第3話 春、雪の雫が滴下したとき
大通りを抜け、二つ目の信号を右に曲がる。
まだ僅かに咲いている桜並木を抜けると、目の前には大きな病院が建っていた。
この病院が建ってからもう随分と経つが、今でも新設の頃と変わらないくらい綺麗な外観だ。
ゴミ一つ落ちていない道、綺麗な噴水、草木も揃えられている。病院の壁には黒ずみ一つさえない。
そしてこの病院の一番の特徴は、中央にあるこの大きなステンドグラス。
この病院は病院というより、どこか協会を彷彿させる。
ホームルームで俺達がお見舞いに行くことが決まってから数日後の今日、日曜日という休日を使って俺達は病院へと足を運んでいた
はあ、なんでこんなことに。
「佐々木さんってどんな人だろーな?」
「さぁな。」
「可愛い系か綺麗系、どっちだと思う?俺は可愛い系がいいな!なぁ、タイプだったらどうしよう?!今日の出逢いが運命だったりして!これから通ったりして!告白したり?!逆にされたらもう即オーケー出しちゃうかも?!」
「お前うるせーよ!病院だぞ静かにしろ!てかまだ会ってもないのに勝手に妄想してんじゃねぇよ!可哀想だろ!」
「お前、可哀想ってなんだよ!酷いな!」
「お静かに!」
「「す、すいません…」」
「…篠田のせいで怒られただろーが。」
「えー、俺のせいかよ。でも実際、気になるだろー?」
まったく、こいつ本当にお気楽だな。こっちは巻き込まれたってのに。そんなことを思いながらも、小声で性懲りもなく俺たちは馬鹿みたいな会話をし始め、また声が大きくなった所を注意されることになった。
真っ白な廊下、消毒の匂い、たくさんの病室、所々から聞こえる、話し声、笑い声、泣き声。
俺は昔からこの空間が大嫌いだった。理由なんてない。なんとなく居心地が悪かった。
いや、本当は理由はある。
ただ、なぜだか、おもいだせなかった。
おもいだしたくなかったのかもしれない。
記憶の奥底にある蓋を開けようとすると、俺は、『ボク』は、どうしても死にたくなった。
だから『ボク』は、その蓋に頑丈に鍵をして、二度と開かないようにした。
早く、帰ろう。そう、思った。そうしなければと、思った。
そんなことを考えていると、
「お、ここじゃね?」
廊下の一番奥に、『佐々木 葵 様』と、書かれたプレートを見つけた。
「そうみたいだな。」
早く渡す物渡して帰ろうと思いながら、俺は扉を叩いた。
コンコン
「はい…」
「失礼します。」
ガラリ
「…あら、どちら様ですか?」
鈴のような声が鳴った。
その瞬間、風が吹き、彼女の黒髪が舞った。
頭の隅に、コトリ、落ちる音がした。
「…ぁ、…」
声がでなかった。目の前の彼女が天使のようで、一瞬にして、目を奪われてしまった。
「?…あの?」
「…っあ、」
「あ、佐々木さん、ですよね!俺、篠田っていいます!高校で同じクラスになったんで、今日代表でプリントと、これ!千羽鶴持ってきたんです!ていうか、中学一応一緒なんだけどわかるかな?!」
篠田の声で、止まっていた時間が動き出した。
「っおい、そんな矢継ぎ早に言ったら困るだろ!」
「あ、そうだよな!ごめん、佐々木さん!」
「っふふ」
「!!」
花の咲いたような笑顔に、胸が締め付けられた。
「ごめんなさい。とっても仲がいいのね。」
「あ、いえ、まぁ…」
「ふふっ、…ごめんなさい、知っているかもしれないけど私の名前は佐々木葵。中学の頃はほとんど通っていなかったから名前と顔が一致していないの。あなたたちの名前、教えてもらってもいいかしら?」
優しい、柔らかな声で彼女はそう言った。
「そっか、じゃあ改めてまして、俺は篠田。篠田隼人!よろしく、佐々木さん!そんでこっちが、」
「瀬名。瀬名、拓磨です。…よろしく。」
「篠田君に瀬名君ね、こちらこそよろしくお願いします。」
そう言って、彼女はまたふわり、花が咲いたように笑った。
これが『俺』と『彼女』の初めての出逢いだった。
記憶の隅で泣いている『キミ』に『ボク』は…。
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