公園に行こう!
@ramia294
第1話
三人乗りのスキーリフトの右端は、杉の枝に、フワリと積もった雪までストックが届く距離です。
ストックで枝をはじくと、雪が粉になって舞い上がり、光の粒をキラキラと撒き散らします。
僕らの冬は、スキー場と共にあります。
僕たちのスキーは、華麗に滑るものでは、ありません。
ゲレンデを転げまわる雪遊び。
もちろん、わざとでは、ありません。
滑る技術がないもので、転んでいるだけの僕たちです。
『上級コース』の看板も僕たちには、ちょっとスリルの雪遊び。
楽しく、転げ回ります。
二週間に一度、友人のクルマで近くのスキー場へ出かける事が精一杯でしたが、それでも冬を待ちました。
今シーズン、すでに数回訪れた、おなじみのスキー場。
三人共に無事にリフトから離脱、人の少ない場所で、足元を整えました。
僕たちは、ひとつの色しかない下り坂を気ままに滑り出しました。
同じコースを二度滑ると、ゲレンデ入り口食堂に集合。
野沢菜とビールの休憩タイム。
爽やかな(?)汗が、蒸発して、やがてこの山に降り積もる次の冬の雪へと変わります。
来シーズンの雪のために、水分補給。
友人たちは、先に滑って行きました。
僕は、突然転びました。
誰かに声をかけられたからです。
何でもないところで転んでいる僕をスキーヤーたちは、上手く避けていきます。
先ほど声をかけてきた相手は、誰でしょう?
「気のせい?」
立ち上がった僕は、軽く雪を払い、ストックを握ります。
視線を感じ、少し暗い樹の下に目を凝らします。
雲が切れて、弱い冬の光が、樹の下の小さな暗闇を追い払いました。
大きな動物が佇んでいます。
『シカ?いや、あれはカモシカだな』
生きている野生のカモシカは、白い雪の中で、青く輝いています。
「こんにちは、僕は、カモシカです」
カモシカは、モゴモゴと口元を動かしました。
「突然カモシカに話しかけられて、戸惑いもあるでしょうが、あなたの住む街には、鹿煎餅という類い希なる美味があるそうですね」
確かに僕たちの住む街にある公園には、小麦と
「いえね、あのリフトであなたたち三人が話しをされているところを耳にしまして、こうして声をかけさせてもらいました」
「驚いたな。カモシカが話せるなんて。しかも日本語」
「たいていの動物は、話せますよ。話す事が出来るのは自分たちだけと考えているのは、人間くらいです」
カモシカは、鼻をヒクヒクさせました。
「実は、あなたに、お願いしたい事が、ありまして。お話を聞いていただけますか?」
僕は、ゲレンデの端ギリギリまで、カモシカに近付き、座り込みました。柔らかく埋まっていく腰が、雪の冷たさを伝えてきます。
カモシカの毛皮が、ピクピク動いています。
「鹿煎餅こそ天下の美味。友達のシカから聞いております。ぜひとも、味わってみたいのです」
たしかに、カモシカにも鹿煎餅は、美味しい物かもしれません。
「分かった。今度ここに来るとき、持って来てあげる」
「いいえ、シカさんが言うには、鹿煎餅をいただける公園は、この世の天国。ぜひとも、あなたの街へ行きたいと思っています。ただ」
カモシカは、僕からいったん視線を外して、上目遣いにチラリと見ました。
「何と言っても地理不案内ですので、誰かにガイドしてもらいたいのです」
つまり、カモシカは、僕に公園まで案内しろと言っているようです。
「僕が、案内してあげるよ」
カモシカは、唇を上げ、歯を見せて、口を歪めました。よほど嬉しかったのでしょう
「しかし、どうやって来るつもりだい?僕たちのクルマに君を乗せるスペースは無いよ。歩いて来るには、少し遠いよ」
「はい。それには、心当たりがございます」
「では、いつ頃来るの?」
後に、心当たりというものが、競走馬を運ぶ豪華トラックだったことには、驚かされました。
「はい。ですからあなたの携帯番号を教えていただきたいのですが…。スマホ、持ってらっしゃいますか?」
「持ってますよ。持っているけど、どうやってかけてくるつもり。カモシカ界にもスマホは、普及しているのか?」
カモシカにスマホ?
ドコモ?シカモ?
ギガ割?毛が割?
「カモシカ界に、スマホは普及していませんが、スキー場付近のカモシカは、たいてい持っています。リフトの下には、二週間にひとつやふたつは、必ず落ちています。私も五つ持っていますよ」
とりあえず、番号を交換して、その場は、別れました。
野沢菜ビールタイムに、この話を友人にしてみました。
「お前、酔っぱらってる?」
まだ、飲んでもいないのに…。
(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)
桜の季節がユラユラと川面を流れて行き、雑草と闘う季節がやって来ました。
『あのカモシカ君、煎餅も良いが、庭の雑草を食べてくれないかな』
勝手な想像をしているとメールが来ました。
『明日、早朝六時。針テラスに到着予定』
メールをどうやって打ったのか、気になりましたが、とにかく、本当にやって来ました。
針テラスは、巨大な道の駅です。
豪華トラックから僕の軽ワゴンに乗り換え、家に到着しました。
公園に送るのは、人の少ない明日の早朝にして、今日は、我が家に泊める事にしました。
長旅で、お腹が、空いたのでしょう。庭の雑草を見て、ヨダレを垂らしました。
「食べてもいいよ」
一晩で、我が家の庭の草は無くなりました。
早朝の公園をクルマでゆっくり案内します。
高畑町から神社へ侵入すると巨木に感心していたカモシカ君は、たちまち鹿たちの人気者になりました。
「心配だから、とりあえずこの場所に、毎朝この時間に来るよ。帰りたくなったら言ってくれ」
しかし、そんな心配は、必要ありませんでした。
その日の午後、シカの神様降臨というニュースが、全国を駆け巡りました。
テレビの画面には、あのカモシカ君が、大きく映され、鹿煎餅を持った小学生の男の子がインタビューされていました。
「他のシカと違ったから…。ずっと見ていると、『こんにちは神シカです』って喋ったんだ」
どうやら、子供相手と油断して、ついお喋りしてしまったらしいです。
あんなに食べたがっていた鹿煎餅の味に舞い上がってしまったのでしょうか。
何故か、お寺のお坊さんが、現れて、
「この世を救ってくれるため、神様自らが、降臨されたのでしょう。信じるものは、救われるのです」
そうインタビューに答えていました。
どう見ても、カミサマじゃなくて、カモシカでしょ。
だいたいあなたは、お寺のお坊さん。
大仏様も困り顔です。
カモシカ君は、戸惑った目をしています。
金銀の綱をかけられ、神社の建屋に、カモシカ君は連れて行かれました。
「どうなっているんだ」
僕は、市役所の友人に電話をしました。
「どう見たってカモシカだろ。動物学者からクレーム来るぞ」
「もう来ている。市長から握りつぶせと特命が末端まで行っている。あれが、スキー場で言っていたカモシカか?」
市役所に勤めている佐伯君は、老舗の鹿煎餅屋の田代君と共にスキー仲間です。
佐伯君が、言うには、かつてのインバウンド景気が永遠に続くと想定して、投入した金額が回収出来なくなり、何でもいいから世間の目を引く物を観光の目玉にでっち上げ、せめて国内からの観光客だけでも呼び込もうとしているとの事です。
「それより、あのカモシカやばいぞ。田代のところへ、大量の鹿煎餅の注文が急遽来たらしい。半年間、毎月納めることは、既に決まっているらしい。手放さないつもりだ」
その夜、僕たちは集まった。
「カモシカ君救出作戦だ」
僕は、高らかに宣言した。
「たいそうじゃないか。だいたいそのカモシカは、自らの意志で来て、しかも喰いたかった鹿煎餅食べ放題状態だぜ。それを奪って良いのか?」
田代君は、そう言いました。
「カモシカ君の自由は、守られなければいけない。彼は、スキー場の守護神。我らスキーヤーの守り神。絶対にあの山に帰さなければならない。正義は、我らスキーヤーにある」
お酒に脳を浸食された僕の大きな声に、居酒屋さんの大将は、迷惑顔です。
「でも、うちは既に料金貰ってしまってるしな」
田代君は、あからさまに迷惑そうです。しかし、彼もスキーヤーです。
次の日、僕たちは、鹿煎餅の配達に紛れて神社に侵入しました。
カモシカ君が、閉じこめられている建屋はニュースに流れていたので、すぐに見つかりました。
音も立てずに侵入すると、カモシカ君が、ノンビリと、大きな鉢に山盛りの鹿煎餅を食べていました。
その隣では、県知事と市長が、言い争っていました。
「知事、いくらなんでもこれは、まずいと思います。この動物がカモシカである事は、誰の目にも明らかです」
「大丈夫だ。一般市民なんてみんなアホだ。鹿とカモシカの区別なんてつかない」
区別が、つかないと思えるあなたが、アホだと思います。
「シカの神様と言い出したのは、例の寺のものらしい。坊主のくせに、神様とは。何か企んでいるのでは?」
隣にいた袴姿の人が、あきれ顔で言いました。前回の知事選挙で、そのお寺は、知事のライバルを応援していました。
「関係無い。世間が騒いで、注目を集めてくれれば良い」
知事さんは、ある意味、この県の事を考えているようです。しかし、自分の事だけしか考えなかったり、嘘はよくないと思います。
ここで、僕たちが躍り出て、知事さんや市長さんをやっつけるというのは、さすがに大人として、やってはいけないと思ったので、彼らがいなくなるのを待ちました。
「カモシカ君、カモシカ君。大丈夫かい?」
「あれっ!来てくれたの?ここは、どこ?何故か鹿煎餅食べ放題だし、快適だし、でもちょっと喉が渇いたよ」
「それは、良くない。鹿煎餅は、あくまでもおやつだ。水を飲み、草を食べないと、身体に悪い。すぐにここを出よう」
「鹿煎餅が…」
カモシカ君は、未練タラタラ。
「大丈夫。このスキー仲間の田代は、鹿煎餅屋さんだ。焼きたてをいつも食べる事が出来るぞ」
まだ、不満が、顔に残る田代君を紹介しました。
カモシカ君が、閉じ込められた檻の鍵は、何ともしようがありませんが、檻は、木製でした。僕たちは、ノコギリを用意していました。
建屋から出ると、市長さんと鉢合わせをしました。
忘れ物をして、引き返して来たようです。
「この街の救世主をどうするつもりだ」
市長が、手を広げて、進路をふさぎます。
「彼は、カモシカです。神様では、ありません。そんな嘘が世間に通じるわけ無いでしょう」
「君は、この街の経済が危機である事を、知っているのかね」
「知っています。それと嘘が許されるという事は、別でしょう」
この街の経済状態は、佐伯君から教えられていました。しかし、それはカモシカ君には関係ありません。
この市長の新型コロナ対応は、市民なら見ています。まともな人です。話しをする価値のあるひとりです。
説得しようとしました。
その時、
「僕は、ただのカモシカです。鹿煎餅が食べたくて、この街に来ただけです」
カモシカ君が急に話し出しました。
驚いた市長が、腰を抜かしました。
「カモシカに限らず、動物はみんな話せるそうです」
カモシカ君に教えられた事を市長に伝えました。
その時、僕は、思いつきました。
その事を話すと、市長は自力で立ち上がりました。
大量の鹿煎餅をお土産に、市長さんがチャーターしてくれた豪華なバスで、カモシカ君と僕たちは、スキー場に到着。
カモシカ君のお友達のクマさんがお出迎えしてくれました。
「本当にハチミツ食べ放題なの?」
お土産の鹿煎餅をパリパリ食べながら、クマさんは上目遣い。
「大丈夫。もう話は、ついているよ。これがサンプル」
ハチミツで有名な会社は、街の近くに。
森の友達が、僕たちの街に、やって来ました。
クマさんに、リスさん、ウサギさんにタヌキさん。もちろんカモシカ君に、キツネさん。
街の公園。
新しく森の友達が、加わりました。
森の動物たちと触れ合えます。
優しく話しかけて下さい。
そっと撫でて下さい。
あなたの言葉で、動物たちに語りかけて下さい。
あなたの優しさは、動物たちに伝わります。
森の動物たちとゆっくりお話が出来る、世界にひとつだけの公園です。
みんなで、一緒に楽しい時間を過ごしましょう。
終わり
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