第7話 春、贈り物
「おっはよー!」「はよー。」
学校に着き、教室の戸を開けてからクラスの奴らに挨拶をする。それにちらほらと挨拶が返ってきたのを聞きながら、俺は自分の席に荷物を置いた。
「あ、そうだ、お前ら昨日会いに行ったんだよな!どうだった?佐々木さん!」
教科書などを鞄からだしていると、クラスメートの一人がそう聞いてきた。
俺は急に振られた話に、一瞬思考を止めた。
「佐々木さん、めっちゃいい人だったよ!優しいし、超美人だった!なぁ、瀬名!」
「うぉ、まじかー!」
篠田が話始めたことで、停止していた思考が働き始めた俺は、昨日のことをぼんやりと思い出しながら、篠田の問いかけに答えた。
「…まぁ、綺麗な奴だったよ。」
「瀬名が言うならそうなんだろうなー。」
「おい、それどういう意味だよー!」
「だって篠田だしなー。」
「そう言えば、佐々木さん、病気のほうはどうだったんだ?」
その言葉で、俺は脳裏に昨日見た彼女の姿を思い浮かべた。
「結構元気そうだったよー。」
「そうなんだ、なら学校にも復帰出来んのかなー?」
「それはどうかわかんないけど、出来たらいいな!」
なぁ、瀬名!と篠田が言った言葉に俺は、そうだな、と曖昧に返すことしか出来なかった。
彼女は確かに、元気ではあった。だが、ふとした瞬間に見せる顔は確実に病気が蝕んでいることを物語っていた。
キーンコーンカーンコーン
そんなことを考えていると予鈴が鳴り、原田先生が教室に入ってきた。
「ほら、チャイム鳴ったぞー、席に着けー。」
原田先生の声が、どこか遠く感じた。
放課後、俺たちはいつもの道をゆっくりと歩いていた。
「なぁ、瀬名、」
珍しく静かな帰路で、篠田が妙にぎこちなく俺に声をかけた。
「なんだ?」
「大丈夫か?」
「は?」
「何が?」
「いや、何でもない。」
いきなり何なんだ?と思った。何でもないと言ったわりに、なぜか、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる篠田に、余計に訳がわからなくなった。
「なんだよ、言えよ。」
少し苛つきながら俺は篠田に言った。
「いや、…、昨日から、お前ぼーっとしてるから。それに、お前病院、嫌いだろ?無理矢理連れてった俺が言うのもあれだけど、無理について来なくてもよかったんだぞ?」
今さら何を、なんて思いながらも、篠田の言葉を聞いて、苛立っていた気持ちがだんだん引いていった。
「別に、何でもねぇよ。悪かったな、八つ当たりして。ちょっと考えごとしてただけだし、確かに無理矢理ではあったけど、決まったことを後からあーだこーだ言って投げ出すのも嫌だっただけだ。あ、あとお前だけだと心配だったから。」
「なんだよそれ!…でも、そっか、なら良かった。お前ってそういうところあるよな。」
「そういうところって?」
「意外と真面目で、根が優しいところ!」
「っはぁ?!何言って、べっ、つに!俺は優しくなんかねぇ「お、俺今日はこっちだから、じゃあな!」おい!」
そう言って、篠田は手を大きく振って帰って行った。
「はぁ、あいつなんだよ、恥ずかしい奴だな。」
篠田への愚痴を溢しながら歩いていた俺は、ふと、ある店の前で足を止めた。
そこはアンティーク調の子洒落た雑貨屋さんだった。店自体は小ぢんまりとしていて少し古ぼけた、目立つような感じの店ではなかったが、なんとなく、俺には惹かれるものがあった。
そう言えば佐々木さんの病室、アンティーク調の小物が多かったよな。
そんなことを思い出した俺の足は、既に店の中へと踏み入れていた。
店の中には古着や食器、アクセサリー、時計、椅子、スノードーム、小物入れなどがところ狭しと並んでいた。
中に入ったはいいものの、特に欲しいものがあるわけでもない俺は、なんとなく店の中をうろつきながら売り物を眺めていると、たまたま目に入ったあるものに俺は目を奪われた。
何の変哲もない小物入れだった。俺の手のひらに乗るくらい小さいものではあったが、黒の漆喰に金色のローマ字と金具、蓋部分には中心に大きくガーベラ、その周りには杜若が小さく彫られていた。
蓋を開け、中を覗くと、小物を入れるスペースの隣にオルゴールがついており、オルゴールのネジを回すと有名な曲、カノンが流れた。
曲が止まると、俺は迷わずそれをレジに持っていっていた。
衝動的に買ったはいいが、これどうするんだよ、俺。
そんなことを思いながら、帰路についていた俺の目に、昨日行った病院のステンドグラスが写った。
コンコン
「はい…」
「失礼します。」
「!瀬名君!どうしたの?」
「ちょっと、病院が目に入ったから、来てみたんだけど、…今大丈夫だった、かな?」
「うん、全然!暇してたから、嬉しい!」
彼女は相変わらず花のように綺麗に笑った。
「そっか、良かった。」
「あ、そうだ佐々木さん、よかったら、なんだけど、これ、貰ってくれない、かな。」
俺はさっき買った小物入れを取り出した。
「わぁ、素敵、これ、どうしたの?」
「さっきたまたま寄った店でなんとなく気になって買ったんだけど、俺には合わないから、…いらなかった、かな?」
「ううん!欲しい!…でも、こんなに素敵もの、本当に貰ってもいいの?」
彼女は心配そうにこちらを見上げながら聞いてきた。俺は、彼女が欲しいと言ってくれたことにほっとしながらも、彼女の問に答えた。
「うん、むしろ貰ってくれたら嬉しい、かな。」
「そっか、…ふふ、ありがとう、瀬名君。大切にする。」
彼女は頬を桃色に染めて、小さな子どものように目をキラキラ耀かせ、宝物が壊れないようしまうかのように、そっと、胸元に抱き寄せた。
記憶の隅で『キミ』は言った。------
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