第1話 春、遠くで『キミ』の声がする
坂道の両脇に桜の花が咲いた木が立ち並んでいた。
周りには、どこかまだ幼さの残る顔に、新品で少し大きめのブレザーを着て、なんだか落ち着きのない生徒で溢れかえっている。
それを横目に、桜並木を抜けると真新しい建物が目にはいる。白と少し濃いめのクリーム色で統一された、大きな校舎。
この春から『俺』が通う高校だ。
「でっけーな。てか、本当に学校かよこれ。」
「それなー。それより拓磨ー、お前よくここ受かったよなぁ、馬鹿なのに!」
「うるっせーな!俺は馬鹿じゃねぇよ!それ言ったらおめぇもだろうが!」
ぽつり、大きな外観に思わずそうこぼすと、幼い頃からの親友で幼馴染の篠田が馬鹿にしながら話しかけてきた。
俺はそれに思わずむかついてしまい、若干、言葉がきつくなりながらも同じように返事をし、俺達は校舎の中へと足を踏み出した。
長い入学式が終わり、各々の教室へと移動をする。高校最初のホームルームの終わり際に、生徒指導部主任で、少し強面の担任の原田先生が通る声で言った。
「あー、それから、今日来ていない佐々木葵だが、中学の頃から深刻な病気を患い、長らく病院に入院しているとのことだ。一日でも早く退院して、君たちと楽しく学校生活がおくれるといいな。」
視線を教室の隅の席に送る。そこは空席であった。
この学校は県外からの生徒も来る、わりと大きな学校だった。クラスも一学年8クラス。それでもやはり同じ市内の中学から来るやつが大半である。にもかかわらず、自分たちと同じ中学だったはずの佐々木葵を知っている生徒は少ない。
「なぁ、佐々木って誰だっけ。」
「てかそんな子いた?」
「ほらあれだろ、中一の八月くらいから来なくなった、同じクラスだったやつ。」
「あー、確かにいたような?」
「てか病気って?」
「さぁ、なんか不治の病だって。」
「雪滴病って言ってなかったっけ?」
クラスの奴らが少し噂でざわつき出したが、大した目ぼしい話もなく、それもすぐにおさまった。
雪滴病。通称スノードロップ病。雪の雫が滴下するかのように、だんだんと緩やかに四肢が冷え、動かなくなり、静かに永遠の眠りにつく。あまりにも静かに息を引き取るので、誰にも気づかれずに亡くなる人もいるため、哀しい、孤独な病気とも言われる。
原因は不明。治療法も治療薬もない。まさに不治の病。
ある日突然発症するのだそうだ。成長するに連れて病気も進行する。治療法がないから基本的に完治もしない。完治もしないから一生を病院で過ごすことになる。
雪滴病、か。それならこれから先、学校に復帰は難しいかもな。
そう思った俺は、すぐにその話を忘れるようにした。
「拓磨ー、帰るぞー。」
「おう。ちょっと待って。すぐ行く。」
「なあ、校門のとこで写真撮らね?記念に!」
「高校生にもなって撮るかよ、恥ずかしい。」
「えー、いいじゃん!撮ろうぜー!」
「拓磨、記念に一枚くらい、いいんじゃないか?」
「父さん、…わかったよ。」
「やったー!母さん!写真撮ってー!」
「はいはい、まったくもう、あんたって子は。ごめんね、拓磨君。これからもうちの子と仲良くしてあげてちょうだい?」
「はい、もちろん。」
「ふふっ、ありがとう。」
校舎から出て、校門前に立つと篠田が俺の肩を抱きピースをする。
「じゃあ撮るぞー。」
篠田の親父さんがカメラをセットし、声をかけた。
ピッピッピッピッ
ぶわっ、一瞬、強い風が吹いた。
パシャリ
それは、空が青く澄み渡る程、雲一つ無い春の日だった。
記憶の隅に、放課後の教室で、揺らめくカーテンに包まれながら泣いている『キミ』を思い出した。
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