第8話 春、記憶
ポロン ポロン
「…綺麗な音だね。」
「だな。すっごい落ち着く。」
オルゴールの音を背景に、俺達は静かに語りだした。
今日の出来事や最近仲良くなった女の子のあやちゃんの話、よくお菓子をくれる同じ階のおばあさんの冨美さんの話。
楽しそうに話をする彼女に俺も嬉しくなり、時々俺の話を交えながらも、相槌を打ち静かに耳を傾けていた。
彼女の部屋は一人部屋だった。
簡素で大きめな部屋で、彼女はたった一人だった。
あやちゃんや冨美さん、看護師さんなど、話相手はいるものの、毎日会える訳ではない。彼女の御両親も忙しい人達のようで、月に2、3度来る程度だそうだ。例え、話しをすることが出来たとしても、短い時で30分ほど。
そうじゃなければ、ただ一人、ベッドの上で本を読んだり、勉強をしたりして過ごしている。
寂しくはないのだろうか、なんて、そんなわかりきったこと、俺には聞くことなんて出来なかった。
空は茜色から真っ黒な闇へと色を変えようとしていた。
「ごめん佐々木さん、俺そろそろ帰らないと。」
「あ、私ったらまたこんな時間まで、ごめんなさい。」
「ううん、俺も結構話し込んじゃったし、ごめんな。」
「ううん!全然大丈夫だから、謝らないで!」
「…うん、じゃあ、お相子ってことで。」
「ふふっ、そうだね。」
「…じゃあ、帰るな。」
「…うん、じゃあね、気をつけてね!」
それに返事を返してから背を向けて扉に手をかけた時、俺の頭に、初めて来た日の帰り際に見た彼女の表情が過った。
「佐々木さん、またね!」
「!…うん!またね!」
その時の表情は、とても綺麗な笑顔だった。
「ただいまー。」
「お帰りなさい、拓磨君。」
「ただいま、義母さん。」
家に着いた頃にはすっかり日も落ち、外は真っ暗になっていた。
リビングに入れば、今日の夕飯のハンバーグの香りが漂っており、思わず俺の腹がなってしまった。
「お帰り、拓磨。随分遅かったじゃないか。」
「ただいま、父さん。父さん今日早いね?」
「あぁ、今日は珍しく残業なしで定時で上がってきたからな。お前は隼人君と遊んできたのか?」
「あー、まあ、そんなとこ?」
「ほお、さては彼女か?」
「は!?違うから!」
「はっはっはっ、そうかそうか、お前ももう高校生だしなあ。」
「だから!違うってば!」
「ほーら、二人共ご飯よ!」
夕飯を食べ終え、学校から提出された宿題と今日の授業の復習をした後、俺は風呂に入ることにした。
浴室内のパネルには四十度と表示されており、少し冷えた身体をお湯に浸けると一気に硬さが和らいだ。
ぴちゃん
天井から落ちた水滴が水面で跳ねるのを静かに眺めていた。
『こんなに沢山誰かと話すことは久しぶり。最近は一人の時間が多くて。だから昨日今日と篠田君と瀬名君が来てくれてとても嬉しかったの。ありがとう』
彼女といると不思議な気持ちになる。
彼女自身、不思議な空気を纏っているからか、その空間にいると俺は酷く心がざわつく。
だけど、その空間が嫌いではなかった。
むしろその空間にいればいる程、心のざわつきとは別に、俺は穏やかな気持ちになり、このまま浸かっていたいとさえ思った。
「はあ…」
一つため息をついた後、両手ですくい上げたお湯に顔をつけた。
ばしゃん
その日の夜、夢を見た。
夢の内容は覚えていない。
次の日には忘れてしまうような夢だったのだろう。
だけど、酷く懐かしい夢だった気がすることだけは覚えている。
朝、目覚めた時、頬に一粒、涙が零れ落ちた。
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『拓磨ー!はやくー!』
『待てって、聡磨!』
『聡磨!危ない!』
キキーッ
ドン
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『ショックのせいで、記憶が酷く混濁しているようです。』
『あなたは拓磨よ、あなたの名前は拓磨。
大丈夫、お母さんが側にいるわ。』
『お母さん、聡磨は、』
『…聡磨は、…もう会えないの…』
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『ボクが、ボクのせいで、どうしよう、ボクのせいだ!』
『だいじょうぶ、だいじょうぶだよ、わたしがずっと一緒にいるよ。』
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『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんね、聡磨。』
『お、母さん?…ねえ、お母さん、起きてよ。…何で、…何で?』
『『ボク』が○○○だから?
…もう、いやだよ、つかれた、
…こんな記憶、ぜんぶぜんぶ
"きえちゃえばいいのに"…』
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記憶の隅の時計は止まったまま。
『キミ』が話しかけているのは、いったい_。
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