第11話 お店巡り 後編
「おお! 服がいっぱいだな!」
『小学生みたいな感想ね』
「だってこんな大きな服屋に来ることなんてないんだもん」
服屋に入った俺たちの視界に、たくさんの衣服が映る。
服のことがさっぱり分からない俺は、小学生レベルの感想を言うことしかできなかった。
『この中から海斗に似合うものを見つけてあげるわ!』
「お願いします!」
レナはファッションセンスに優れている。
そのレナがじっくりと吟味して選んでくれるのだ。
自分がどんな感じに変化するのか、俺は楽しみで楽しみで仕方なかった。
『これとか海斗に似合いそうね』
「なるほどよく分からん」
『これなんかは海斗の雰囲気にピッタリね』
「さっぱり分からんけどピッタリなのか」
『これは絶対に似合う!』
「ファッションについて全く分からんということがよーく分かった」
いろいろな衣服を見て回りながら、良さげなものをレナが選んでいく。
相変わらず俺は何も分からないけど、レナが真剣に選んでくれているということは彼女の表情を見れば一目で分かった。
『レナ様の見立てではこれがベストよ! あとは試着するだけね!』
数着分カゴに入れたところで、試着してみる流れに。
レナに組み合わせやポイントの説明を詳しく聞いてから、俺は試着室の中に入る。
はてさて、どこまで変わるのか。
期待を胸に、俺は着替えを済ませた。
「これはどうだ?」
まず最初に着たのは、サマーニットとワイドパンツの組み合わせだ。
レナ曰く、『落ち着いた色をベースにしてるから、海斗の雰囲気と合わさってピッタリよ!』とのこと。
ギリギリ分からなかった。
「これはどんな感じ?」
次はサマージャケットとセミワイドパンツの組み合わせだ。
レナ曰く、『ジャケットの下に白色のサマーニットを着ることで、爽やかな印象に仕上げることができるのよ』とのこと。
まあまあ分からなかった。
「これはどうだ?」
最後はボーダーのTシャツと黒スキニーパンツを使った組み合わせだ。
レナ曰く、『ボーダー柄は細めのほうが大人っぽく見えるから、海斗にピッタリね。爽やかな印象になるのもいい感じ』とのこと。
もう何言ってのるかなんも分からんかった。
『ふふん。やはりレナ様の目に間違いはなかったようね。全部、海斗にピッタリだったわ』
レナが満足げにドヤ顔する。
もちろん俺も大満足だ。
俺一人では、オシャレな服を買うことなんて絶対にできなかったのだから。
それもこれもすべてレナのおかげなのだから、お礼を言わないわけにはいかないだろう。
「レナが俺のために真剣に選んでくれて嬉しかったよ。ありがとな」
そのとたん、レナの頬がほんの少しだけ朱に染まる。
『べ、別にお礼を言われたところで嬉しかねーぞコノヤロー』
「めっちゃ嬉しそうじゃん」
照れ隠しに某トナカイドクターのモノマネをしたレナに突っ込んでから、レジへ向かう。
お金の都合でたくさんは買えないから、今回買うのは先ほど試着した三着分だけだ。
「レナのおかげで今年の夏はオシャレに過ごせそうだ」
『……別にこれくらいどうってことないし』
思ったことをそのまま口にすれば、レナはまんざらでもなさそうな顔で胸を張った。
◇◇◇◇
服屋でショッピングを終えたころには、すでに時刻は二時を過ぎていた。
そろそろ腹が減ってきたということで、昼ごはんを食べるべくモール内にある飲食店に向かう。
『もちろん分かってるわよね?』
「へいへい。ちゃんとハンバーグ頼むから安心しろ」
肉厚ジューシーなハンバーグがウリのその店に入れば、店員さんがにこやかに出迎えてくれる。
昼のピークを過ぎていたこともあり、店内にいる客は少ない。
おかげで、時間を要することなく注文したメニューが運ばれてきた。
「お待たせしました! 当店イチオシのデミグラスチーズインハンバーグです!」
熱々のハンバーグが乗せられたプレート皿が目の前に置かれる。
ハンバーグから溢れ出る濃厚な肉の匂いが、これでもかってくらい鼻孔をくすぐってきた。
思わずよだれが垂れそうになるのを我慢していると、一緒に注文していた米とスープもテーブルに並べられる。
すべて出そろったところで、店員は一礼して去っていった。
それを見届けたレナが俺に憑依。
ハンバーグ大好きなレナがこれ以上待てるはずもないか。
「いっただっきまーっす!」
俺の体を奪ったレナは、速攻でハンバーグにかぶりつく。
その瞬間、熱々の肉汁がドバっと口の中にあふれ出てきた。
「はふほふ」
噛めば噛むほど、内側に閉じ込められていた肉のうまみが肉汁とともに口の中に広がる。
濃厚なうまみがとめどなく溢れてくる様は、まさに洪水のようだ。
米との相性も最高で、食べ進める箸が止まることはない。
コクのあるデミグラスソースを絡めれば、味に深みが増してより一層おいしくなった。
(メチャクチャうめーな)
「ん、ここにきて正解だったわ!」
俺の言葉に同意したレナがナイフでハンバーグを切ると、中からとろけたチーズが顔をのぞかせる。
「ハンバーグにチーズは必須よね」
(超わかる。人間が生きるのに酸素が必要なのと同じレベルでハンバーグにチーズは必須だよな)
意気投合したところで、レナは切り分けたハンバーグを口に運ぶ。
とろけたチーズの滑らかな舌触りと濃厚なうまみが、これ以上ないほどハンバーグとマッチしていた。
相性が最高すぎる。控えめに言っても絶品だ。
付け合わせの野菜やスープも非常においしく、あっという間に食べ終わってしまった。
「ふ~、ごちそうさまでした」
フォークとナイフを皿の上に置いたレナが、憑依を解除する。
体の自由を取り戻した俺は、満足げにレナに話しかけた。
「ここに来てよかったな。すげーうまかったもん」
『そうね。確かに一級品だったわ。……だけど、海斗の作ったハンバーグのほうがおいしかったわよ。ほんのちょっぴりとだけどね』
レナは恥ずかしいのか、顔を背けながら控えめにそう言ってきた。
『だから、また今度ハンバーグ作りなさいよね! 海斗は私の専属料理人なんだから!』
相変わらずのワガママっぷりだけど、照れ隠しなのは一目瞭然だ。
「ああ。また今度作ってやるよ」
そう返せば、レナは『ん』とだけ返してきた。
本人は平静を保っているつもりなのだろうけど、だらしなく緩んだ頬が喜んでいることの何よりの証明だった。
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