奇襲③

「フッ。なめられたものだね、カルナ君。もうバカの相手は任せたよ。正直、バカすぎて萎えてしまったよ」そう言って、ウインは剣を鞘に戻してしまった。

「それでは、始めましょうかねぇ?カルナ君とやら。ククク」グレイゴリーはそう言って、拳をバキバキ鳴らしている。

その姿を見て、ウインがまさかと思い、グレイゴリーに質問する。

「おい。まさか、素手でやる気なのか?」

「ん~?当たり前でしょう。『戦うスーパー紳士』である、この私が武器など使う理由などありません。この美しい肉体のみが私の武器!あぁ、でも、あなた達は思う存分使って頂いて構いませんよ。弱い者が、強い者に勝つ為に武器を取る。それは、知恵をもつ人間だけがしうる、至極当然の事です。だぁ~が、しか~し!どれだけ知恵を振り絞ろうと!いかに凄い武器を持とうとも!絶~っ対に超えられない存在というものがあります!そう!それは、今のあなた達にとってのこの私!グレイゴリー……、ジェントールなのです!」グレイゴリーは、一気にまくし立てると、ポーズを取り、筋肉をアピールしだした。

「カルナ君。どうやら奴はバカを通り越して病気の様だね」ウインは下を向き頭を掻く。

「ああ」カルナもウインの意見に同意する。

この二人の会話を聞いて、グレイゴリーが二人に不満を漏らす。

「それと、もう一つ。私は決してバカではありません」

グレイゴリーが急に両腕を胸の前で交差し、ボソボソと何かを言い出した。

「カルナ君!気を付けろ!呪文だ!」

ウインがそう叫んだ時には、グレイゴリーは呪文の詠唱を終えていた。

「マインドタッチ・フィアー!」

呪文の名称を叫びながら、グレイゴリーが両手を一杯に広げる!するとグレイゴリーの周りを取り巻く様に、青白く光る醜い顔が、幾つも現れる。そして、それが群れを成して、カルナとウインに一直線に飛んで来る。

「精神干渉系の魔法か!?」

ウインが叫び、カルナとウインは身構える。すると、青白い顔の群れがカルナとウインの周りを取り巻き、一斉に二人の体に入り込む!しかし……。

「フフフ……、ハーッハッハッ!何だい?この程度の低い魔法は!こんな簡単に抵抗、無効化出来た魔法は初めてだよ!やはり本当に、筋肉バカだった様だね」

ウインがグレイゴリーの魔法のレベルの低さを目の当たりにして馬鹿にする。だが、自信満々にグレイゴリーは、笑みを浮かべてウインに答える。

「ククククク……。確かに、あなたは抵抗出来たかも知れませんが、カルナ君とやらはどうですかね。ん~?」

まさか?と思い、ウインはカルナに目をやる。そこには、グレイゴリーに向かって刀を構え、ガチガチ震えているカルナがいた。




「冗談だろ?カルナ君」

ウインは思わずカルナの元へ駆け寄り、両肩をつかみ、体を揺する。すると!

「うわあぁぁ~!」恐怖で絶叫し、カルナが刀を振り上げ、一気に地面に突き刺した。

するとカルナの周りの地面が盛り上がり、そのままカルナとウインを包み込んでしまった。

「な、何だこれは?カルナ君?」ウインはカルナに呼び掛けながら、盛り上がって出来た岩の壁を観察する。そして、更にカルナに呼び掛ける。

「カルナ君、これは、その刀の能力なのかい?」

ウインが見た、『魂の音色』は紫色の光を放っている。その光のおかげで、岩の中でも目が見える。更に、そのおかげで刀にしがみつき、ウインの呼び掛けも聞こえない程、恐怖で震えているカルナの姿がはっきり見える。

「どうしたものか」

ウインがそう呟いた直後、岩の壁の外から小さくグレイゴリーの声が聞こえ始めた。

「ククククク。殻に閉じ篭もるとは、正にこの事ですねぇ~。ん~?しか~し、このグレイゴリー=ジェントール様相手には、全く持って無意味!何故なら、この私の『ジェントールパンチ』は鋼鉄すらへし曲げるからです。そんな岩の壁、有って無い様なもの。しかもです。あなた達とその壁の距離を考えて下さい。その距離で、一瞬で砕かれた岩の破片を躱せますか~?無理ですよね?ん~?本来なら、正々堂々、私の拳で決着を付けたかったのですが、これもまた一興……。一瞬で終わらせてあげます。行きますよ~」

「やばいぞ、カルナ君。奴の言う通りだ。この距離で壁を砕かれたら、ただじゃすまない。頼む、カルナ君!正気に戻ってくれ」

しかし、ウインの呼び掛けに反応せず、カルナは唯々、震えている。

「クソッ。奴の言葉が這ったりだと、祈るしかないか」そう零し、ウインはギリギリまで後ろへ下がる。

そこへまた、グレイゴリーの声が聞こえる。

「喰らいなさい!ジェント~ルパーンチ!」

来る!ウインは咄嗟に両腕を顔の前で交差し、攻撃に備える。と、その瞬間!“ベキッバキッ”と鈍い音が岩越しに響き渡る。

「何だ?」ウインは一瞬理解できなかった。だが、次のグレイゴリーの叫び声で理解する。

「な!何ですと~!この私のジェントールパンチがー!こんな岩の壁如きに~!」

「どうやら、奴は自滅した様だな。とするとさっきのは奴の拳が砕けた音か……」ウインが自ら確認する様に零す。

そして今度は外で指の鳴らす音が微かに聞こえ、一瞬真っ暗になる。その後、頭上から光が差し込み、徐々に周りの岩の壁が元に戻っていく。

「カルナ君、正気に戻ったのか?」ウインが慌てて、確認する。

「ああ、奴が魔法を解いた様だ……」さっきの動揺が嘘の様に、平然と答える。

「その様だね。それより、カルナ君。君程の男があの程度の魔法にやられるなんて……」

「俺は感情を失くして以来、精神干渉系の魔法に全く抵抗出来ない」

「なっ?とんでもない弱点だね。だが、その刀のおかげで、そうでも無くなっているね。さっきのは、その刀の能力だろ?」

「ああ。この刀は持ち主の感情を力に変える」

「なるほどね。納得したよ」ウインはそう言って、髪を掻き上げる

「ん~?お話は終わりましたか?お二人さん」二人の話が終わるタイミングを見計らって、グレイゴリーが話し掛けてきた。

「何だ?まだ居たのかい?拳を潰して格闘家が戦えるのかい?とっとと、消えな」ウインは鋭い目付きでグレイゴリーを睨み付ける。

「拳?私のですか?ん~?私の拳の何処に傷があるのでしょう?」グレイゴリーはそう言って、わざとらしく自分の顔の前で手を広げ、平と甲を交互に見ている。

「バカな」

ウインは我が目を疑った。確かにグレイゴリーの拳には、傷一つ無い。それどころか、全身見渡しても、何処にもそれらしきものが無いのだ。

「ククク、どうです?傷は見つかりましたか?ん~?」

グレイゴリーがこの上なく、憎たらしい表情でニヤ付いている。

「まさか?回復魔法まで使えるのか?」ウインの顳顬に、うっすらと汗が滲み出る。

「ん~?どうでしょうねぇ?それより少し、言葉使いが?荒れてきましたねぇ」グレイゴリーは、ニンマリと笑みを浮かべ、髭を摩っている。

「ああ。貴様を殺したくてウヅウヅしてきたからな!」汗を押し退けるように、ウインの顳顬に血管が浮かび上がる。

「くくく。まぁ、落ち着いて下さい。さっきも話しましたが、あなたの相手は後程です。まずは、カルナ君と戦わなくては」

「不意打ちを喰らわしておいて、今更何を言っている」

ウインが部屋中に満ち渡る程の殺気を放つ。

「ん~。怖いですねぇ。不意打ちについては、謝りましょう。けれども、あれはあなた達があまりにも私を筋肉バカと罵るので、私は筋肉だけでは無いと証明しただけです。その殺気は後程まで置いておいて下さい。さぁ、始めましょうか?カルナ君」

「ああ、いいだろう」カルナが一歩前に出る。

「チッ、まぁいい。カルナ君、こいつはくれてやるよ。だが、フレイの奴は私一人で殺るからね。どうにも収まりがつかないからね」ウインは苛立ちを隠せないまま、そう言って後ろへ下がった。

「ククク。何とか納得してもらえた様ですね~。心配せずとも、すぐに相手してあげますよ。カルナ君には申し訳ないですが、一撃で終わらせます。私も、今の殺気で興奮してきてしまったんでね」グレイゴリーが腰を少し落とし構える。

「そうか、こい」カルナがそう言って、刀を一振りする。

「ん~?どうも、私の話を信用してないようですね。今から私が放つ、『スーパージェントールパンチ』は、先程の『ジェントールパンチ』よりパワーも、スピードも二倍なのですよ!っと、そう言えば、先程はお見せ出来ませんでしたか。まぁいいでしょう。実際に味わってもらいましょう。一瞬で体が砕け散る感覚を」まるで、独り言の様に、大声で言った後、グレイゴリーが一瞬、更に腰を深く落とす。

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