月に知られた夜

敷島もも

第1話

月に知られた夜

敷島もも

『まって優也、そっちは行っちゃダメ』

突風が吹き荒れて木々がなぎ倒されていくだんだん視界が狭くなり、後ろから琴己の声が聞こえる・・・

また、この夢か・・・

夢と現実の境界線を彷徨う意識の表面で夢の絵図がマーブリングしてやっと現実世界へ、戻って瞳を開いた。

視界へ映ったのは、校医の岡崎寛巳の顔だった。そう、優也は保健室で、静養していた。

「気分はどうだい?」

岡崎が言った。それと同時に額に置かれている手に気づくと、岡崎は、ハッとして手を離し、カルテ棚へ向かっていって優也に背を向けて、カルテの整理を始めた。優也はそのぎこちない背中に向かって、尋ねた。

「俺、何か寝言言ってませんでしたか?」

「いや・・・」

岡崎は短く答えた。

優也はゆっくり体を起こすと「失礼します、俺、授業いけそうなんで」

そう言った。岡崎は、振り向き眼鏡の奥の怜悧な瞳で優也を眺め

「ああ、行ってきなさい」

そう言った。「失礼しました」そう言って一礼して、優也は保健室を後にした。

3年2組の教室へ戻り、自分の席に着くと

「大丈夫?優也」

隣の席の朝倉琴己が優也に声をかけた。

そして、続けた。

「数学の時間、気分悪そうだったからずっと気になってたんだ」

その言葉にはっとして、優也は思わず教科書に視線を移した・・・

そう・・・

数学の時間、頭痛に襲われて目の前のグラフが歪んだ誰も気づきはしなかった。

でも琴己は気づいていた。

優也は、ほころびそうになる顔を隠し教科書の隅に、無意味な落書きをした。

4時間目を告げる思い鐘の音色が校内に響き渡り2組の教室に4時間目の英語の鈴村先生

が入ってきた。そして、授業が始まった・・・

ここ桜百合男子高校は、県内でも名の知れた進学校だ。藤本優也は、朝倉琴己と何の縁か3年間同じクラスだった。優也は琴己と親友だったというより親友を演じていた。優也は誰にも打ち明ける事のできない秘密を心の底に隠していた。琴己への想い。それは淡い恋心同性に対して・・・。誰にも知られてはいけない。そう思うと眩暈すらしそうな気持を隠しつつ、大親友を演じていた。


放課後・・・

今日もいつもと同じ家路を優也と琴己は歩いていた。駅前のファーストフードで買ったシェークを、飲みながら。

駅前の商店街は、この時間学生で入り乱れていた。

「ねえ、優也、zゼミナールの夏期講習予約した?」

琴己は、唇についたバニラシェークをなめながらそう言って、黒目がちな大きな瞳で優也の顔を見上げた・・・

「いや」

優也は短く答えた。

「じゃあ僕もやめちゃおっかな」

「え?」

優也は琴己に向き直ってそう呟いた

「だって優也がいないなら、つまらないもん」

そう言って、琴己は、優也の前を歩きだした。

優也は、歩調を早め、頬を紅色に染め琴己と並んで歩いた。

『僕もやめちゃおっかな』

『優也がいないなら、つまらないもん』

頭の中で、先ほど琴己が零した言葉を反芻してみた。

深い意味などないと、分かっているが、胸の中が踊りだしてしまう。

優也は、曖昧な笑みを浮かべることでその心の内を隠した。

「それより優也、今日何の日か知ってる?」

「何の日だっけ?」

「僕の誕生日じゃないか」

そう言って琴己は優也の腕に自分の腕を絡ませた。そして、

「いこ!」

「え・・・?」

琴己は優也の腕を引っ張った・・・

二人が乗ったショッピングモールのガラス張りのエレベーターが上昇し始め宝石を散りばめたようなきらびやかな街がしだいにガラスの向こうへ広がっていった。

琴己の瞳にネオンが映っていた・・・

優也はそっと琴己の髪にキスをした・・・

「優也?」

「誕生日プレゼント、あの、友情のさ」

優也がそう言うと、

「友情のね」

そう言って琴己は、ニッコリして視線をガラスの向こうに移した。

ーピンポンー

13階でドアが開き二人は降りた。

「こっち、こっち」

「え・・・?」

「早く、早く」

二人は、明るく雑踏でにぎやうモールの中を走った・・・

そして、可愛い雑貨屋の前で足を止めた。

「ここ?」

「うん、入ろ」

二人は中に入り、優也は珍しそうに品々を眺めた・・・

外国製のお香から、アクセサリー、天然石、様々な品物が並んでいた。

そして、

「これ買って」

そう言って琴己がkのイニシャルの入ったペンダントを差し出した。

「ああ」

琴己はフッと笑って優也を見上げて言った。

「何もただなんてケチなこと言わないさ、これ僕からプレゼントするから」

そう言ってもう一つのペンダントを差し出した。

それにはyというイニシャルが入っていた。

「それじゃ、誕生日プレゼントにならないじゃん」

「いいの、僕がそうしたいんだから、さいこうのプレゼントじゃないか優也」

(これじゃまるで恋人同士みたいじゃないか)

優也は心の中で呟いて悲しく笑った・・・

二人は、ショッピングモールを出て家路をあるいた。

4月だがまだひんやりした夜の空気は、優也の火照った体には心地よかった。

琴己がくちを開いた。

「今日僕の家で誕生日パーティーやるんだ」 

「へぇー。誰が来るの?」

「内輪だけでさ」

「ふーん」

「優也も来いよ」

「え・・・?」

「ママの特製の生クリームケーキもあるんだよ?」

母が週末までパトロンの戸頃から帰ってこない自宅マンションへ戻るより琴己の誕生日パーティーで家庭の温もりに触れてみようかと優也は返事を返した。

「行ってみようかな」

「OK」

そう言って、琴己は愛らしいウインクをしてみせた。



             *


・・・琴己宅・・・


「ただいま」

「おかえり琴己、あら?」

美しい顔立ちの琴己の母親が、琴己について玄関に入った優也に視線を落とした。

琴己が口をひらいた。

「僕の親友、ほらよく話してる、こちら藤本優也君」

「はじめまして藤本優也です」

そう言って優也が一礼した。

「はじめまして、いつも琴己がお世話になっています」

「いえ」


・・・?


優也は琴己の後ろで佇んでいる美しい少女に目をやった。

彼女は、嫉妬心を隠したような悲しみをたたえたような青い瞳で優也を見

つめていた。

優也は、その彼女の瞳を見返した・・・

「由美、優也に挨拶は?」

琴己の言葉に、由美と呼ばれたその少女はキュッと唇を噛みしめて部屋の奥へ駆けていった。琴己が、優也の耳元で囁いた。

「彼女、由美子アイシスって言うんだ。フランス人のお父さんで、幼いころから人見知りが激しくて、僕がそばにいてあげないと・・・」

「好きなのか?彼女のこと」

優也が平常を装ってそう言うと

「て言うか幼馴染っていうか・・・」

極力冷静さを保って笑みを作ると琴己の言葉を遮るように、優也が言った。

「じゃあ失礼するよ。邪魔はしないさ」

「邪魔だなんて・・・」

「いや」

「おめでとうございます。素敵な夜を」

そう言って琴己の母に一礼して優也はその場をあとにした。

(聞きたくなんかない聞きたくなんか)

『素敵な夜を』

先ほど告げた言葉が脳裏をかすめた・・・

由美子アイシス。フランス人の血を分けた美しい娘。彼女の美貌。哀愁をたたえた瞳。一つ一つ全てに嫉妬を覚えた。

『好きなのか?彼女のこと』

琴己は彼女に、どんないたわりの言葉をかけるのだろうか。

やめてしまえ!考えるのをよそうとすればするほど無意味でしかない嫉妬心が胸の中に泡のようにムクムク込み上がる。

優也は、拳を握り締め、唇をかみしめ、早足でひたすら夜道を歩いた・・・


                *


自宅マンションの自室に辿り着きフローリングの床の上に仰向けに寝転んだ。

ブラース越しにひしひし冷たさが伝わってくる・・・

孤独感がピークに達した時、優也は、スーツを着て夜の街へ飛び出した。


・・・チャリン チャリン・・・


優也は気まぐれに立ち寄るバーの扉を開いてカウンターの席についた。

「ソルティードッグ」

「僕も同じものを」

その声にハッとして優也が振り返ると、視線の先には岡崎怜治の姿があった。

「意外だな優等生の君がバーなんかに」

優也は押し黙ったまま岡崎の眼鏡のグラス越しの怜悧な瞳を見返した。

「大丈夫さ。僕は教師じゃないからね、生徒指導にチクッたりしないさ」

「・・・」

「今頃・・・君の愛しの琴己くんはベッドでグッスリだろうに・・・」

・・・!

「誰にも言わないさ。二人の秘密に乾杯」

そう言って岡崎は自分のグラスを優也のグラスに触れさせた。お互い黙って少し飲んでから、岡崎が口を開いた。

「どうだい?僕の部屋で飲み直さないか?」

「え・・・?」


                 *


二人はバーを出て岡崎のマンションへ向かった・・・

14階でマンションのエレベーターが止まった。

二人はエレベーターから降りワインレッドのローカを歩き、1402号室の扉の鍵が岡崎の手によって開けられた。

・・・カッチャン・・・

と、鍵の音が空しく鳴り響いて二人は中へと入った・・・

「お邪魔します・・・」

優也が無表情でそう呟くと、

「適当な所で座ってて」

そう言って岡崎はカウンターだけに明かりを灯して中にはいって言った。

「バーボンにするワインのほうがいいかな」

そう言ってワイングラスを二つトレイに乗せて優也が座るソファーの向かい側に座った。

ワインを注ぐと・・・

「やっぱり俺、失礼します」

そう言って優也がたち上がった。

岡崎は優也の手首を強くひっぱった。

優也は、バランスを崩し岡崎の上に倒れ込んだ・・・

優也が岡崎の怜悧な瞳を見返すと、意外にもをの瞳から一粒涙がこぼれた・・・

岡崎は見られたくないものを見られたような顔をして、慌てて立ち上がり、

「もう帰りなさい」

そう言って背を向けた・・・

岡崎の涙を見たとたん、由美子アイシスの存在を知った時の悲しみが優也の脳裏にフラッシュバックした。

叶わぬ恋を抱く岡崎と自分を重ねた・・・

「帰らないよ先生・・・」

そう言って優也は岡崎の背中を抱いた。

「先生は僕の鏡だから・・・」

岡崎はハッと振り返った

優也はそっと岡崎に口づけた。

岡崎はその瞬間、火が付いたように、優也に噛みつくようにキスをし、ベッドに押したおした・・・

・・・シュッ・・・

とネクタイを引き抜く音がした。

(好きなのか、彼女のこと・・・琴己)

今閉じた優也の目の端から一粒涙が零れた。

岡崎は優也のブラウスを乱暴にはだけ、白くて薄い胸板に、口づけて、跡を残した。

ズボンと下着を下げられたが優也は、抵抗もせず、身を任せていた。

月光で青白く縁どられる双丘の間の蕾を、乱暴につきあげられ、乾いた痛みが走った。

優也は零れそうになる悲鳴を噛み殺し下唇を強く噛みしめた。

岡崎に抱かれるままに、瞳をとじた。

琴己・・・

行為が終わった後、岡崎が言った。

「すまない。同情してくれた君を・・・」

「好きだよ先生」

「嘘は、いい」

そう言って岡崎はシャワールームへ向かった・・・




朝方岡崎のマンションから、自宅に帰った。

すぐにシャワールームに向かい、石鹸を何度も強く体にこすりつけて、身を清めた。


・・・午前8時50分

優也は、校庭のグランドを早足で歩いた。

「おはよう、優也」

そう言って、琴己が優也の腕を捕まえた。。


その時・・・

優也は咄嗟にその手を払いのけた・・・

「・・・優也?」

琴己の不思議そうな顔を眺めてそう言うと、いつものように二人並んで歩きだした。

             


一時間目が終わりを告げると、琴己がお腹に手を当てて言った・・・

「優也、何だかお腹の調子が悪いんだ。保健室に付いて行ってくれる?」

「・・・え?」

「だめ?」

「いや、いいけど」

その瞬間、昨夜岡崎の怜悧な瞳から零れた涙がよみがえった。そして、その夜犯した罪も・・・

そして全てが悪しき方向に向かう気がしてならなかった。

・・・コン コン・・・

琴己が保健室の扉をノックした。

「どうぞ」

中から岡崎の声がした。

二人が中にはいると、岡崎が優也を見つめるとカツカツと歩いてきて、琴己を抱き寄せた。

「先生?」

「琴己君は、一人で来られないのかな?」

そう言って岡崎は琴己の髪に顔をうずめてから優也の顔に視線を向けて唇をゆがめた。

その表情はどこか悪意を秘めていた。

その時優也は、なぜか岡崎に欺かれたような気がした。

「じゃあ、こっちおいで」

そう言って岡崎はカーテンの向こうのベッドへ琴己を連れて行った。

カーテン越しに声がした。

「ここ痛いかい?」

優也は、琴己の白いお腹に岡崎が触れるのを、おもむろに想像してしまった。

まだ自分が触れたことのない琴己の肌に・・・

昨夜の行為を思い出し、琴己を汚された気がした。

(ひどいじゃないか!)

優也は保健室を出てローカを走った・・・

 

          *


その夜、優也はひとり街を彷徨っていた。

その時・・・

「あれ?優也?」

その声に振り返ると、琴己の姿があった。その隣には、バースデーパーティーで会った由美子アイシスの姿が・・・

「こんばんは」

優也がそう言うと琴己が言った。

「夕食まだなんでしょ?」

「え・・・?ああ・・・まあ・・・」

「僕達もこれかたなんだ。優也も一緒に来いよ、僕の奢りだから」

「僕は・・・」

「邪魔しないなんて言うなよ?ほら食事も人数多い方が楽しいし。ね?」

そう言って琴己はいたずらっぽくウインクした。

琴己達と優也は、パレグランピアホテルのエレベーターに乗った。

三人は無言のままだった。

9階でエレベーターを降りレストランへ足を運んだ。

煌びやかな夜景を見渡せる窓際の席に琴己達は座った。その向かい側に優也が座った。

「ちょっとお手洗い行ってくる」

琴己が由美子アイシスにそう言うと、彼女は見守るような眼差しで琴己にうなずいた。

琴己が姿を消してから、彼女が口を開いた。

「琴己と私はね、幼馴染なの。でも今はそうね、いいなずけのようなものなの」

「そうなんだ」

優也は彼女の意外にも流暢な日本語にやや戸惑いを覚えながら視線を夜景に移した。するとすると彼女が優也の顔を見返して意外な言葉を口にした。

「琴己を奪わないで。これは忠告よ」

優也はテーブルの上で指を組んで言った。

「困ったな、レディーの君から奪うなって言われても」

穏やかにそう返したが、テーブルの下の足はがくがく震えるようだった・・・

「ただいま」

そう言って琴己が戻ってきた。

そして、

「由美、優也とどんな話?」

「琴己をめぐる二人の愛の話よ」

・・・!

「え?」

琴己が優也の顔を見つめた。

すると

「冗談よ」

由美子アイシスがそう言った。

優也は視線を泳がせ、曖昧な笑みを浮かべた。


            *


午後9時2分

優也は自宅マンションに辿り着いた。

床に寝転んだ。由美子アイシスの言葉を思い出した。

『琴己を奪わないで。これは忠告よ』

優也は無意味に笑い声を上げた・・・

そして気が付くと涙が零れていた・・・


         *


そして向かったのは岡崎のマンションだった。

「また来ると思っていたよ。どうぞ」

優也が部屋の中に入ると岡崎はライトを落とした・・・

「せんせ?」

岡崎は優也の腰を抱き寄せた。そして言った・・・

「そう言うことだろ?」

優也は下唇を噛みしめて顔を背けた。

岡崎は優也の頬にそっと手を当てて言った・・・

「あの時は悪かったね、乱暴にしてしまって、でも大丈夫、今日は優しく満たしてあげる」

そう言って優也の唇を自らの唇で塞いだ。

ゆうっくりベッドに岡崎は優也を横たえた。

「先生、僕は・・・」

優也が言いかけると

「分かってる、君の気持が僕にないことも」

岡崎がそう言った。優也が呟いた。

「僕はきっと地獄におちる」

「その時は僕も一緒さ」

二人は激しいキスをした。

岡崎は優也のボタンをはだけ、優也の白く薄い胸を露わにした。

「優也綺麗だ・・・」

岡崎は優也の胸元に口づけた。

優也が呟いた・・・

「月が見ています」

「月・・・?」

カーテンの間から覗く夜空に月が浮かんでいた。

優也は月が怖かった。幼いころ夜道母親に手を引かれて歩いているとき、後ろに赤い月が浮かんでいた。それが、何だか追いかけてくるようで、逃げるように歩調を早めた事を思い出した。優也は月から視線を背けた。

岡崎が優也のズボンのチャックを下げる音がした。

優也は瞳を閉じて下唇を噛んだ。

容赦なく下着を脱がされ、露わになった欲望をつかまれ、優也はベッドサイドの花瓶に挿してある白い百合の花を握り潰した・・

「あ・・・あ・・・」

欲望を舌と唇で愛撫され、優也は声を漏らした。

愛のない快楽は心に深く傷をつけた。

岡崎もきっとそうなのだろう。

優也は自らの悲しみと岡崎への同情を交えた涙が頬をつたった。

今ここにある怜悧で美しい男をもし心から愛せたら・・・無理で悲しい夢が心をかすめた。

岡崎は優也の白い双丘の間の蕾を押し広げ、己の欲望を押し入れた。

「あ・・・う・・・」

優也は声を漏らし暗がりの中で白い顔を歪めた。

閉じた瞳の奥の興じる闇の向こうに優也は狂い咲く桜を見た。

それはまるで、いくら岡崎に抱かれようと決して消えはしない琴己への想いのようだった。


                *


目を覚ますと優也はシーツの波間に岡崎を探してみたが、岡崎はすでに出勤していた。優也は身を起こしベッドサイドにある、昨晩自分が握り潰した白百合が背徳を誇示するかのようにしな垂れていた。優也はそれを見て不快に思い、視線を背けてベッドから離れた・・・

そして、ふとデスクの上に置いてある書置きのレポート用紙をひらいた。

『仕事に行ってくる、部屋の中のものは自由に使ってくれ』

「・・・」

そしてその横に置いてある詩集のしおりのはさんであるページを開いた。

『白百合よ狂気という名の愛で 貴方は私を狂わせた だからこの手で手折ったよ 白百合よ』

「白百合よ・・・」

そう呟いて優也は床に膝まづき、一粒涙を零した・・・


               *


優也は鍵をマンションの郵便受けに入れ、自宅に戻りシャワーを浴びた。歯を磨き学蘭に着替え登校した。着いたのは三時間目の数学の時間だった。

教室の扉を開けた。

― ガラガラ ―

皆の視線が優也に集中した・・・

「おはようございまず」

優也は数学の笠井教諭にそう言って会釈すると、遅刻届と生徒手帳を差し出した。

「はい席につきなさい」

笠井教諭がそう言うと、ほかの生徒もそれぞれ、ノートや黒板に視線を移した。

琴己が心配そうに優也を目で追った。

が、優也は気づかないふりをして、席に着き教科書を開いた。


                *


今日は午前授業の日で四時間目の古典が終わると皆、帰り支度を始めた。

「優也・・・」

「え?」

優也は琴己に向き直った。

「今日は僕とデートに付き合ってよね」

そう言ってウインクした。

「ああ・・・」

「だって久しぶりじゃないか優也、最近付き合い悪いから」

そう言って琴己は上目遣いでちらりと怒ったふりをして、ふざけて優也をみつめた。

付き合いが悪い・・・

そうかもしれない。

と優也は思った。岡崎と罪を重ねるたびにどことなく琴己を遠ざけていたかもしれない。

悲しみと寂しさが、ひんやりと水のように体に貼りついたような気がした。

「優也・・・?」

「ああ。デートをしよう」

 

                *

                 

 二人は駅前ショッピングモール内の喫茶店でチョコレートパフェ―を頼んだ。

「優也、この前ここの雑貨売り場で買った『y』のペンダントしてる?」

「あ、」

優也は学ランのポケットに、お守りのように入れてある、ペンダントに触れた・・・

「僕はちゃんと身に着けてるよ」

そう言って琴己は、学ランの下のブラウスの襟から、『М』のペンダントを見せてくれた。

なんだかそれだけなのに、泣き出したい気分に駆られた。

そして、

「あ、僕も」

そう言ってポケットからペンダントを、取り出した・・・

「親友だね僕たち」

「ああ、親友だな」


               *


その晩も、優也は岡崎のマンションへ向かった・・・

「お帰り、美しい白百合よ」

そう言って岡崎は、優也の頬に手を置いた・・・

「教えてください ・・・僕はどうしたら、罪から逃れられるのですか?」

岡崎は眼鏡のグラス越しの、怜悧な瞳で優也を見返して言った。

「逃れることは出来ないさ、そう、永遠にね。溺れることしか・・・とても悲しいことだよ、優也」

優也の冷たい唇を、岡崎は己の唇で塞いだ・・・

そして、優也の両手首を掴美からみ振り上げそのままベッドまで行って押し倒した・・・

優也は自分から学ランの上着を脱ぎ、ブラウスのボタンをはだけた。岡崎も自分の上着を脱ぎ棄てて、優也の唇を再び奪った・・・

二人は抱き合って、ベッドへ倒れ込んだ。

岡崎は、唇を首から這わせ、乳頭に口づけた。

「ああ・・・」

岡崎が吸い上げると、優也は声を漏らした。

優也のズボンのチャックを下げ、優也の欲望に触れると、そこはいきり立っていた・・・

先端に触れると透明な蜜が、溢れていた・・・

「優也・・・」

岡崎は囁くと、優也の耳を甘噛みした・・・

「や・・」

優也の欲望はビクンと脈を打った・・・

岡崎が優也の欲望を再び握ると、ビュクビュクとその先端から、白い蜜が噴出した。

岡崎はそれを、優也の秘部へ塗り込んだ。

淫らな水音が暗闇の中で鳴り響く・・・

「行くよ、優也・・・」

そう囁いて、岡崎は自分の欲望を優也の秘部へ、押し入れた・・・

「ひぃっ・・・」

優也が悲鳴を上げたが、構わず岡崎は腰を動かした。

そして二人は、同時に快楽の頂点で果てた。

その様子をカーテンの隙間から、月が見つめていた・・・




             *      

                 

優也が、朝目覚めると岡崎の手が額に置かれていた。

そして優也が言った・・・

「ずっと起きていてくれたんですか?」

「随分ロマンチックな言い方をするんだな」

そう言って岡崎はキッチンのカウンターに立った。

「学校・・・」

優也がそう呟くと、

「今日は創立記念日だろ?」

そう言って岡崎はコーヒーカップを手渡した。

「・・・夜明けのコーヒーなんて先生の方がロマンチックじゃないですか?」

そう言って優也は唇を歪めた・・・

「フッ。初めてだな」

「え?」

「「君が冗談をいうのは」

そう言って岡崎が笑うと、優也も微かに笑った。

「朝飯でも食いに行くか?」

「え・・・?」

岡崎はカーテンを開けて言った。

「うまいパスタの店知ってるんだ」

優也は黙って頷いた。



― チャリン チャリン―

「いらっしゃいませ」

優也は岡崎のあとをついてパスタレストランへ入った。

その時

・・・?

優也はある一点に視線を注ぎ、指先を震わせた・・・

(琴己・・・)

そこには、琴己の姿があった。

「どうした?」

「あ・・・」

岡崎は優也の視線の先を見つめた・・・

優也が振り返ると岡崎の眼鏡の奥の瞳は、何も映さない拒絶的な色を放っていた・・・

まるで、冷水を浴びせられるような気がした。

琴己が優也たちに気づいた。

「あれ?優也?岡崎先生も・・・」

岡崎は琴己のそばまで歩いて行って言った。

「やあ、琴己君、今日は優也君とデートなんだ」

優也は岡崎の言葉に過敏に反応し、立ち尽くしていた。

琴己がフォークを置いて、言った。

「ダブルヘッターだね優也?」

「え・・・?」

「昨日は僕とデート、今日は岡崎先生と」

岡崎は、琴己に尋ねた・・・

「昨日、優也君と一緒だったんだ」

「うん」

「そうだったのか」

そう言う岡崎の唇が歪むのを、優也は見逃さなかった・・・

食事を終え、岡崎のマンションへ戻った・・・

カチャンとの閉じる音がして・・・

「優也・・・」

「はい」

「今日は帰ってくれないか」

岡崎の言葉に、今日見た岡崎の、何も映さない瞳の色を思い出した。

そして岡崎の部屋を後とにした・・・


              *


あれから数日後、岡崎から携帯に電話があった・・・

「もしもし」

『優也か?僕だが』

「せんせ・・・」

『今日、夜11時保健室で待っている』

「あ・・・」

―プツッ―ツ―ツ―

―午後11時―

優也はガランとした夜の校舎の廊下を歩いていた。

―カチャっ―

保健室のドアを開いたが、明かりが灯っていない・・・

優也が足を進めると、後ろから乱暴に抱きしめられた・・・

(先生・・・)

「何で家に来ない?待っていたのに」

優也が振り返ると、岡崎が眼鏡のガラス越しの瞳で見返した。

岡崎は優也の唇を己の唇で塞いだ。

岡崎は、拒む優也を奪ってゆく・・・

その時―!

―カツ カツ カツ ―

廊下で足音が聞こえた・・・

「先生・・・誰か・・・誰か来ます」

岡崎はそれでも優也を放そうとしなかった。

そして部屋の明かりがつき・・・

―ガタン ― ゴトン―

豪快な音が夜の室内に鳴り響いた。

そちらを向くと・・・

「琴己・・・?」

琴己が、机の前で尻もちをついたまま、動揺の眼差しでこちらを眺めていて・・・

「琴己・・・」

優也が言おうとすると、琴己は逃げ出すかのように保健室を飛び出していった・・・

「ああ・・・・あぁ・・・」

優也は、訳も分からず、絶望の声を漏らししゃがみ込んだ・・・

岡崎はポケットから、琴己がつけているはずの”k”のペンダントを取り出して言った。

「この前、琴己君が保健室に来たとき、ポケットから滑り落ちたこれを拾った」

「あ・・・」

「必死に探していたから、君に関係あるものだと気づいた。見つかったと連絡したら、飛んできたってわけさ」

―シャリン―

岡崎はペンダントを優也の前に落とした・・・

「琴己君に返すなり好きにすればいい。ただし受け取ってくれればも話だが」

「・・・」

「さよなら、可哀想な百合の花」

そう言って、岡崎は部屋を出て行った・・・

優也はペンダントを握りしめ、ただ涙を零していた・・・


                *



翌朝、優也は一人で校庭を歩いていた。

琴己の姿を探したが・・・

見当たらなく・・・

教室の中に入ると、琴己が席について1時間目の英語の予習をしていた。

「琴己・・?」

声をかけたが・・・

(無視・・・)

琴己は聞こえない振りをして、ノートと向かい合っていて、その周囲には、目に見えないバリアのような物を感じた。

そう・・・決して優也を近寄せない・・・


                 *


放課後が訪れた・・・

「琴己・・・」

優也がそう言って、琴己の肩に手を置くと、

「触るなよ」

そう言って、琴己は優也の手を振り払い

―パチン―

と、カバンのボタンを留めて、教室を出て行った。

優也は、その場から動けずに一人佇んでいた・・・

気が付くと、騒めきも消え一人教室に残されていた。


                 *


それからというもの、休み時間、お弁当の時間、放課後、ずっと琴己から声をかけられる事はなくなった・・・


                 *


あれから二週間がった。

6時間目の体育は持久走だった。

グランドでウォーミングアップしている琴己を後ろから眺め、しばらくしてから、自分もウォーミングアップを始めた・・・

―ピーッ―

笛が鳴り、生徒一同が走り出した。

先頭は琴己だ・・・

優也は琴己の後をついて走った。

だが、しだいに距離が離れ・・・

(待ってくれ琴己・・・僕を置いていかないで)

走ってるうちに、意識は朦朧として、琴己の背中に幻を見ている様だった・・・

走り終わって、優也はしゃがみ込んだ。

その時―!

肩にふわっとタオルを掛けられた。

見上げると琴己だった。

「記録、残念だったね。でもナイスファイトでした」

そう言って敬礼する琴己の顔を、優也は泣き笑いの顔で見上げた。


               *


その夜、優也は琴己の部屋にいた。

「今日、お父さんとお母さん、結婚記念日で、3日間帰ってこないんだ」

そう言って、琴己はバルコニーの植木鉢に水をやっていた・・・

優也は、後ろから覗いて言った。

「これ、何ていう花?」

「シクラメンさ」

「シクラメン?」

「そう、こうやって夜、お水を上げると、シクシク泣いて悲しみを半分もっていってくれるんだって」

優也は訊いた・・・

「琴己は、悲しいことがあるのか?」

「そりゃあるさ、ここんとこ毎日お水やってるかな」

「・・・」

「でも、いいんだ。岡崎先生素敵だし、先生にだったら優也とられても仕方ないかなって思える」

「琴己・・・?」

優也が、唖然としてつぶやいた・・・

「いいんだ」

琴己が、そう言って水差しを置いてバルコニーのドアを閉めた。

「琴己・・・」

「え?」

「僕は、琴己に言わなければいけないことが、いや、言わなきゃ一生後悔するから、聞いてくれないか?」

「何?」

「オレ、琴己が・・・琴己のことがずっと好きだった」

「何で?君は・・・岡崎先生と・・・」

優也は、首を横に振って言った・・・

「岡崎先生とそうなったのは・・・由美子アイシスの存在を知った時からなんだ」

「由美を?」

「ああ、あの夜バーへ行ったら、岡崎先生に会って、彼の僕に対する想いに気づいた。報われない思いを抱く彼と自分を重ね、僕は・・・僕は・・・」

優也は、拳を握りしめて俯いた・・・

「由美は知ってるよ、僕がヘテロセクシャルに分類される人間じゃないことを・・・」

優也は、顔を上げた・・・

琴己は泣き笑いの顔で言った・・・

「なーんだ、だったら、僕の気持ち優也に言ってれば、誰も・・・誰も傷つかずにすんだのに・・・」

そう言って、優也の首に抱きついて泣きじゃくった・・・

「琴己・・・」

優也は、琴己の頬にそっと手を添えた・・・

「キスしていい・・・?」

優也と琴己はそっと唇を重ねた・・・

二人は、一枚づつ服を脱いでいって、お互いいたわるように抱き合って、ベッドに倒れた・・・

お互いの心を、今まで抑えてきた想いと、漏れる吐息で埋めつくす・・・

「好きだ琴己・・・」

まるで呪文のようにそう囁き、優也は琴己の白い肌を唇で愛撫し続けた・・・

「優也・・・」

優也は琴己の欲望を激しく掴んで上下に愛撫した・・・

「あぁ・・・優也・・・」

優也は、その先端を口に含んだ・・・

優也の口の中で、琴己は白い蜜を漏らした・・・

優也は、それをすべて舐めとった・・・

優也は、琴己の白い双丘の間に潜む蕾にふれた・・・

蜜であふれるそこを、指先で押し広げ、琴己の唇にそっと口づけてから、そこに優也は自分の欲望を押し入れた・・・

「優也・・・あぁ・・・」

「琴己・・・愛してる・・・」

二人はまるで強い波に呑まれるように微睡んでいた。

「好きだ琴己」

「愛してる優也」

(ずっと一緒だよ琴己)

そして、二人は同時に果てた・・・

優也は優しい月光につつまれ、琴己の寝顔を眺めていた・・・


                              END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月に知られた夜 敷島もも @runmori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ