その後、黙々と作業を続けること三十分、


「ふぅー……やっと終わった……」


 山ほどあった書類の山を種類・要件別にまとめることができた。


「お疲れさまです。昼休みはそろそろ終わるので、確認作業は放課後に回しましょう」


「……これ、全部に目を通していくのか?」


「はい。と言ってもまぁ、今日一日では絶対に不可能な量なので、来週の末ごろまでに片付ける予定です」


「なるほど……了解」


 生徒会の仕事って、もっとこうワイワイガヤガヤと華やかなイメージだったんだが……。

 実際にこうしてやってみると、地味で退屈なものばかりだな。


(さて、と……そろそろ教室に戻るか)


 俺が椅子から立ち上がると同時、白雪から声が掛かった。


「――あの、葛原くん」


「なんだ?」


「なんというか、その……お弁当、明日以降も作ってこようと思います。ですから、嫌いなものやアレルギーはないかな、と」


「いや、特にないけど……。さすがに毎日ってのはちょっとな……」


 白雪の手間と余計に掛かる食費を考えれば、そう何度も御馳走ごちそうになるわけにはいかない。

 やんわりお断りの意思を伝えると、彼女は小さく首を横へ振った。


「私の我儘わがままを聞いて、生徒会に入ってくれたお礼……というのは、どうでしょうか? 実際、一人分のお弁当を作るのも二人分のを作るのも、そんなに大きな違いはありませんし」


「そうは言っても、食費の問題だってあるしな……」


白雪家うちでは、毎日大量の食材が廃棄されますので……お金についても、本当に心配御無用です」


「あー、なるほど」


 潔癖・傲慢・完璧主義、三拍子揃ったあの・・偏屈爺さんなら、お弁当を作った後に余った食材なんかは、全部捨てさせるだろう。


「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらってもいいか?」


「はい、もちろんです」


 こうして俺は、毎日の健康的な昼飯をゲットしたのだった。

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