奇襲②

「おお!すばらしい!本当にフレイの結界を通り抜けましたよ!」

ハワード町長が驚いて零した通り、カルナの体はフレイの結界の向こう側に通り抜けていた。

「本当に凄いじゃないか!レナ君。それじゃあ、私も頼むよ!」ウインも驚きの声を上げた。

「ええ」答えて、すぐにレナは呪文を唱え始める。

そして、ウインもカルナと同様にフレイの結界を通り抜けた。

「二人とも気を付けてね……」零すように、レナが結界の向こうに行った二人に話し掛ける。

「心配要らないよ、レナ君。私とカルナ君のコンビに勝てる奴なんて、この世に居ないよ」ウインが髪の毛を掻き揚げながら、レナに笑みを返してきた。

「そうよね……」

レナは実際、この二人に勝てる者なんて想像できなかった。むしろ、町に残る事に不安を感じた。今までずっと、カルナに支えられてきた。精神的には特に……。それが、わずかの間とは言え、無くなるのだ。

「レナ。バードの魔法は、俺に向けても飛ばせるのか?」

カルナが急に口を開き、レナに聞いてきた。

「え?多分出来ると思うけど……。カルナには解読できないわよ」

「それは、分かっている。何かあったら飛ばしてくれ。バードの中身が分からなくとも、その姿を見たら町に戻る。走れば二十分位で戻れるだろう……」

「わかったわ。ありがとう、カルナ」

カルナは恐らく、レナの顔に出ていた不安を読み取ったのだろう。レナはそれを感じ、カルナに感謝すると同時に、一人でも出来る事はしようと心に決めた。

「それじゃあ、そろそろ行くかい?カルナ君」ウインが少し楽しそうに、そう言った。

「ああ」カルナがいつも通り、抑揚無く返す。

「神の御加護を……」レナが胸の前で手を合わせる。

そのレナとハワード町長に見送られ、ウインとカルナは薄暗い道を北上して行く。そして、しばらく歩き、振り返ってもレナとハワード町長の姿が闇に消えて見えなくなった頃、ウインが口を開いた。

「それにしても、あの町長。権力にモノを言わせて、かなり贅沢をしている様だね。食べといて何だが、半年も閉ざされた状態で、朝っぱらからあのご馳走は無いよな。腹がもたれそうだよ。柔和な顔して、腹の中はきっと、ドス黒いぞ、多分」

ウインの言葉にカルナは何も返さない。

「あのさぁ、カルナ君聞いてる?まさか感情がないと会話もままならないのかい?」

「そんな事は無い」

「ああ、そう。なら、演技でも良いから、もう少し愛想よくしたほうが良いよ。人は中身より外見で人を判断するからねぇ。特に、あの町長の様な人間はね。だから、愛想よくそれなりの立居振舞をした方が良い」言い終わって、ウインは腕を組み“うんうん”と二度頷いた。

「お前の様にか?」

「あれ?バレていたのかい?」不意を付かれ、ウインは思わず組んでいた腕が外れてしまった。

「いや、今すでに話し方が崩れてきている」

「ああ。それでかい。まぁ、旅をする上では、何かと便利だよ」

「お前程、名が通っていれば、そんな必要ないだろう?」

「まぁね。だけど、もう癖の様なものだよこれは、名の売れてない頃からやっていたからねぇ。だけど、たまに素が出てしまう時もある」

「戦闘の時か?」

「ん?ああ、そうだ。良く分かったね」

「抑えていても、蜥蜴と戦う時、異常な殺気を放っていたからな」

「さすがだね……」ウインはそう言って笑みを零す。

「その姿を見せたくないから、フレイ相手に手を抜いたのか?」

「手を……?何故、そう思うんだい?」

「お前の剣の本質は突きにある。それは、洞窟にあった風蜥蜴の死体を見れば分かる。だが、お前はフレイ相手に斬り掛かった……」

「凄いね……。何でもお見通しだね、カルナ君は。だが、手を抜いたのは確かだけど、別に素の姿を見せたくなかった訳じゃないよ。唯、町一番の美女とやらを見逃して、やる気を失くしただけだよ」ウインは飄々と答える。

「それでも、必死で戦う演技だけは忘れなかったのか?」

「その通り!もう染み付いてしまっているんだねぇ」

「それなら、お前一人で来ても良かったんじゃないのか?」

「普通に考えればね。だけど、フレイの能力は未知だ。より確実に行きたいじゃないか」

「未知のモンスターに一人で向かっていった奴のセリフとは思えないな」

「フフッ。まぁ、そう言うなよカルナ君。一人で行って帰ってくるなんて、つまらないじゃないか。暗殺なら尚の事ね」髪の毛を掻き上げながら、ウインが笑みを零す。

「本音はそこか……」

「まぁ、そういう事だね。それよりカルナ君は、赤髪の男なんて人間。本当に存在すると思うかい?」真顔に戻り、ウインがカルナに質問してきた。

「レナを疑っているのか?」そう言って、ウインの顔に視線を送る。

「ん~?そういう訳でも無いんだけどね。あまりにも、話が大きすぎてね」

「俺達は、実際に奴の軌跡を辿ってきた」

「そうかい。なら実際に居るとして、勝てると思うかい?そんな化け物に。フレイの結界が解けたら、とっとと逃げた方が良いんじゃないか?」

「そうしたければ、そうすれば良い。俺はレナに協力する」

「はぁ~。凄いねカルナ君は。あぁ、そう言えば。レナ君だけは勝てる可能性があるって、言っていたね。それに、かなりの勝算があるって事かい?」

「いや、それでも分が悪いだろう……」

「はぁ。感心するね。君達の正義感には」ウインは思いっきり溜息を付く。

「レナは兎も角、俺はそういうのでは無い」

「あっそ。もう何でも良いよ。勝てる事を祈っているよ」

ウインはやれやれと、両手を挙げて見せた。カルナはそれに何の反応も示さない。そして、カルナは前方に視線を送る。

「どうやら、着いたようだな」

カルナがそう言うと同時に、うっすらと日の光が辺りを染め始めた。そして、緩やかな坂の前方三十メートル程に、はっきりと鉄の柵で出来た黒い門が見える。

「ばっちりの時間だね。行こう、カルナ君」

「ああ」

そして、二人は一気に門まで走る。



「何だ?これは?」ウインは建物の門を見て、思わずそう零した。

入り口の黒い門には、鋼鉄の鎖がグルグルに巻かれている。

「何だ?フレイの奴、実はかなり用心深い奴なのか?」

「どうだろな。だが、これはハワード町長の仕業だろう」

「ああ、なるほどね。あのビビリの町長のやりそうな事だ。しかも、御丁寧に屋敷の周り全部、鉄柵で囲んであるとはね。しかも、この高さ……」

そう言って、ウインが見上げた門の高さは五m程ある。

「どうするカルナ君?他の入り口を探すかい?」

「いや……。ここから入ろう」

「ここからって?」

ウインが聞き返した時には、すでにカルナは刀を抜いていた。そして、ゆっくりと振り上げ、一瞬止まったかと思うと、鎖目掛けて一気に振り落とした。すると、短く高い金属音が、鳴ったかと思うと、門に巻きついていた鎖が音を立てて地面に落ちていった。

「ヒューッ。凄いね。カルナ君」そう言ってウインは指を鳴らした

「いや。超一流の使い手なら、音を鳴らさずに切る。お前なら、出来るんじゃないのか?」返答しながら、カルナは刀を鞘に戻す。

「ん~?どうだろうねぇ?まぁ、生憎、私の剣は対生物専門なんでね。そんな事しようと思った事が無い」

「そうか……」

「そうそう。どっちにしろ、私もカルナ君もまだまだって事だね」

「そうなるな」

そんな会話を交わしながら、二人は屋敷の正面の扉に向かう。

「じゃあ、お邪魔しますかね」軽口を零しながらウインが扉に手を掛ける。

扉には鍵は掛かっておらず、外側に“ギギギ”と音を立てながら開いた。中に入ると正面に少し大きな両開きの扉が、そして左右にも一つずつ扉があり、左右の壁に沿う様にそれぞれ二階に続く階段がある。そして正面の扉の二階部分にも、同じ様な扉がある。

「どうする?カルナ君」

「決まっているだろう」

「まぁ、仕方ないね。早起きにも程がある。暗殺から奇襲にランクダウンだね」

ウインが冗談っぽくそう言うと、二人は真直ぐ正面の扉に向かった。それは、屋敷に入った瞬間、正面の部屋から何者かの気配を感じたからだ。

そして扉の前まで来ると、そのままウインがその扉を蹴り放つ。中は、だだっ広く殆んど何も無い部屋だった。唯、その中央に小さなテーブルと椅子が一対あり、そこに上半身裸のかなり筋肉質の男がのんびりコーヒーを飲んでいる。そして、その男が二人に話し掛けてきた。

「ようこそ!わがグレイゴリー=ジェントールの部屋へ。歓迎しますよ、扉の開け方も知らない無礼な諸君!」

そう言うとそのグレイゴリーと名乗った男がゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと礼をした。

「グレイゴリー?何者だい?残念ながら、君には用が無い。フレイは何処だ?」ウインがグレイゴリーに、言い放った。

「ん~?こちらが名乗っているのに、名乗る事もせずに質問ですか?さぞかし、身分の低い家庭で育てられたのでしょう。可愛そうに……」グレイゴリーは皮肉を言って、両手を挙げ、首をゆっくり横に振った。

「ハハハ。残念ながら、ゴリラ相手に名乗る名は持ち合わせて無いんだよ」ウインが皮肉を言い返す。

「ゴリラ?この私(わたくし)の肉体美が分からないとは、やはり程度の低い……。私がゴリラなら、あなた達はさしずめ、猿!ですか。ん~?」

「っと、お前と、こんな下らない話をしている場合じゃ無かった。フレイは何処だ?」ウインがそう言って片方の剣を抜き、剣先をグレイゴリーに向ける。

「ん~?フレイ……ですか?知りたければ、力づくで聞いたらどうです?そのつもりで剣を抜いたのでしょう?そっちの黙っている彼はどうなんです?」

グレイゴリーに問われ、カルナは黙って刀を抜いた。

「ん~?どうやら、やる気満々の様ですね。ククク」そう言って、グレイゴリーは満足げな笑みを浮かべ、鼻の下に蓄えた髭を何度も摩り引っ張る。

「何がおかしんだ?後悔するよ。私達二人は、お前の様な筋肉バカが、おおよそ勝てる相手じゃないからね」ウインがもう一方の剣も抜き放った。

「ん~?まさか、あなた達男同士の真剣勝負を、二対一で行う気ですか?それは無礼を通り越して、あまりにも情け無さ過ぎませんか?」

「ああ、そうきたかい?いいよ。その挑発乗ろうじゃないか。選ばせてあげよう。どっちと戦いたいんだい?まぁ、どちらを選んでも、お前の様な筋肉バカは死ぬしかないけどね」ウインはまた、挑発を挑発で返す。

「ん~。それじゃあ、黒髪の君に相手をしてもらおうかな」

グレイゴリーが指名したのは、意外にもカルナだった。

「おいおい!逃げるのか?こっちは、もうお前を殺る気満々なんだぞ」ウインが堪らず、グレイゴリーを責める。

「ククク。まぁ、慌てないで下さい。私は楽しみは、とって置くタイプなのですよ。あなたの相手は後でゆっくりしてあげますよ。まずは、黒髪の彼で準備運動ですよ」グレイゴリーはそう言うと側にある机と椅子を、部屋の端まで蹴っ飛ばした。

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