ダークマター

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第1話

ダークマターdark matterとは 宇宙空間に存在し, 質量 はもちながらも,目には見えない 物質のこと。 暗黒物質 とも表現をする。 観測 可能な光( 電磁波 )を発しないため直接観測することはできないが, 銀河 や 銀河団 の質量計測からその存在が確認されている 物体 で, 銀河 の 回転運動 や 銀河団 内の 運動 から推定される 質量 と、光学的に観測できる質量との 差であるミッシングマス missing massとして知られていたもの。この差を生み出す正体は現在もまだ明らかになっていない。


西暦2003年、アメリカ合衆国五十州の、最後五十番目の州に登録されたハワイ州。合衆国本土から四千キロも離れているハワイ諸島は、アメリカ合衆国ではあるが、地理的には六大州の分類でオセアニアに属し、オセアニアの海岸部の分類ではポリネシアに属している。約四世紀にハワイ諸島に棲み始めた原住民はポリネシアの島民だといわれている。

百三十以上の島からなるハワイ諸島だが、実際に誰もが上陸できるのは六島だけだ。その六島の中でも群を抜いて大きな面積を有するのが、現在も成長を続けているハワイ島だ。

海底地下数キロメートルに存在する、ホットスポットと呼ばれるマグマ溜まり。これが地殻のひび割れなどで地表に吹き出したものが溶岩。この溶岩が海水で冷やされながら堆積を繰り返し、海面の上に姿を現したのがハワイ諸島の形成の始まり。今から六千万年前と推測されている。

その後、太平洋プレートの移動によりハワイ諸島の多くの島が誕生し続け、その中でも一番新しく、一番大きな島がハワイ島なのだ。ハワイ島の形成が始まったのは、五十から六十万年前と言われているが、実はハワイ島は現在もまだ成長を続けている。

このハワイ島には標高4,000メートルを超える山が二つある。その一つがハワイ諸島の中で最も高い標高4,205メートルのマウナケア山。そして、もう一つが標高4,167メートルのマウナロア山である。しかしそれは、海底火山の爆発によりマグマが固まり、それを積み重ねることで地表に顔を出した部分だけの高さであり、海底からの高さは1万メートルを裕に超えている。

ハワイ諸島には、原住民の間で語り継がれてきた沢山の神話が存在する。その神話の中でも原住民の厚い信仰を集める四大神が、カーネ、クー、ロノ、カナロアだ。

カーネは創造と生殖を司り、クーは政治や戦争などを司る。ロアは豊穣と平和の神。そして、カナロアは海の神、冥界の神だ。

一番近い大陸であるアメリカ本土からでも四千キロ離れているハワイ諸島には、自ら発する以外の人工の光は届かない。こうした好条件を活かしてマウナケアの山頂には、各国の宇宙観測基地が建設されている。日本もここに望遠鏡スバルを有する天文台を設置している。

太陽が沈むと、ハワイ島の市街地から遠く離れた場所の上空は、漆黒の暗闇が全てを包み込む。月が三日月から新月になる時には月は完全に光を失い、空を占領するのは暗幕を舞台に瞬き続ける無数の星たちだけになる。

二○○三年九月十日夜、月を覆うように雲が流れ、空が一瞬のうちに光を失った時に、その暗闇を背景にして、空いっぱいに四体の映像が浮かび上がった。

 この不思議な現象に空を見上げた島民たちは、四体の映像を見ながら口々に叫んだ。

「カーネ様」、

「クー様」

「ロノ様」

「カナロア様」

 空に映し出された映像は、ハワイ神話の四大神の姿だったのだ。

 これだけ巨大な映像を人工的に映し出すことは不可能だ。しかも、この四大神の映像が映し出されたのは、雲が月を覆い隠したほんの数秒間のことだった。

 四大神の映像は急に高速で回転を始めると、まるで台風の目のように渦を巻きながら、四体が一つに融合した。融合したハワイ神話の神たちは強烈な光を放ちながらさらに上空へと、一本の光の筋となって突き進んで行き、最後は二つに割れた。

 やがて、覆っていた雲が流れ去り、月が再び姿を現したと同時に強烈な二つの星が、地表に向かってものすごいスピード流れた。それは流れ星とは明らかに異なる、解き放たれた矢が突き進むような速さだった。

 二つの星が落下した地点は、ヒロ地区の一軒の民家だった。

 二つの星がこの民家を直撃した瞬間、出産中だった母親が男女の双子を生んだ。

 出産をした母親もその夫である父親も、ハワイ島の島民でも、アメリカ人でもなく、日本人だった。

 大空に映し出された神々の映像が最後は二つの星に姿を変えて、このヒロ地区に突き刺さるように流れた様子を見ていた大勢の人たちが、この行方と結末を知りたくて車でヒロに押し寄せてきた。けれど、いくら探してもその痕跡を示すものはどこにも見当たらなかった。結局、星が落下した場所を特定することはできず、民家を流れ星が直撃した事実はこの家に住む二人さえも気づいていなかった。

 この二つの流れ星が、この後地球規模で世界を揺るがす原因になることを、この時、この民家の夫婦は知る由もなかった。

 この時に生まれた二人の子供は、女の子が「マウナ(山)」、男の子が「ケア(白い」と名付けられた。二人が生まれたと同時に、四大神が化身した光を浴びたマウナとケアの二人の身体の中に、強烈な破壊力を持つ暗黒の物質ダークマターが息づいたのだった。それは二人が抱き合い、灼熱の炎で焼かれた時、強力な核分裂を引き起こし、地球規模の惑星なら簡単に木っ端みじんに爆破してしまうほどの破壊力を生み出す、地球上には存在しない物質だった。

 この情報をいち早く入手したのが、世界的な大企業の創業者たちが集まり、その莫大な資産をつぎ込んで設立した「Life span of the earth(地球の寿命)」の頭文字を取った、LSOTEと呼ばれる世界レベルの巨大な組織だった。 マウナとケアが生まれた次の日に、突然LSOTEの関係者が自宅にやってきて、双子の乳児のうち男の子のケアだけを連れて、場所は機密情報にされているLSOTEの研究基地に隔離したのだった。

双子の兄妹が接触することを永遠に回避するために、そして、地球上には絶対に存在しない、驚異的破壊力をもつ物質を秘密裏に解析するために。

マウナは、自分に双子の兄がいて、今も遠く離れた場所で生きていることを、十七歳になった誕生日に、両親から突然告白された。

その兄が一年半前にLSOTEの基地を脱走して、現在、日本の私立高校に姿を変えて紛れ込んでいることも、その数日後に知らされることになる。

 脱走したことを知ったLSOTEは、世界中の息のかかった組織を使って血眼になって行方を捜したが、ケアが脱走してから一年が経過しても、ケアがどの国にいるのかさえも掴めていなかった。

 ケアが脱走をしてから一年半が経過した頃、ケアがある関係者と通信をしていた僅かな形跡をLSOTEがキャッチした。ここから、あらゆる手を尽くしてケアの潜伏先を辿った結果、辿り着いたのが、日本の地方の私立高校だったのだ。奇しくもこの高校は、LSOTEが世界中に設立した高校に一つだった。

 潜伏先の詳細な情報までは入手はすることができたが、この学校内を隈なく探してもケアを見つけだすことができなかった。これにはかなり特殊な理由があった。

 ケアには生まれつき擬態をする特殊能力が備わっていた。対象は人間だけでなく、他の動物や植物などの生物に限らず、生命を持たない物体にも擬態できるのだった。この能力を駆使されればどんな最新の装置を駆使し、厳しい訓練を積んだ捜査隊が探しても、ケアが擬態した人物や生物、物体を確定することができないでいたのだ。

 ケアに捜索に時間がかかり過ぎたため、LSOTEのケア探しの最上級の機密情報が、世界中の国や組織から絶えず繰り返されているサイバー攻撃を受けて、洩れてしまったのだ。しかもケアの存在と、ケアが体内に有している最も厳重に漏洩防止のセキュリティーを強化していたダークマターの情報まで漏洩するという、LSOTEだけでなく世界中が震かんする非常事態に陥ったのだった。幸いこの情報は各国の幹部が抑え込んだため、世間一般には一切漏れることはなかった。

 しかし、状況は深刻な方向に転がり始めた。規模の大小を問わず、世界中のテロ組織がダークマターを自分たちの手中に収めるために、ケアの行方を捜し始めたのだった。

 こうした実情を受けて、LSOTEがケアを見つけ出し、身柄を確保すための最終手段として選んだのが、ケアの双子の妹であるマウナだった。LSOTEはマウナの存在こそが、ケアの唯一の弱点だと捉えていた。だから、ケアを世界中が迫りくる脅威から守り身柄を確保して、再びLSOTEの保護の元に戻すために、マウナをケアが潜伏する高校に送り込むことを考えたのだった。

 当然、この高校にはテロ組織や密かに世界征服を狙う大国や、財政豊かな大小の国々も独自に使者を送り込ませていた。


日本、Y県Y市 私立優和学園 九月●●日(月曜日)二年二組

担任教師の小泉に連れられて教室に入ったら、いきなりどよめきが起きた。そうでなくても本日初登校した転校生という、この上なく注目を集める存在なのだ。加えて、女子が黒尽くめの学生服を着用しているのだから、どよめきが起きない方がどうかしているということだ。

「コスプレマニアというわけじゃないよな?」

「男装の麗人というのも、俺は嫌いじゃないけどね」

「性同一障害というやつか」

「今は、LGBTと呼ぶらしい」

 それでもまだ、精神年齢が低い男子生徒は、声に出して分かり易い反応をみせていたが、どこの学校でもたちが悪いのは、こそこそと、まるで囀(さえず)るように喋る女子という小雀(こすずめ)たちだ。

「静かに!」

 教師としての威厳など最初からないことは、新年度が始まった早々に気づいているはずなのに、それでも、内情が分っていない転校生の前では、教師らしさを誇示しておくべきだと浅はかな行動に出た小泉だったが、教室の雑魚(ざこ)たちは教師の声などまるで最初から聞こえなかったかのように、いや転校生と一緒に教師が入ってきたことさえ眼中になかったように、自由奔放に振る舞っていた。その騒がしさは一向に静まる気配をみせようとしない。

「バカども、ごちゃごちゃうるさいんだ、静かにしろ!」

 あまりの騒がしさに痺れを切らして、マウナはつい大声を上げてしまった。

すると、瞬く間に教室が、小さな港の凪いだ海面のように、静かになった。

確かに声は大きいが、大きさからいえば小泉とそう変わりはないが、そこに凄みが加わっただけで、こうした効果を生み出したのだ。

どの顔も驚きで言葉を発することさえ忘れてしまったようだったが、その中で一番驚いていたのは、何を隠そう担任の小泉だった。 

『白井 マウナ』黒板に、タテ×ヨコ 八センチ×八センチの大きさで、自分の名前を書いた。

「白井マウナと言います。皆さん興味津々ようですので、この場ではっきりさせておきますが、僕はれっきとした女子ですし、日本人です。今日着用している学生服は、ある理由があって着ていますが、これが僕の心の在り方、つまりは性同一障害を表すものではありませんので、そうした誤解はしないでください。勿論、LGBTの方々のことは尊重をしていますし、特別な感情も持ち合わせてはいません。以上です」

 ただ役立たずにそこに突っ立っている小泉に、「私の席はどこですか?」と訊ねて、指定された机に向かおうとしたところで、早速、小雀娘の一人から質問の手が挙がった。

「素敵な名前のマウナちゃんに質問です」

 人のことをすぐに下の名前で呼ぶ輩を、マウナは信用していなかった。だから、この問いかけを無視することにした。

「栗原、白井に何を訊きたいんだ?」

 まるで、頼んでもいない同時通訳をするように、小泉が出しゃばった。

「マウナちゃんは、この学校に転校してくる前は、どこの学校にいたのかな? と思って」

 栗原みのり。ちょっと舌足らずの喋り方が緩い印象を与えるが、最初に質問をしてきたことからも要注意人物であることは間違いない。舌足らずの喋り方と緩慢な動作で頭の悪さを演出しているが、その実、悪魔のような冷酷な心を持っていると踏んだ。

「アメリカ合衆国ハワイ州のハワイ島、ヒロにある州立高校」

「へえ、ハワイなんてすごい、アロハじゃん」

 能天気なことを口走って無邪気さを装っているが、これも演技だ。エクステの長いまつ毛と、厚めの唇に塗られたテカテカのリップグロス。典型的な低能女子に成りすましている敵の精鋭の一人だろう。

「コーヒー豆の産地だよ」

 こちらも無邪気にそう言ってみた。

「それって、同じハワイ島でもコナの方でしょう」

 ほら、鎌をかけたら途端に本性が飛び出した。事前に自分のことが調べられている。それを確信してから、みのりの方を見たら、もう能天気娘の仮面は脱ぎ捨てた緊張感のある顔をして、こちらに鋭い視線を送ってきていた。

 これには気が付かない振りをして、まだ辿り着けていない自分の席に移動を始めた。

「ほら来た」

 ただの悪戯でないことは分かっている。俊敏な動作でマウナに足を引っ掛けようと、椅子の陰から足が出てきた。想定内だったので、さり気なくそれを除けで、代わりに思いっきり、出された足を踏み付けてやった。

 全体重をかけて踏みつけたが、悲鳴は全く上がらない。出された足の持ち主を見たら、何ごともなかったように、教科書を開いて熱心に予習をしている解り易い優等生タイプの男子に扮した、きっとみのりの仲間か、また別の敵だろう。

「なかなか油断はできないな」

 マウナは、さらに細心の注意を払いながら、やっと自分の机に辿り着いた。机に辿り着くだけなのに、こんな大冒険が待っているなんて、多少の覚悟はしていたものの、あまりにも嫌がらせ行動があからさまで、逆にこんな緻密性のない攻撃で大丈夫なの? と思ってしまった。

 誰の配慮か分からないが、机は列の一番後ろだった。少なくともこれで授業中は周囲を見渡すことが可能になった。

 でも待て、こんなに分かり易い妨害だけで、簡単に机に辿り着けるのは明らかにおかしくないか?

 腰をかけるために椅子を引いた。

「みのりちゃん、ちょっと手を貸してくれないかな?」

「えっ、わたし。いいよ」

 証拠にもなく舌足らずのままで席を立つと、短くしたスカートの後ろを両手で抑えながらマウナの席まできてくれた。

「何、なにを手伝えばいいの?」

「この机の引き出しの中だけど、ちょっとおかしくないかな?」

「えっ、どれどれ?」

 引き出しを確かめようとみのりが腰を屈めたタイミングを狙って、ふらついた振りをして、全体重がみのりの肩にかかるように倒れ込んだ。その弾みでみのりが椅子に尻もちを

ついた。

「ぎゃあー!」

 尻が椅子の表面に当たった瞬間に、みのりはこの世のものとは思えないような叫び声をあげた。ミニスカートの中は下着一枚を着けているだけだろう。椅子の表面に塗られた皮膚を融かす成分をたっぷり含む薬剤は、薄い下着を通過して尻の皮膚に浸透をしていったことだろう。なかなか立ち上がれない振りをして、マウナはみのりの身体が椅子から離れらないように押し付け続けた。

「おい、二人とも大丈夫か?」

 俊敏な行動とは程遠い動きだったが、担任の小泉が駆けつけてきた。

「二人とも大丈夫か?」と訊かれたけど、大丈夫じゃないのはみのりだけなんですけど。

「みのりちゃん、大丈夫?」

 白々しく心配そうな顔をしてみせたが、押し付け続けているマウナの身体を一秒でも早く振り払おうと、この細い体のどこにこんな力を隠していたのだろうと思えるほどの馬鹿力で、みのりはマウナの身体を跳ねのけた。

「すごい悲鳴を上げていたけど大丈夫?」

「あんた、知っていたんだね?」

 みのりは痛みで表情を歪めたまま、マウナの質問には答えず逆に質問をしてきた。

「何を?」

「この椅子に有害な薬剤が塗られていることを」

「言っていることが、僕には全然分からないけど」

 首を傾げながらそう答えるマウナの顔を、みのりはものすごい形相で睨みつけていた。

「嵌(は)めためたね?」

「だから、何を言っているのか分からないって言っているよね」

 二人のやり取りは互いの耳元で囁くような声で行われているので、近くにいる担任や他の生徒には聞こえない。

「栗原、かなり痛そうだけど、医務室に行った方が良いんじゃないか?」

 この状況だと保健室にまで小泉が付いて行きそうな雰囲気だったので、みのりはそれを敏感に察したのだろう。

「大丈夫です。わたし一人で行けますから」

 と言って、さっさと教室から出て行った。見ると太ももの裏あたりが赤くただれていた。

「わあ、痛そう」

 思わずそう声に出しそうになってしまい、マウナは咄嗟に言葉を飲み込んだ。

「みのりちゃん、お大事にね」

 ドアから顔を覗かせて、小さくなったみのりの背中に向かってマウナはそう声をかけた。聞こえているだろうに、みのりは完全に無視を決め込んでいるようだった。

「先生、この椅子、ヤバいようですよ」

「どんなふうに?」

 じゃあ、自ら体験してもらいましょうと、担任の手首を掴んで手のひらを椅子の上に押し付けようとしたら、寸でのところで担任がマウナの手を振り払った。それは、これまでの動作とは比べものにならないほどに俊敏だった。それで悟った。

「小泉は、この椅子に仕掛けをした仲間の一人だ」ということを。そして、それは栗原みのりとは全く別のグループだということも。

 この学校にはいったいどれだけの敵が送り込まれているのか。それを考えると背筋が冷たくなってきた。

「何か良くない薬品が椅子の上に付着していたようです。取り替えてもらえますか?」

 そう言いながらうだつが上がらない風采の担任教師、小泉博之の顔を間近で見た。先ほど一瞬だがマウナに本性を見せておきながら、今はうだつの上がらない表情を全く崩してはいなかった。なかなか油断できない奴。マウナはそんな目で小泉を見ていた。

「分かった。技能職員さんに言ってすぐに交換をしてもらうよ。それと薬品がこぼれていた原因も調査してもらうように学園側に要請しておく」

 小泉は緩慢な動作に戻って椅子を持ち上げると、そのまま黒板の前に戻って行った。

「先生、僕はどこに座ればいいでしょうか?」

 立ったまま授業を受けるわけにはいかない。

「栗原はすぐには戻ってこないだろうから、とりあえずは栗原の椅子を持って行ってくれ」

「分かりました」

 みのりが座っていたのだから大丈夫だろうと思いながらも、軽く指で触れて安全であることを確認した。

 ホームルームが終わり、一時間目の授業が始まるまでの少しの時間、一時間目の授業は日本史。担当教師がくるまでのわずかな時間に、聞き覚えのない声が聞こえてきた。

『右手斜め前の席に座っている、淀橋ツモルには注意しろ。おそらく、このクラスだけでなく、この学校のリーダーだ』

 声は男のものだ。しかも若い。おそらく生徒だろう。この学校内にも仲間がいるということか。LSOTEから送り込まれているメンバーなのか? 声は耳から入ってきたものではなく、テレパシー通信だ。マウナと同じ特殊な周波数のマイクロチップを脳内に埋め込まれた者が、この学校内に少なくとも一人は存在していることがはっきりした。

 忠告を受けて、気にしないでおこうと思いながらも、つい右斜め前に目が行ってしまう。この高校は私服なので、眩しいくらいに白いシャツの襟元から、清潔感のあるツモルのうなじがのぞいていた。

 この高校に転校して来た目的を、マウナはもう一度頭の中で反復していた。

「兄のケアを守るため」

 自分に双子の兄が存在することをマウナが知ったのは、ハワイ島ヒロの州立高校の二年生になったばかりの十七歳の誕生日のことだった。日本と違ってハワイの学校の新学期は、毎年九月から始まる。それまで自分は一人っ子だと思っていたし、「ひょっとしたら、この世の中に実の兄弟がいるかもしれない」などと、当然一度も考えたことはなかった。

 実際に見たことも会ったこともない兄。名前をケアという。その兄を守るために日本にきた。マウナはハワイで生まれたが、両親ともに日本人なので二十歳前のマウナは今、アメリカと日本の両方の国籍を有している。それに家の中での会話は日本語だったので、英語訛りのない日本語を不自由なく話すことができた。日本に行くことも、日本の高校に転校することにもなんの支障もなかった。

 兄を守るためにこの高校に転校してきた初日から、敵の存在を意識せざるを得ないことになるとは、少々覚悟が甘かったようだ。

 緊張しながら迎えた転校初日の最初の授業。ハワイに住み、転校するまで現地の公立の学校に通っていたが、意外にも日本史は得意だった。勿論、ハワイの公立学校で日本史を学ぶ授業などない。しかし、両親共に歴史好きという生活環境で、家では日本から取り寄せた時代劇や大河ドラマのDVDを繰り返し家族で観ていたし、日本の有史以来の歴史に関する書物が父親の書斎の本棚にずらりと並んでいたので、マウナも幼い頃から本棚から適当に取り出しては頻繁に読んでいた。

 日本を離れているということもあり、より強く日本の歴史に興味を持つようになった両親の影響で、マウナ自身も日本史が好きになっていた。

 今日の授業は、日本史の中でもマウナが特に好きな古墳時代についてだった。

「世界遺産にも登録された、関西にある古墳群のことを正確に言える者はいるか?」

 日本史担当教師の辰巳の質問に、マウナはすぐに手を挙げた。見回すと他には誰も手を挙げていなかった。

「おお、手が挙がったのは転校生だけか? 名前は白井だったかな? 」

「はい、白井マウナです」

「では白井、答えてください」

「百舌鳥・古市古墳群です」

「はい、正解。それでは、この古墳群の中でも一番大きな古墳は?」

「仁徳天皇陵です」

「これも正解。確か、白井はハワイの学校から転校してきたんだったよな?」

「はい、そうです」

「それは日本人学校ですか?」

「いえ、現地の州立高校です」

「それなのに、なぜそんなに日本史に詳しいのか、その理由を教えてくれないか?」

「両親の影響です。二人とも日本史好きなので。日本史の中でも父は戦国時代、母は平安時代の歴史が特に好きなようです」

「白井は?」

「僕は、古墳時代が特に好きです。だから、今日の授業は興味津々で聴いていました」

「歴女だな」

「れきじょ?」

「歴史好きの女子を、歴女と呼ぶらしい」

「それならまさしく、僕はど真ん中です」

「嬉しいことを言ってくれるじゃないか、日本史が好きというだけでも嬉しいのに、特に古墳時代の歴史が好きというのは最高だ。古墳時代の資料は沢山持っているから、次の授業の時にお薦めの本を持ってきてあげるよ」

「本当ですが、ありがとうございます」

 来日する時に日本史に関する本は持ってこなかったので、辰巳のこの提案は素直に嬉しかった。

『この辰巳という教師は敵だ。君のことは徹底的に調査をされていて、日本史好きで、特に古墳時代が好きなことは当然掌握されている。だから、今日の授業で古墳時代を取り上げたのだ。前回の授業では江戸幕府から明治維新に至る経緯を説明していたから、今日の授業で古墳時代を取り上げるのはどう考えても不自然だ。君の興味を引くための作戦だ。次の授業の時に言った通り古墳時代の本を持ってきても絶対に受け取ってはいけない。必ず資料の中に個人情報を盗むための細工がされている』

 授業が始まる前と同じ声が聞こえてきた。今回もテレパシー通信だ。教室中を見回したが、こちらに視線を向けている生徒はいなかった。

「どうした、白井?」

 教室中を見回しているその視線を捉えて辰巳が訊いた。

「いえ、なんでも。それよりも古墳時代の本、嬉しいです。楽しみにしています」

「そうか、期待以上の本を持ってくるからな」

「ところで先生、みんなに早く追い付くために勉強したいので、前回の日本史の授業の資料をもらうことができませんか? 今日が古墳時代の授業でしたから、前回はその前の弥生時代を取り上げたのですか? それも興味をそそられますね」

「よほどの日本史好きのようだな。じゃあ、次回の授業でも弥生時代を取り上げようか」

 辰巳はマウナの質問に対する答えを曖昧にした。再度質問をしようとした時に、授業終了のベルが鳴った。

 辰巳が教室を出た後に、マウナは席を立つと真っすぐに淀屋ツモルの席に向かった。テレパシーの声で、気を付けろと忠告された人物だ。高い絶壁から下を覗きたいと思う、「怖いもの見たさ」の心理と似ている。危険だから興味がある。

「ねえ、君、頭が良さそうだから訊くけど、前回の日本史の授業では何を習ったのか教えてくれないかな?」

「僕は、淀屋ツモル。白井さんの名前は知っているのに、僕の名前を白井さんが知らないのは不公平だから、まずは名乗りました。ところで質問の答えだけど、前回の授業では弥生時代のことを習ったね」

「そう、どうもありがとうツモル君」

「どういたしまして」

 席に戻ると、隣の席の女子に話しかけた。

「これ、良かったら、放課後にでも食べて」

 ハワイ定番のお土産であるマカダミアナッツチョコレートの小袋を机の上に置いた。

「えっ、良いの、ありがとう」

「その代わりというわけじゃないけど、今日の日本史のノート見せてもらえないかな。日本の授業に慣れていないから、上手くノートが取れていないんだ」

「いいよ、これ」

 ノートには、「野呂紗由美」と書かれていた。ノートを開いた。今日の授業ではなく、前回の授業のページに遡って確認をした。

『江戸時代から明治維新への流れ』と、シャープペンシルで書かれた丸文字が目に入った。

 ノートには西郷隆盛、勝海舟、徳川慶喜、西南戦争、長州藩と、明治維新に大きく関わった人物や出来事などが書かれていた。かなりきちんとノートを取っている。彼女も日本史好きと見当をつけた。

「ありがとう。助かった」

「早いね、もういいの?」

「ちょっと確認したかっただけだから」

 ツモルが嘘をついていることはこれで明らかだ。じゃあ、何故ツモルはこんなにも分かり易い嘘をついたのか?

 敵と味方の状況が全く把握できていない中で初登校をしたのは失敗だったと、今さら悟ってももう遅い。すでに登校し授業も受けている。鬱蒼とした樹海の中に誤って迷い込んでしまったような心境だった。道標も順路表示もない中で、ただ闇雲に突き進んでいるような無防備な状況だ。マウナは慎重な行動を取ることが肝心だと自分に言い聞かせた。

 二時間目の授業は数学、三時間目は体育だ。慎重に判断をして、マウナは身体を動かす体育の授業は見学に回ることにした。

 数学の授業では何も起こらなかった。いや、途中、医務室に行っていた栗原みのりが帰ってきた。一人ではなかった。新しい椅子を持った技能職員と一緒だった。みのりはミニスカートではなく長いジャージのパンツに履き替えていた。

「白井さんの椅子を新しいのに変えますか?」

 林という技能職員がマウナに訊いた。マウナは今、みのりが使っていた椅子を借りている。新しい椅子にはどんな細工がされているか分からない。このままこの椅子を使うべきだと考えた。

「僕はこのまま、この椅子を使います」

「じゃあ、栗原さんがこれを使ってください」

 今は椅子がないみのりの席に、林が新しい椅子をセットする。椅子の変更をみのりが拒否するのではないかと思ったが、意外にもすんなりと受け入れた。教室まで運んでくる間にすでに事前チェックを済ませていたのかもしれない。

 三時間目の授業は体育だ。体育の授業は二クラスが合同で行い、男女が完全に分かれる。体育館の横の更衣室で着替えた二クラスの女子たちが体育館に集合した。

 予定通りマウナは見学。うっかりしてウエアーを持ってくるのを忘れたと嘘をついた。先ほど有害薬剤で尻と太ももが炎症を起こしてしまったみのりも見学だった。

 体育館の、今日の授業で使うバレーコートの横に、二脚のプラスチック製の板にパイプを組み合わせたベンチが置いてある。板は青と赤にそれぞれ着色されていて、青にみのりが座り、赤の方にマウナが座った。

 二人の間に一切会話はなかった。「大丈夫?」と訊くのも白々しいので、必然的に互いに話題が見つからなかっただけだ。

「あなた、転校生でしょう。なかなか変わった格好をしているね。名前は?」

 隣のクラスの、いかにも仕切り屋タイプの生徒が、座っているマウナの正面にいきなり立つと不躾にそう訊いた。

「Before you ask a person for their name, you're the first to give it your name.」

「人に名前を訊く前に、自ら先に名乗るものだろう」と、わざと英語で答えた。取り囲んでいた生徒たちは、マウナがいきなり流暢な英語を喋ったものだから、一様に驚いた顔をしていたが、正面に立つ生徒は平然とした顔をしていた。そして、こう言った。

「That's rude. My name is Tomo Kizaki」

「それは失礼、私は木崎智よ」

 日本語訛りの全くないきれいな英語だった。しかも完璧なBritish English。

「トモさん、僕は白井マウナ。今日、この学校に転校をしてきました」

「なんだ、きれいな日本語が喋れるんじゃない。日本では、この後に続く決まり文句があることを知っている?」

「よろしくお願いいたします。とか?」

「なんだ、ちゃんと知っているんじゃないの」

「でも僕は言わないよ。だって、今後トモさんと友だちになりたいとは思っていないから」

「転校早々、敵を作る必要はないでしょう」

「じゃあ、決まり文句を言えば、味方になってくれるということ?」

「考えないでもない」

「トモさんって、意外に薄っぺらな人間なんだね。そんな人に味方になってもらっても、カエルの跳躍力ほどにも役に立たないだろうから、止めておくよ」

「そう、それは残念で悲しいわ。ケロケロと泣いた方がいいかしら?」

「ご自由に」

 マウナに近づいてきたのは全くの好奇心からではないだろう。あの完璧なBritish English。只者ではない。果たして木崎智は敵か味方か?

 智とのやり取りが耳に入っていたはずなのに、このことについてもみのりは訊いてこなかった。

 体育の授業が始まった。最初に体育館の中を軽く走り、二人一組でストレッチを行った後、四チームに分かれてバレーボールのゲームが始まった。一チームのメンバーは十名。コートに出るのは六名。四人はコートの外で応援をする。体育館内に二つのバレーボールコートが設置されていた。四チームが一セットマッチで、時間が許す限りの総当たり戦。

 ゲームが始まった。素人のお遊び半分のゲームだろうと冷めた目で見ていたが、どのチームにも部活でバレーボールを本格的にやっているメンバーがいて、彼女たちが別のメンバーに指示を出し、難しいサーブをレシーブした後アタックに繋げて行くゲーム運びで、なかなか見ごたえのある内容だった。途中からはつい本気でゲームに見入っていた。

 一ゲームが終了し、組み合わせを変えて二ゲーム目が始まった。事故は、二ゲーム目の中盤で起こった。

 事故が起こったコートでは、AチームとCチームがゲームを行っていた。両チーム実力が拮抗していて、白熱したゲームを繰り広げていた。この様子をマウナとみのりはすぐ横のベンチに座って見学をしていた。

 Aチームのサーブを、Cチームが上手くレシーブし、セッターに繋がった。セッターが左側にトスを上げる。このトスをアタックするために、長身の生徒が助走を始めていた。Aチームもアタックをブロックするために、一斉に前衛の三人がAチームにとっては右側に移動をする。Cチームの生徒がジャンプしたと同時に、Aチームの三人がブロックに飛ぶ。

 強烈なアタックは三人のブロックに当たるが、そのアタックの威力は手のひらの壁よりも勝っていて、手のひらを突き抜けてコート内に突き刺さった。

 着地する時に、ブロックに飛んだ三人が同時にバランスを失い、ネットを支えている鉄製のポールに衝突をする。この衝撃でネットのロープが切れて、鉄製のポールが勢い良く倒れた。そして、倒れたポールがベンチに座っていたみのりを直撃したのだ。

「ギャー!」

 悲鳴が体育館の中に響き渡った。一斉に体育館内の全ての動きが静止した。強く張っていたネットのロープが切れた反動で、鉄製ポールが転倒するスピードが加速され、みのりが受けた衝撃はかなり激しいものになった。みのりはそのままポールの下敷きになっていた。

「栗原さん?」

 体育教師の笹川真紀がすぐ駆け付けてきた。この間に、マウナも含めた生徒はポールを持ち上げようとした。ポールが直撃したみのりの額からは大量の血が流れ出していた。笹川が何度も声をかけたがみのりから返事はなかった。完全に意識を失っていた。

「誰か、医務室の先生を呼んできて、それと更衣室にスマホを置いている人は誰でも良いから119番に通報して救急車を手配してください。急いで」

「ここにスマホを持っているから、僕がします。細かいことが分からないから、繋がったら先生に代わります」

 見学していたマウナはスマホを学生服のポケットに入れていた。119番に連絡を入れる、すぐに繋がったのでスマホを笹川に手渡した。

「もしもし、○○町三丁目十二番五号の私立優和学園です。体育の授業中に見学していた女子生徒が負傷。鉄製のポールが倒れ、その直撃を受けたこの生徒は額から大量の出血をしており、呼びかけても反応がありません。すぐに救急車の手配をお願いいたします」

 迅速で的確な対応で笹川は救急車を手配した。

『すぐにスマホを回収しろ、個人情報を抜き取られてしまうぞ』

 テレパシーの男の声がそう指示をする。ここにいるのは女子だけなのに、どこか鳥の目のような高い位置から全てを見ているのだろうか?

「先生、僕のスマホを返してください」

「ああ、そうね。ありがとう、助かったわ」

 笹川はすぐにスマホを返してくれた。

 医務室の先生を伴って生徒が帰ってきた。すぐに額の傷の手当てに入った。治療というよりも救急車に乗せる前の応急処置を施しただけだ。

 やがて救急車が到着し、隊員が体育館に駆け付けてきた。軽く頬を叩きながら、「聞こえていますか?」と訊いたが、みのりは全く返事をすることもなく、表情を動かすこともなかった。

「脈はしっかりしていますので、気を失っただけだと思います。すぐに、病院に搬送をしますので、ご安心ください」

 この時には連絡を受けた担任の小泉も駆け付けていた。

「どなたかお一人ご同行をお願いいたします」

「私が一緒に行きます」

 隊員の要請に小泉が手を挙げた。

「可能であれば女性の方が好ましいのですが……」

 申し訳なさそうに隊員が言った。

「では、私が一緒に行きます」

 医務室の国枝先生が同行することになった。

「笹川先生、経緯と状況を詳しくご説明ください」

小泉はそう要求をしたが、笹川は事故が発生した時には、もう一つのコートにいたので、正確に説明することは難しいだろう。

「笹川先生、栗原さんの一番近くにいた僕が代わりに説明をします」

 事故の発生状況につき、マウナが説明をした。

 当事者であるAチームの三名、Cチームの一名は、全員が隣のクラスの生徒だった。事故を起こしてしまったことのショックで萎れたように俯いたままだった。

「これは事故で、誰のせいでもないんだから、責任を感じることはないからね」

 笹川はそう言ったが、授業の管理責任は体育教師の笹川にあるはずだと、マウナはそんな思いで笹川を見た。

 救急車を呼んだのだから当然だが、その後警察が駆け付けて事故に関する事情聴取を受けることになった。その影響で三時間目の体育の授業がここで中止となり、四時間目の授業は自習になった。そして、警察の聴取を受けたのは、当事者の四名に加えてマウナだった。担任の小泉が余計な推薦をしたからだ。

 警察の聴取はスムーズに済んだ。事故発生の状況に不自然な点はなかったし、これは完全に事故なので、そのまま見た通りを話せばよかった。

 警察の聴取を終えて教室に帰ると、隣の席の野呂紗由美が、「お疲れさま」と労いの言葉をかけてくれた。

「僕のこと労ってくれてありがとう」

「栗原さん、まだ意識が戻らないらしくて、午後からは緊急で職員会議を開くことになったの。だから急遽今日の授業は午前中で終わりだって。もうすぐ、校内放送で説明するらしい」

「大変なことになったね。栗原さんの意識が早く戻るといいね」

「まさか、体育の授業を見学している時に、こんな事故に巻き込まれるなんて、栗原さんも今朝から本当についてないよね」

 今朝からというのは、本来マウナが座る予定だった椅子に塗られていた薬剤による火傷のことを言っているのだ。「こんなことなら医務室から帰ってこなければ良かった」と、思う間もなく意識を失くしたのだろうか?

 やがて、校内放送が始まり校長が、事故の状況と栗原みのりの症状につき説明をし、本日に限り午後の授業を中止することが発表された。

「転校初日から大変だったね」

 サユミが再び労いの言葉をかけてくれる。

「波乱万丈の学園生活を示唆しているのかもしれないね」

「まるで、ミステリー学園ドラマの中で言うようなセリフみたいね。こんなこと滅多にないよ」

「そうだよね」

 四時間目があと十分で終わる。この時、あの声が聞こえてきた。

『危なかったな。まずは無事でよかったよ』

『無事でよかったってどういうこと、あれは事故ではないの?』

『まさか、仕組まれた罠だよ。しかも、本当のターゲットはマウナだった』

『それって真実? でも、実際に被害にあったのは栗原みのりだった。それはなぜ?』

『ボクが少し動かした。ポールがマウナを直撃しないように、そうしたら栗原みのりを直撃してしまった』

『あれは誰が仕掛けた罠なの?』

『一緒に聴取を受けた四人に決まっているじゃないか』

『でも、事故の後、四人は気の毒になるほどに気落ちしていた。あれは絶対に演技ではなかった』

『そりゃそうだよ。栗原みのりは四人の仲間なのだから。誤って仲間を傷つけてしまった罪は重い』

『あなたは、いったい誰なの? 僕の味方?』

『ボクのことが分からないか? 姿は見えなくても細胞は同じだ』

『えっ、まさかお兄ちゃん、……お兄ちゃんなのね?』

『そう、君の兄のケアだよ。マウナよく来てくれたね、ボクを守るため』

『お兄ちゃんは今、どこにいるの?』

『それは言えない。でも、必ずマウナの近くにいるから安心をして欲しい』

 兄が近くに居てくれる。それだけで気持ちがずい分軽くなった。

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