真実①

「本当に大丈夫かしら……」不安げにレナはそう零した。

「大丈夫ですよ、クリスティン様。クルリエル様も仰っていたじゃ御在ませんか。あの二人に勝てる者など、この世にいないって」ハワード町長がレナとは対照的に、自信満々に答える。

それでも、まだ不安げにレナは、「ええ、そうですね」とハワード町長にそう答えた。

「そうですとも、そうですとも」ハワード町長は、一点の曇りも無い笑みを浮かべ、何度も頷いた。

その後、無言でレナとハワード町長は、カルナとウインが見えなくなるまで、その場で見送った。

「そろそろ、戻りましょうか、クリスティン様」

「はい……」

ハワード町長に言われ、戻ろうとするレナの足取りは重い。それにハワード町長が気付きレナを元気付ける。

「大丈夫ですよ、クリスティン様。クルリエル様の強さは折り紙付ですし、エイモンド様の昨日の蜥蜴のモンスターを倒した時の動きも人間離れしていましたから」

「人間離れ?」

そういえば、カルナがどうやってシルバーを倒したか見ていない事を、レナは思い出した。

「おや?見てなかったのですか?凄かったですよ、エイモンド様は何と、垂直に家の壁を駆け上ったのですよ。そして、そこからあの蜥蜴のモンスターの頭に飛び乗り、頭を一突きです。いや~、本当に凄かった」

「そうですか」

それが、本当なら確かに凄い。しかし、カルナなら容易に出来そうな気がして、レナはあまり驚かなかった。レナの反応が意外だったのか、ハワード町長が慌てて、フォローする様に、レナに付け加えた。

「も、もちろん。あのモンスターの空からの一撃を弾き返したクリスティン様の魔法も素晴らしかったですよ。私、その時身震いしましたもの」

「ありがとうございます」レナはどうしても、お世辞の様に聞こえ、形式的にそう返した。

「いえいえ、お礼を言いたいのはこちらの方ですよ。半年前、フレイがあの能力を身に付けて脱獄し、町の人間を殺し始めた時は正直、絶望しました。しかし、クルリエル様、クリスティン様、エイモンド様という、この国、いえ、大陸でもトップクラスのお三方が同時にこの町に来て下さった。もう、私は神の存在を信じずにはいられません」ハワード町長は、少し身震いしている。

「神の……」

語るものによって、こんなにも姿を変える“神”とは一体何なんだろう?レナは僧侶としてこれまで、いや、今でも神の存在を信じている。だが、皆が語る神とは別物の気がする。そう、それは神というものが単なる希望や、欲望を叶えるだけの象徴に過ぎないものになってしまっている。神とは本来もっと、崇高な存在のはずだ。レナは、少し怒りにも似た感情が湧いてしまった。

「クリスティン様?どうかなさいましたか?」

レナの様子に気付き、ハワード町長が心配そうに聞いていた。

「いえ、何でもありません。少し考え事を」

「そうですか?あまり思い詰めると体に毒ですよ」

「そうですね。すいません」答えて、レナは湧いた感情を、押し殺した。

「いえいえ、謝って頂かなくとも。それより、この後どうなさいます?二人がお戻りになるまで、少し休みますか?」

どうしよう?レナは何も考えてなかった。かと言って、二人が危険を冒している時に自分だけ休むのは、さすがに気が引ける。自分も何かしたい。と、レナに一つの考えが浮かんだ。



「そうだ、ハワード町長、もしよろしければ、フレイを閉じ込めていた牢を見せて頂けませんか?」

「フレイの……、牢をですか?」意外な言葉に、ハワード町長は目を丸くした。

「ええ。もしかしたら、フレイがあの能力を手に入れた謎が分かるかも知れませんから」

「そういう事ですか。分かりました。良いですよ。フレイの牢は屋敷の地下にあります」ハワード町長は少しホッとしたような、笑みを零した。

「屋敷の?」今度は、レナが目を丸くする。

「はい。それで、フレイが脱走した時に自警団の殆んどが殺されました……」

「そうですか」

レナは思った。じゃあこの町は半年前からすでに、フレイと戦える戦力が無かったって事?なら、フレイに襲われた人間は、ほぼ見殺し状態だった?レナは考えると胸が痛くなった。

その後、二人は無言のまま屋敷まで歩いた。屋敷に着くとまた、内側から門が開き、門兵が出迎える。

「お帰りなさいませ」

「ああ、ご苦労。これから、地下牢に向かう。先に行って明かりを点けておいてくれ」

「地下牢へですか?分かりました」門兵はそう言って、慌てて走り去った。

「どうなさいます?もう、このまま行かれますか?」

「はい」レナは即答した。

「そうですか。では、案内します。どうぞこちらへ」

そう言って、ハワード町長が案内したのは、兵士達の詰め所だった。詰め所には、入り口が二つある。

「ここって、兵士の?」

「はい。詰め所です。この中に、地下へと通じる階段が御在ます」

そう言って、ハワード町長は二つの入り口の左側の扉に向かう。

「ハワード町長、向こうは?」レナがもう一つの扉の気になり聞いてみた。

「ああ、あっちは兵士達の世話をするメイド達の部屋があるだけですよ」

レナの質問に答えながら、ハワード町長は扉を開け中に入る。それにレナも続く。中に入るとそこはロビーの様になっており、先程、門にいた兵士が少し息を切らせて待っていた。

「用意は出来たのか?」

「はい。全ての松明に火を点けておきました。もう行かれますか?」

「ああ」

ハワード町長の返事を聞くと、その兵士は一本の松明を持ち、部屋の中央に向かい、床の突起物に手を当て引っ張った。すると床が開き階段が現れた。

「こんな所に牢があるのですか?」レナは驚いて、自分でも予想外な程の大きな声を出してしまった。慌てて、口を手で押さえる。

「ええ。その理由は下に下りてから話しましょう、クリスティン様」

逆にハワード町長は小さな声で、レナにそう言って、ハワード町長が兵士に顎で命令する。すると兵士が階段を下り始める。

「では、参りましょうか。クリスティン様」

「は、はい」

ハワード町長が兵士に続き、下り始める。その後にレナが続く。中は、思ったより広く、等間隔に松明がある。しかし、それでも兵士の松明が無ければ、歩くのが辛いぐらい薄暗い。

「ちょっと、待って下さい」レナがハワード町長と兵士の足を止める。

そして壁に手を突き何かを唱える。するとレナの手が触れた所から、壁が青白く光り始める。

「おお、これは?」ハワード町長が驚きの声を上げる。

そしてレナに質問してきた。

「クリスティン様、これは一体?魔法ですか?こんなの私は知りません」

「いえ、魔法と呼ぶほどのものではありません。これはただ、精霊達の命の光を具現化しただけです」

「そんな事まで……。やはり神の住む村には、常人に計り知れない物がありますね」

「いえ、それ程大した事ではないです」レナにとっては、本当に大した事無いので、素っ気無くそう返してしまった。

「いやいや。御謙遜なさらずとも、実際素晴らしい能力ですよ、これは」レナの態度など、お構いなしにハワード町長は興奮して、レナを、いや神の住む村の魔法を褒める。

「ありがとうごさいます。では、そろそろ進みましょうか」レナは先を急ぎたかったので、わざと関心無さ気に答えた。

「ああ、そうですね」ハワード町長も、流石にレナの気持ちを悟り、それだけを返した。

その後、また三人は階段を下り始めた。暫く下りると、正面に木製の扉が見えた。そしてドアを真ん中にし、左右に少し広めの通路が伸びている。先頭を歩いている兵士はそのまま扉の取っ手を握り開く。すると、そこには更に下へと続く階段が現れた。その階段を更に兵士は下り始める。それを見てレナがハワード町長に話し掛ける。

「あの……、ハワード町長。左右の通路は何処へ行くのですか?」

「ああ、それは観客席へ行く通路ですよ」

「観客……、席ですか?」

「それも、下へ行けば分かりますよ。クリスティン様」意味深にそう答えて、ハワード町長も下へ歩き出す。

「どういう事だろう?」

いまいち要領を掴めなかったが“下へ行けば分かる”と言う言葉を信じ、レナも黙って下への階段を下り始める。そして、そこから少し下りると入り口らしきものが見えてきた。

「着きましたよ、クリスティン様」

どうやら、レナの入り口と言う予想は当たっていたようだ。そのまま進むと階段が終わり、通路を十歩ぐらい進むと少し大きめの、両開きの鉄の扉にぶち当たる。しかし、片方の扉はすでに、開いていた。

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