第5話 『 』

ユラ ユラ ユラ ユラ


意識が海の底へ、深く、深く、沈んでいく。


『…くん、…○…○…○○○くん。』


目の前は真っ暗な暗闇が広がり、手足の感覚もなくなっていく。


意識がほとんど消えかかっている中、『キミ』が『ボク』を呼ぶ声が聞こえた気がした。


トプン


そして、何も聞こえなくなった。





茜色に染まった空、校舎の中に伸びる影、薄暗い廊下、遠くで聞こえる野球部の声とはうって変わって、校舎の中には人気はなく、波をうったような静けさが包む。


どこか薄気味悪い校舎の中を『ボク』は一人、歩いていた。


どれくらいしただろうか、ただひたすらに歩いていると、ふと、声が聞こえ、足が止まった。


(誰かの、泣き声、か?)


その声を認識した途端、足は勝手に声のしたほうへと動き出す。




『ボク』の足は、ある一つの教室の前で止まった。


その瞬間、


ブワッ


強い風が吹き、教室の中のカーテンが舞った。


そこで見たのは、


『キミ』の泣き顔だった。



それは、儚く綺麗で、触れてはいけない神秘的な、絵画のような、光景だった。



「…○○○…」


『ボク』は『キミ』の名前を呼んだ。


『キミ』は振り返り、泣きながら言った。



「ごめん、ごめんね、気づいてあげられなくて、約束破って、ごめんなさい。でも、どうか、死なないで、私の分まで生きて。○○○くん、お願い--------」


ブワッ


先ほどより強い風が吹いた、次の瞬間には、


『キミ』の姿はどこにもなかった。



トプン


『ボク』の意識はまた、深く、深く沈んでいく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る