第10話 お店巡り 前編

『海斗、すごいわよ! お店がいっぱいあるわ!』


 落ち着いた様子でショッピングモールの中を歩く俺とは対照的に、レナはテンションが天元突破していた。

 そんなにはしゃいで疲れないのだろうか? と苦笑するものの、それだけ久しぶりに出かけられたことが嬉しいのだろう。


 ショッピングモールの中は、ゴールデンウィークということもあって朝からたくさんの人が歩いている。

 結構な人混みだ。


「迷子にならないように気をつけろよ」

『大丈夫よ。海斗のそばから離れないから』

「それは俺と一緒にいたいってことか?」

『バ、バカっ! 違うわよ!』


 からかってみると、レナは顔を赤くしてそっぽを向いた。


「いつもさんざんやらかしてくれてるからな。そのお返しだ」

『むー』


 レナが分かりやすく頬をふくらませる。

 なんというか、いろんな表情を見せてくれるようになったな。

 出会った直後なんて、ずっと素っ気なかったのに。


 なぜかは分からないけど、そのことが少しだけ嬉しく感じた。


『最初はあそこに行きましょ』


 レナが指差す先に視線を向ける。


「本屋か。結構大きな店だし、変わった本でもなければ大体そろってそうだな」

『死ぬ前に追いかけてた本の続きを買いたいわ』


 ということで、俺たちは本屋に入店。

 一目散にラノベやコミックスの並べられている方面に飛んで行ったレナの後を、俺はカゴを手に取ってからゆっくりと追いかけるのだった。


『海斗海斗』


 ラブコメが陳列されている棚の前でどれを買おうか悩んでいたら、レナが上機嫌でこちらに向かってくる。

 その後ろには、彼女を追いかけるように十冊ほどの本が空中をふわふわと漂っていた。


 これ、はた目から見ると完全にホラーだな。


『これ買って』


 カゴの中に、レナが持ってきた本を放り込む。

 ズシンと一気に重たくなった。


「えらくたくさん持ってきたもんだな」

『死んでる間にいっぱい新刊が出てたみたい。私としては、打ち切りになってなくてよかったわ』

「超わかる。打ち切りほど悲しいことはないよな」


 それにしても……。

 カゴの中をちらりと見れば、レナの選んだラノベはファンタジーモノと戦記モノしかなかった。

 戦闘狂かな?


 そうツッコミを入れつつも、本題はそちらではない。

 これだけの冊数になれば、値段は結構なものになる。

 ほとんどが一冊千円以上するラノベだから、確実に一万円は超えるだろう。


『お願い! 私に貢いで!』

「もうちょっと他に頼み方あっただろ。それは直球すぎる」


 空中で土下座のポーズをとるレナを見ながら、俺は思考する。

 数秒の沈黙の後、口を開いた。


「今回はすべて買ってやるよ」

『ホントに!? ありがと! 海斗大好き!』

「一ミリも心こもってないぞ」

『二ミリくらいは込めてるわよ』

「たったの二ミリかよ。……まあ、なんだ。お前のおかげで七万以上はする相場のアパートにたったの二万で住めてんだ。今回はそのお礼ってことで」

『もっと感謝してもいいのよ?』

「ははあー、感謝感謝」


 ドヤ顔で胸を張ったレナに、俺はぺこぺこと頭を下げる。

 そんなやり取りをしつつ、俺も二冊ほどラブコメをカゴに入れる。


「よし、じゃあ行くか」


 レジで精算を終えた俺たちは、本屋を退店。

 次に向かう店について話し合う。


『十時のおやつが食べたいわ!』

「幼稚園児かな?」


 レナの一声によって、スイーツを食べることになった。

 口コミ評価の高い喫茶店に目星をつけた俺たちは、まだ見ぬスイーツに思いを馳せながら入店する。


 和菓子とお茶を楽しめるのがウリというだけあって、喫茶店は和風建築がなされている。

 内装は質素で派手さがなく、非常に心が落ち着く空間になっていた。


「いらっしゃいませ~。一名様でよろしいでしょうか?」


 着物を美しく着こなした店員さんが、俺たちを出迎える。

 当たり前だけど、レナのことは見えていない。


「ご注文が決まりましたらお呼びください」


 ぺこりと一礼してから去っていく店員さんを見送った後、俺たちはワクワクした表情でメニュー表を開いた。

 すぐに色とりどりな和菓子たちの写真が視界に飛び込んでくる。


『どれもおいしそう!』

「だな。見てるだけで食欲が爆発しそうだ」


 横を見れば、今にもよだれを垂らしそうなほどレナが目を輝かせていた。

 どれにしようか悩むさまは、見ていて微笑ましい。

 きっと、どれもおいしそうすぎて選べない! とか考えているのだろう。


『どれもおいしそうだから選べないんだけど!』


 やっぱり。

 まだ短い付き合いだけど、俺はなんとなくレナのことが分かるようになってきていた。


「俺はどら焼きにするけど、レナは?」

『んーっとね…………決めた! 私はいちご大福ね!』

「はいよ」


 店員さんを呼んで注文したら、二度目の憑依タイムだ。


 レナがそのままの状態でスイーツを食べた場合、はた目から見ると完全にホラー現象なので、その辺に配慮したというのもあるがもう一つ。

 憑依状態だと味覚などの感覚は共有になるので、お互いが頼んだスイーツを同時に楽しめるのと、お茶を二人分頼む必要がなくなって節約できるというメリットがあるのだ。


 まだ服屋なんかでお金使うから、できるだけ節約しないとな。

 しいてデメリットを挙げるならば、二つも和菓子を食べる俺の腹が膨れるくらいだ。


 そんなこんなで待つこと十分ほど。

 買ったばかりのファッション雑誌を一緒に読んでいると、店員さんが和菓子をお盆に乗せて運んできた。

 ちなみに、ファッション雑誌の内容は一ミリも理解できなかった。


「お待たせしました! こしあんたっぷり焼きたてのどら焼きと、あまおう苺を使ったいちご大福です!」

「おいしそう!」

「ありがとうございます! こちらのお茶と一緒にごゆっくりお楽しみください!」


 店員さんが美しい所作で一礼して去っていく。


(絶品なのが見ただけでわかるぜ)


「ん、絶対においしいやつだわ」


 どら焼きはふっくらとしていて、香ばしい匂いを放っている。

 断面から鮮やかな色をしたイチゴが顔をのぞかせているいちご大福からは、甘い匂いが漂ってくる。


 写真だけでも食欲が爆発しそうだったのに、実物を見たらもう耐えられない。

 食欲を抑えるなんて無理ゲーだ。


「いただきまーす!」


(いただきます!)


 見た目も匂いも百点満点な和菓子を前にして、我慢などできるわけがない。

 身体の主導権を握っているレナは、速攻で和菓子にかぶりついた。


「ん、おいしい!」


 いちご大福を口に運んだレナが、感嘆の声をあげる。

 共有された味覚を通してその味を堪能した俺も、思わず頬がとろけそうになった。


 大福のもちもち感と、いちごの甘酸っぱさが絶妙なハーモニーを奏でている。

 ほんのりとした甘さは全然クドくなくて、いくら食べても飽きない味に仕上がっていた。


「ふぅ」


 イチゴ大福を食べ終わったレナは、一息ついてから茶碗を手に取る。

 湯気が立ち昇るそれを顔に近づければ、濃い抹茶の香りが鼻孔をくすぐった。


 ずずずと音を立ててすすると。

 お茶の独特なうまみが口に広がり、遅れてお茶特有の苦みがやって来る。

 苦みは強すぎることなく、ちょうどいいアクセントになっていた。


(なんと言うか、こう……落ち着く味だな)


「和菓子との相性は最高ね」


 レナはお茶を半分ほど飲んだところで、茶碗を置いた。

 今度はどら焼きを口に運ぶ。


(ん、うまい)


 焼きたてホカホカのどら焼きはふっくらとしていて、噛めばあんこの味が口の中いっぱいに広がる。

 焼きたてだからこその香ばしさと熱さがたまらない。

 こしあんの滑らかな口触りと甘さも絶妙で、とにかく最高だった。


(今ならどら焼きを求めるネコ型ロボットの気持ちがわかる気がする)


 俺がそんなことを考えている間に、レナはお茶を飲み切る。

 お茶と和菓子を楽しむ時間は、あっという間に終わってしまった。


「ふぅ、ごちそうさまでした。最高だった」


(同意。来てよかったな)


 お茶と和菓子をたっぷり堪能した俺たちは、憑依を解除してから店を出る。


 上機嫌な俺たちが次に向かうのは──。


『さあ、次は服屋よ! 海斗をプロデュースしてあげるわ!』

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