真実②

「さぁ中へどうぞ、クリスティン様」

「はい」

ハワード町長に促されるがまま、レナは中へと進む。

「こ、これは……?」

中に入ると、そこは長方形の巨大な空間になっていた。その巨大な長方形の部屋の左右の壁を繰り抜いて鉄格子が幾つも並んでいる。

「驚かれましたか?クリスティン様。では、上も見てください」

ハワード町長に言われるがまま、レナは上方を見上げる。すると、そこには丁度この部屋を取り囲む様に、幾つもの椅子が並んでいる。あれがさっきハワード町長が言っていた観客席?

「ハワード町長、ここは一体?」考えるよりも先に、レナは質問していた。

「ここはかって、闘技場だった場所です」神妙な顔をした、ハワード町長が答える。

「闘技場?」確かに、そんな造りだ。レナは心の中で呟く。

「ええ、そうです。それも罪人達を裁く為のものです」

「罪人を裁く?闘技場でですか?」

「はい。昔、罪人達はこの場所に連れてこられて、罪人同士、殺し合いをさせられていたのです。ですから、どの罪人も死に物狂いで戦い続ける。それを、民衆達が上の観客席で観戦していたのです。言わば、ここは公開処刑場だった場所です」

「公開処刑……、そんな酷い事が……。ですが、それでは勝ち続け生き残った者もいるのでは?」

「いいえ、確かに勝ち続ける者も居たようですが、そういう者は、猛獣と素手で戦わされます。それでも勝ち続けるものには、トップクラスの傭兵が呼ばれ結局は殺されてしまいます」ハワード町長の額に、ほんのり汗が浮かび上がる。

「何て酷い事を。人の命を弄んでいるわ!」思わず、まるでハワード町長に怒りをぶつけるかのように、レナは言い放ってしまった。

「はい。その事を指摘し、止めさしたのが、私の三代前の町長リトマス=ハワードです。リトマスは町長に就任するとすぐに、公開処刑を止めさせ、この闘技場を埋める事にしたのです」レナの怒りに圧倒されたのか、ハワード町長はまるで自分に責任があるかのように、申し訳なさそうに、そう口にした

「埋める?」レナは、それを聞いても怒りが収まらず、眉間に皺を寄せたまま、零すように、ハワード町長に聞き返す。

それに、相変わらず申し分けなさそうに、ハワード町長は答える。

「はい、ここはかっては大地を繰り抜いただけのものだったのです。それを埋め立てて、その上に町長の屋敷を建てたのです」

「なら何故、ここが残っているのですか?」

「それは、かっての非道を戒め、それを忘れない為に、ここを残したのです。そして今は、大罪を犯した者だけを閉じ込める牢として使用しています。」

「そうですか……。それでフレイを。では、この中には他にも罪を犯した者が収容されているのですか?」レナの口調が徐々に戻り始める。

それと同時に、ハワード町長の口調も元に戻り始めた。

「いえ、私が町長になってからはフレイだけです。自慢じゃ御在ませんが、フレイが脱獄するまでは、この町の治安は最高でしたから。軽犯罪すら稀でした」

「素晴らしい事です。自慢すべき事だと思います」

「恐縮です。それでは、フレイの牢へと案内しましょう」

そう言うと、ハワード町長が兵に顎で合図する。すると、兵士が歩き出す。部屋はレナの魔法で明るくなっているのに兵士は律儀にまだ松明を持っている。よく見ると、部屋の松明全部に火が灯っている。そういえば上で、この兵士は全ての松明に火を点けたと言っていた。良くあの短時間で出来たものだ。息が切れていたのも納得できる。それと同時に、この兵士の努力を無駄にしてしまったかと、レナは少し悪い気がした。

「クリスティン様、ここがそうです」

ハワード町長に言われるまでもなく、レナはそこがフレイの収容されていた牢だと分かった。何故なら、この牢だけ鉄の格子がドロドロに溶けていて、中も黒く焦げて煤だらけだからだ。レナは愕然とした。これでは何も分からないだろう。しかし、僅かな可能性でもある限り調べなければ。レナは意を決し中に入ろうとする。すると、レナの後方で一瞬、ボワッと明るい光が上がる。

「何?」

レナが慌てて振り向くと、そこには炎に包まれ、肉体がすでに消え去りかけている兵士の姿があった。レナとハワード町長は驚きで声が出ない。その二人の目の前で、兵士の肉体は消し炭となり崩れ落ちた。

「ままままま、まさか……」

ハワード町長が動揺して震え出す。レナは必死で動揺を抑える。

「ククククク……、相変わらず嘘が上手いじゃないか!ジン!」

その声のした方向に、レナとハワード町長が同時に振り向く。その場所は、レナ達が入ってきた、丁度正反対の位置の観客席。そこにある一際大きな椅子。そこに、間違い無くフレイが足を組んで座っている。



「どうして、あなたがここに?」レナは我が目を疑った。

あの男がここに居るという事は、カルナとウインさんは?

「どうしてだと?もちろん、ジンとお前を殺しに来たんだよ」フレイはニヤニヤ笑っている。

「そんな事は聞いてないわ!カルナを、カルナとウインさんはどうしたのか聞いているのよ!」レナの叫び声が、地下室中に木霊する。

「カルナとウイン?ククク、今俺がここにいる事を考えれば、容易に想像がつくはずだろ?」そう言って、フレイは席から立ち上がり、下へと飛び降りる。

「嘘だわ!あなたなんかにあの二人を倒せるはずがないわ!」

「俺なんかにだと?貴様程度に言われたくないな。まぁ、確かにまともにやれば、あの二人の相手はかなりヘビーだがな。ククク」

「まさか?罠にかけたの?卑劣な!」

「ククッ!朝っぱらから暗殺を計画するような奴等に、言われたくないな」

「何故、その事を?まさか内通者が……?」自分が言った、その言葉の意味を考え動揺する。

「クククッ。そんな事、これから死ぬ貴様等にはどうでもいい事だろ?」フレイが一気に殺気を開放する。

それに反応してレナも身構える。そのレナを見てフレイが笑い出す。

「ククク、ククク、クワーハッハッ、何だ?それは。まさか、この俺相手に素手で戦おうと言うのか?杖はどうした?あるんだろ?神の住む村の人間だけが使える伸縮自在の杖がよぉ。その杖を使った戦闘術は一国の騎士団長クラスらしいじゃないか。しかも、魔法の威力も高める優れものらしいじゃないか。呪文を唱えながら杖を振るう姿は,まるで闘神が降臨したみたいと言うじゃないか。見せてみろよ。その姿をなぁ」

「残念ながら杖なら無くしたわ……」

そう、カルナと出会ったあの町で……。恐らく杖はモンスターの死体の下……。大事な物だが、あの時はとても、探す気になれなかった。そのせいでまさか、こんな事になるなんて、レナは少し後悔して、唇をかみ締めた。

「ククク。間抜けにも程があるな。少しは戦いが楽しめると思っていたんだがな」フレイは、わざとらしく呆れ返ったという仕草をしている。

「あなた、何故そこまで詳しいの?」

内通者がいるにしても、レナはこの町に来て、そこまで自分の村の話を詳しくしていない。

「さぁて、何故だろうねぇ~」フレイはレナの目を一直線に見つめ、見下す様にニヤニヤ笑っている。

その顔を見て、レナの脳裏に一つの嫌な予感が浮かぶ。

「まさか、あなた、赤髪の男に会ったの?」

「ククッ、赤髪の男ねぇ~?そんな奴、この世には居ないんだよ」

「な、どういう事?何を言ってるの?私は……、私達はあの男を追ってここまで来たのよ」怒りと動揺交じりで、フレイに聞き返す。

「そんな事は自分で考えるんだな。唯、一つ教えてやるなら、俺は貴様等が追っている奴とは、確かに会った」

「どういう事?矛盾しているわ」分けの分からないフレイの言葉に、動揺を押し退け、怒りが前面に現れる。

「答えは、もうすでに出ている。それに気付かない程、間抜けか?女ぁ!自分の頭の悪さを悔いながら死ぬんだな」

このフレイのセリフでレナはある事に気付いた。

「あなた、赤髪の男に会ったと言うのは、嘘ね」

「ほう。何故そう思う?」興味深げに、フレイが聞き返す。

「もし会ったなら、あの男が他の者に、私を殺させるはずないもの。あの男が唯一、殺し損ねた私をね」自信満々に、レナが言ってのける。

しかし、フレイは動揺するどころか、笑みを浮かべる。

「ククク……」

「何がおかしいの?」

「それは、勘違いだったんだろ?お前は滅んだ後、村に入ったんだろ?」

「なっ、何故それを?」

レナは耳を疑った。その事は、誰にも話していない。それは、“赤髪の男に襲われて、唯一生き残った人間”と言った方が、国の人間やその場にいなかった村の人間の協力を得易いと思ったからだ。だが、一人だけ例外がいる。そう、カルナだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る