第5話:白雪姫とお昼ごはん
正式に生徒会加入を承諾した後、一限・二限・三限と無難にこなし、ようやく迎えたお昼休み。
俺の正面の席には、
「あーあー、
「
先ほどからブツブツと恨み言を
『名は
身長は178センチ、どこぞのアイドルかと見紛うほど顔がいい。
金髪にピアスという『テンプレートヤンキー』な見た目をしているが……まぁ悪い奴じゃない。
「いやだってよー、
「この一年間、副会長を勤め上げられたらの話な」
「勤め上げられたらって……『
「あぁ」
生徒会長は全校生徒による直接選挙で決められるため、ここに異議が出ることはほとんどないのだが……。
副会長・会計・庶務といった他の役職は、生徒会長の独断と偏見で選ばれるため、「お友達人事じゃないのか?」というケチがつきやすい。
そういう不公平感を排除するために
この訴えは在校生の3分の1以上――すなわち100名以上の署名を
その内容は、裁判とは名ばかりのシンプルな『実力勝負』。
現職が勝てば現状維持。
負ければ即
「弾劾裁判ねぇ……。まぁ葛男なら、大丈夫じゃね? どうせいざとなったら、
「おーいそこ、人聞きが悪いぞ」
昔の話をほじくり返すな。
「へへっ、まぁ冗談はこのあたりにして……。生徒会特典も確かにいいけど、やっぱ一番羨ましいのは、
「どういう意味だ?」
「どうもこうも、そのままの意味だ。白雪
脳裏をよぎるのは、昨夜
……確かに
「そういや
「まぁな」
「今回の急な指名といい、もしかして……?」
「はぁ……。前にも言ったと思うが、俺と白雪は本当にただの――」
そこまで言い掛けたところで、
「――
背後から、鈴を転がしたような美しい声が響く。
振り返るとそこには、学生鞄を肩に掛けた白雪
「白雪か、どうした?」
「生徒会のお仕事がありますので、お弁当を持って、生徒会室に来てください」
「あぁ、わかった」
俺がそう返事をすると、彼女はクルリと
「っつーわけで、ちょっと行ってくるわ」
「ぐっ、白雪姫と一緒に
「はいはい」
悪友の物騒な恨み言を右から左へ流しつつ、弁当箱を片手に生徒会室へ向かうのだった。
■
生徒会室に到着した俺は、横開きの扉をガラガラと開く。
(……相変わらず、無駄に広い部屋だな)
手前には来客用の長机とソファ一式。
奥には生徒会役員用の机と椅子。
壁沿いには書類棚やらロッカーやら、いろいろな
そんな生徒会室の最奥――生徒会長専用の席に、白雪
「よぅ」
「はい」
いまいち噛み合わない挨拶。
俺は副会長の立て札がある机へ移動し、オフィスチェアに腰を下ろす。
「それで、仕事ってなんだ?」
「ちょっとした書類整理です。春休み中は生徒会もお休みだったので、その間に提出された各種申請書類の仕分けをしていきます」
「了解。でもその前に、昼飯を食わねぇか? だいぶ
「わかりました。では、そうしましょう」
俺たちはそれぞれが持参した弁当箱を開き、
「「――いただきます」」
両手を合わせて、食前の挨拶を口にする。
「……」
「……」
二人の間に共通の話題はなく、なんとも微妙な空気が流れた。
さすがにちょっと気まず過ぎたので、軽く世間話を振ってみる。
「あー……そう言えば、後もう一人いなかったっけ?」
「庶務の桜さんなら、今日はお休みです。昨晩、メールが入っていました。なんでも新学期が楽しみ過ぎて、『お楽しみ熱』なるものが出てしまったそうです」
「まるで遠足前の子どもだな」
「それ、本人の前では言っちゃ駄目ですよ? 子どもっぽいところを気にしているみたいなので」
「はいよ」
会話終了。
まぁワンラリーはこなしたし、最低限の仕事はしただろう。
その後、俺が黙々と昼飯を
「あの……ちょっといいですか?」
「どうした」
「『噂』には聞いていましたが……。本当に毎日
「おぅ。見た目はちょっとあれだが、味は中々いけるぞ」
本日の昼食は、『パン耳の詰め合わせ~ケチャップとマヨネーズを添えて~』。
ちなみに明日も明後日も、なんなら一年中このメニューである。
育ち盛りの
そういう思いもあって、俺と親父の
「……もしよかったら、こちらをどうぞ」
白雪はそう言って、鞄の中から二個目の弁当箱を取り出した
「それは……?」
「今日はちょっと作り過ぎてしまいました。捨てるのももったいなかったので、こうしてお弁当にしてみたんです。よろしければ食べてください」
食材を無駄にしないその考え……嫌いじゃないぜ。
「そんじゃ、ありたがくいただくわ」
お弁当箱を
(これは、すげぇな……っ)
つやつやの白米と品のある梅干し・
こんな健康的でうまそうな
何、白雪は毎日がお誕生日なの?
ちなみに俺の誕生日は、市販の黒いチョコクッキーに白いバニラクリームを挟んだ、手のひらサイズの『特製バースデーケーキ』が振舞われる。
それ、もうオ〇オでいいよね?
「これ全部、白雪が作ったのか……?」
「はい。……どこかおかしかったでしょうか?」
「いや、ちょっと驚いただけだ」
それから俺は
「――いただきます」
ちょうど手頃な位置にあった玉子焼きに箸を伸ばした。
「……お味はどうで――」
「――うまっ!? さすがは白雪、料理もめちゃくちゃ上手なんだな!」
甘さ控えめ、ほんのりと香るダシの風味。
俺の大好きな味付けだ。
「と、当然です……っ。白雪家の娘たるもの、お料理ぐらいできなくてどうしますか」
彼女はそう言って、プイとそっぽを向く。
チラリとそちらを見れば、ほんのりと耳が赤くなっていた。
あまりに当たり前のことを言い過ぎて、機嫌を損ねてしまったのかもしれない。
「悪い悪い。いやしかしこれ、マジでうまいな……」
「……そ、そんなにおいしいですか?」
「あぁ、箸が止まらん。これまで食った飯の中でも、トップスリーに入るうまさだ」
「ふふっ、さすがにそれは大袈裟ですよ」
白雪はそう言って、嬉しそうに微笑んだ。
「「――ごちそうさまでした」」
昼食を食べ終えた後は、いよいよ生徒会業務に取り掛かる。
「それでは早速ですが、こちらの仕分けをやっていきましょう」
白雪はそう言って、机の上にプリントの山を築いた。
一般生徒からの意見
「……凄い量だな。つーかこういうのって、普通『書記』とか『会計』の仕事じゃないのか?」
「はい。ただ、どちらの役職もまだ決まっていないので、今回は私と葛原くんで片付けましょう」
「なんで空席にしてるんだ? 誰か適当な奴でも入れた方が、絶対に楽できると思うんだが……」
「信用できない人を身内に置きたくないんです」
「……ふーん、そうか」
「あー……あれだ。桜ひなこは、白雪の信用に足る人間なのか?」
「はい。彼女は確かに『ちょっとアレ』ですが……信用できます」
「ふーん、ちょっとアレなのか」
「……まぁ、そうですね」
そこは否定しないんだな。
まぁ白凰高校の生徒は一癖も二癖もある奴等ばかりなので、ちょっとアレぐらいならば、むしろ常識的と言えるだろう。
その後、黙々と作業を続けること三十分、
「ふぅー……やっと終わった……」
山ほどあった書類の山を種類・要件別にまとめることができた。
「お疲れさまです。昼休みはそろそろ終わるので、確認作業は放課後に回しましょう」
「……これ、全部に目を通していくのか?」
「はい。と言ってもまぁ、今日一日では絶対に不可能な量なので、来週の末ごろまでに片付ける予定です」
「なるほど……了解」
生徒会の仕事って、もっとこうワイワイガヤガヤと華やかなイメージだったんだが……。
実際にこうしてやってみると、地味で退屈なものばかりだな。
(さて、と……そろそろ教室に戻るか)
俺が椅子から立ち上がると同時、白雪から声が掛かった。
「――あの、葛原くん」
「なんだ?」
「なんというか、その……お弁当、明日以降も作ってこようと思います。ですから、嫌いなものやアレルギーはないかな、と」
「いや、特にないけど……。さすがに毎日ってのはちょっとな……」
白雪の手間と余計に掛かる食費を考えれば、そう何度も
やんわりお断りの意思を伝えると、彼女は小さく首を横へ振った。
「私の
「そうは言っても、食費の問題だってあるしな……」
「
「あー、なるほど」
潔癖・傲慢・完璧主義、三拍子揃った
「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらってもいいか?」
「はい、もちろんです」
こうして俺は、毎日の健康的な昼飯をゲットしたのだった。
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