第2話 春、出逢い
入学してから数日が経った。
だんだんとこの学校にもクラスにも馴染んできた頃には、俺の頭の片隅から彼女の存在は消えていた。
キーンコーンカーンコーン
「中原ー!廊下走るなー!」
「はーい、すいませーん!」
「篠田ー!明日宿題忘れるなよー!」
「うげっ、はーい、気をつけまーす!」
帰りのホームルームが終わり、原田先生の声が響く中、帰る支度をしていると、篠田がやってきた。
「おーし、拓磨!鶴作るぞー。」
「はぁ?なんで?」
「ははーん?さてはお前、話聞いてなかったな~?」
「何のだよ?」
「だからぁ、佐々木さんに千羽鶴作るって話だよ!」
「そんな話してたか?てか鶴ってどう作るんだよ?」
「そりゃお前、…どう作るんだ?」
「わかんねーのかよ!」
教室の掃除の邪魔にならないよう、隅のほうの一つの机を二人で挟み、確かに先ほど回されてきた水色の折り紙を見つめてから、鶴を折り始めた。
携帯で折り方を調べ、四苦八苦しながらも、鶴がなんとか完成した頃に篠田は言った。
「そー言えば、鶴にメッセージ書いとけってさー。」
なんて書こうかなー、という篠田の声をバックに、俺はふーんと思いながらも歪な形の鶴にペンを走らせた。
早く元気になるといいですね。 瀬名拓磨
治療法も治療薬もないのだから、治る訳がないとは思っていた。だが、大して知りもしない相手になんと書けばいいかわからなく、少し冷たいか?と思いながらもさらっと書き上げ、発案者の委員長に回そうとした。
「おっ前、冷てーなー。もっとなかったのかよ?」
「そー言うお前はなんて書いたんだよ?」
「そんなん、元気になってね!ってメッセージと、俺の名前に、好きな食べ物、好きな教科、好きな歌、好きな、」
「書きすぎなんだよ!アホか!てかよく入ったな!」
そんな漫才のような会話をしながら帰りの支度を済ませ、完成させた鶴を委員長に渡し、俺たちは帰路に着いた。
「こないだお前たちに作ってもらった千羽鶴が完成したみたいなんだが、誰か今度の休日、学校の便りと一緒に持っていってくれるやついないかー?先生が行くより、同じクラスのお前たちにもらったほうが多分、佐々木も喜ぶと思うんだが。」
そんなこと言ったって、面倒くさくて誰も行かないだろ、と内心思いながらも巻き込まれないよう目線を逸らした。
案の定、彼女と面識のあるやつなんてほとんどいないせいか、手を挙げる奴はいない。
ほら見ろ、そう思った瞬間、
「あ、はいはーい!俺、俺行きますよ!あと拓磨も!」
「はぁ?!」
あいつ!何言っちゃってんだよ!
「おーそうか、なら篠田と瀬名、頼むなー」
「え、いや俺は、」
「はーい!わかりましたー!」
まじでふざけるな!俺を巻き込みやがった!ぜってぇ許さねー!
真っ白で清潔な、どこか生活感のない空間。消毒の独特な匂い、静かな空気、
生気の感じられない、『ボク』が昔から大嫌いな場所。
コンコン
「はい…」
「失礼します。」
ガラリ
「…あら、どちら様ですか?」
「…ぁ、…」
風が吹き、『キミ』の黒髪がフワリと天使の羽のように舞った。
その瞬間、コトリ、落ちる音がした。
記憶の隅にいる『キミ』は、まだ泣いている。
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