来訪③

「あれか、確かに斧を持っている様に見えるな」ウインがボソリと零した。

「信じられない。本当居るなんて……」ハワード町長は、微かに震えている。

「ハワード町長はやはり残ってください。危険です」レナがハワード町長を諭す。

しかし、ハワード町長はそれを聞こうとしない。

「いいえ。ここからじゃ、まだはっきり分かりません。もう少し近くで確認させてください」

「で、でも……」

「いいじゃないか。レナ君。とにかく行こう」

ウインが二人のやり取りを。煩わしく思ったのか、少しイラついた様子で言ってきた。

「ご、ごめんなさい。わかったわ、行きましょう」

そう言って、レナが見たウインの横顔は少し興奮している様子だった。そしてレナの返事を聞くとすぐに、走り出してしまった。それに、他の三人も続いて走り出す。そして、徐々にモンスターの姿が大きく見えるようになってきた。

「日が完全に没する前に倒したいな……」ウインが、静かにそう零す。

「え?どういう事?」レナが不思議に思い、ウインに聞いてみた。

「ん?ああ。得体の知れない相手だから、完全な暗闇になればなる程、危険が増えるからさ」

ウインの言い方にやや素っ気無さを感じたが「な、なるほど」と、レナは納得した。

そして、その後、皆無言で走り、モンスターとの距離が二十メートル程の所で足を止める。そして、レナはふとハワード町長が居ない事に気付く。そのレナの様子に気付きカルナが親指を立て、後ろを指差す。それで、レナが後ろを振り返ると遠くの方をトボトボと歩く、ハワード町長らしき影が見える。考えれば当たり前だ、あの年齢で今のペースに付いて来られるわけがない。だが、逆に丁度良かったとレナは思った。

「なるほど、あの団長が言った通りだな」

その、ウインの言葉で、レナは前に振り向き直り、モンスターの姿を改めて確認する。そのモンスターは、確かにジャン団長の言った通り爬虫類の様な姿をしている。そう、まるで蜥蜴のようだ。そして、それぞれに金と銀の斧を持っている。金の斧を持ったほうは頭が無く、何故かその場に胡座をかいて座っている。その横で銀の斧を持ったほうがキョロキョロと辺りを見渡している。

「カ、カルナ、あの斧……」レナが驚いて声を上げた。

「ああ。アックス兄弟の持っていた斧だな」カルナも確認して、レナに返した。

ジャン団長に聞いた時、レナはもしやと頭に過ぎりはしたが、まさか本当にその斧を持っているとは思わなかった。

「どういう事かしら?カルナ」自分でも考えながら、カルナにも聞いてみる

「さぁな、どの道味方では無いだろう」

「そういう事。あれこれ考えても仕方ない。近づいて襲ってきたら敵だ。行こう」そう言って、ウインがまた、率先して歩き出す。

「油断するなよ、レナ」

「うん」

そう言葉を交わし、カルナとレナがウインに続いて歩き出す。すると、すぐに銀の斧を持った方のモンスターが三人の存在に気付く。そして、じっとこっちを観察しだした。

「向こうも気付いたみたいだな。生意気にも警戒している様だね」そう言いながらも、ウインはお構い無しにどんどん歩いて近づいていく。

ここで、レナの頭に一つの疑問が浮かんだ。

「ねぇ、ウインさん。ウインさんもモンスターと戦った事あるの?」

「いや。見るのも初めてさ。だから、凄く興味が沸くのさ」

「そう。油断はしないでね」レナは、さっきウインの顔が興奮して見えた理由が分かった。

「ミヅゲター!」その叫び声と共に、突然!銀の斧のモンスターが叫び声を上げドシドシと足音を立てながら向かってきた。

「来るみたいだな」

そう言って、ウインが二本の剣を同時に抜いた。カルナも刀を抜き構える。



「ヤッパリダ!ヤッパリダ!ヤッパリダ!」

銀の斧のモンスターは、そう叫び近付く程にますます興奮しだす。

「聞き違いかと思ったが、やはり言葉を操れるのか……」

ウインが感心し、そう漏らした時には、すでに銀の斧のモンスターは目の前まで来ていた。間近で見ると、凄く大きい。三メートルは裕に有りそうだ。三人の目の前で立ち止まったモンスターが、更に口を開く。

「ヤット、ミツケタゾ!マチガイナイ!オマエト、オマエダ!ワスレルモノカ!」

そう言って、そのモンスターはレナとカルナを指差した。

「フフッ。見つけたってさ、レナ君。君達は変わった知り合いがいるんだね」ウインが少し楽しげに言った。

「ウインさん。ふざけている場合じゃないでしょ。このモンスターが私達を知ってるって事は……」

「ああ。少なからず、私達の予想が当たったって事だね。まぁ考えるのは後だね」

ウインが真剣な顔付きに戻る。すると今度は、銀の斧のモンスターがウインを見て、口を開く。

「シ……、シロイカミ、ハネノソウショクノケン、ヒダリミミノピアス……」

左耳のピアス?レナはモンスターの一言でウインの左耳を確認する。すると、確かに耳からチェーンがぶら下がっており、その先に水色の球の付いたピアスをしている。

「あんなピアスしてたかしら?」

そんなどうでも良い事が、レナの頭を霞めた瞬間……。

「アニギー!アニギノモミヅケタゾーー!」

銀の斧のモンスターが振り返り、もう一体に大声で呼び掛ける。すると、のっそりと金の斧のモンスターが立ち上がる。

「これで決まりだね。こいつらはアックス兄弟だ」

「本気で言っているの?」レナは思わずウインにそう言ってしまった。

レナ自身もそうとしか思えなかった。しかし、とても信じられなかった。いや信じたくなかった。

「ああ。レナ君もそう思っているだろ?ゴールデンは私が引き受けるよ……」

「引き受けるって……、一人で戦う気!?」思わず、レナの声が大きくなる。

「ああ。実際、私も見たわけじゃないが、アックス兄弟のコンビネーションは、かなり危険らしいからね」

「で、でも」

「じゃあ、シルバーは二人に任したよ」

そう言って、ウインはシルバーの横をあっさりすり抜け、ゴールデンの方へと行ってしまった。それを見てシルバーが口を開く。

「クックック。バカガ。ミヅカラ、コロサレニイッタゾ」

そして、すぐ様カルナとレナの方に振り返る。

「マタセタナ。イタカッタゾ、オレノクビ……。キサマラニモ、アジアワセテヤル」

言って、シルバーが目をギロッと見開く。

「レナッ!伏せろっ!」

カルナの突然の叫び声に、咄嗟にレナは身を伏せる。すると、レナの頭の上を突風が吹きぬける。と、次の瞬間!町中に響き渡りそうな轟音が鳴り響く

「な!何!?」

レナが音の正体を確かめるべく、そっちを見る。すると、通りに並んでいた建物が一軒丸ごと無くなっている。それどころか、更に向こうの家の壁まで崩れ落ちていて、老婆がテーブルの下で震えているのが見える。

「お婆さん逃げて!」

すると老婆がレナの声に慌てて、四つん這いのまま逃げ出す。と、同時にレナの体に何かがぶつかって来た。そして、そのまま地面に倒れ込む。そしてすぐ様、無理矢理起こされる。何?レナはそう思い確認すると、ぶつかって来たのはカルナだった。

「レナ。何をしている。敵から目を離すな」

カルナに言われて確認すると、さっき自分の居た場所の地面が抉り取られている。恐らくシルバーが蹴りを放ってきていたのだろう。レナはゾッとした。カルナがいなければ、死んでいた……。

「ご、ごめん。カルナ」

「そんな事はいい。レナ、お前は離れて魔法で援護してくれ」

「わ、わかったわ」

そして、レナはシルバーとの距離を取りながら、ふと思った。援護?あのカルナが援護を頼むなんて……。このモンスターはそれ程強いという事だ。その事に気付き、改めて自分の未熟さが恥ずかしかった。

現にこのモンスターはカルナと互角の勝負を演じている。それを見てレナは悔しくなった。それは援護しようにも、二人の位置が目まぐるしく入れ替わり、魔法を使うタイミングが分からないからだ。

その様子にカルナが気付き、レナに檄を飛ばす。

「レナ。よく観察しろ。お前なら出来る!」

そ、そうだ。自分の実力を恥じている場合じゃない。レナは意識を集中する。すると、不思議とぼんやりとだが、二人の動きが見え始める。いや、見えるというよりは、むしろ感じるのだ。奇妙な感覚だ。だが、この感覚をレナは知っている……。そうだ、フィーリングスピリットを使っている時の感覚に似ているのだ。

レナは、その状態で様子を伺っていると、シルバーの攻撃をギリギリ躱したカルナがバランスを崩した。それを感知し、レナはすぐ様、魔法を放つ。フラッシュボールの魔法だ。

この魔法はシールドの魔法と同じく呪文の詠唱が要らず、しかも連射の効く小さな光球を放つ魔法だ。しかし、威力はそれ程無く、ホーリーボールの十分の一程度だ。それでも、敵の足を止めるには十分だ。

レナはフラッシュボールを五発放ち、シルバーの頭、顔、喉、左肩、右胸に全弾命中させた。シルバーが一瞬たじろぐ。そこへカルナが一瞬で体勢を直し、シルバーの右足を斬り付ける「グギャッ」と奇妙な声を上げ、シルバーが後ろへよろめく。そして、立て続けにレナの放ったホーリーボールがシルバーの腹部に命中する。

「グゲェェェェッ」

醜い呻き声を上げ、土煙と共にシルバーの巨体が後方へと吹き飛んでいく。

レナは自分で自分の動きに驚いた。自分でも何故だか分からないが、カルナがシルバーの足に斬り付けるのが分かった。そして、その時にはすでに、ホーリーボールの魔法を唱え始めていたのだ。

「グオォォォォ!イテェゾ、オンナァァ!コロシテヤルゾォー!」

シルバーがそう叫び、深く腰を落とす。そして、一瞬でレナの視界から消える。

「どこ!?」

「レナ、上だ!」

カルナの声でレナは上空を見上げる、すると薄暗い空に、少し小さく影が見える。信じられない高さだ。屋敷にあった見張り台の塔よりも遥かに高い。更に信じられないのは、レナとシルバーの距離は、三十メートル以上はあったのだ。それが、一跳びで届きそうなのだ。いや、確実にレナに向かってきている。躱すのは簡単だ。しかし、それをすればシルバーの思う壺だ。忽ち地面が砕け散る。今の状態だと、その威力を考えるだけでゾッとする。

「間に合って……」と、静かにそう零し、レナはホーリーシェルを唱え始める。

そこへ、重力で加速したシルバーが猛スピードで迫り来る。

「マチゴトクダケチレェェェ!」

シルバーの斧がレナ目掛けて、振り落とされる。

「持ちこたえて!ホーリーシェル!」

レナも寸でのところで、ホーリーシェルの魔法を発動する。

銀の斧と結界が衝突し、耳が割れんばかりの轟音が響き渡る。レナは轟音で一瞬意識が飛ぶ。

「バ……、バカナァァァァァ!」

その声を聞き、朧な意識のまま、レナはシルバーを確認する。すると、銀の斧はコナゴナに砕けており、その破片がシルバーの体の至る処に刺さっており、傷口から紫色の血がダラダラと流れ出している。そして、レナは改めてホーリーシェルの凄さを実感した。

「チグショー、チグショー」

シルバーは喚きながら、壊れた斧を捨て、素手で何度も結界を殴りだす。その度に、シルバーの拳と傷口から紫色の液体がドバドバと吹き出る。

モンスターとはいえ、レナは見てられず、思わず目を伏せてしまった。そうしてすぐに、結界を殴る音が消え、代わりに“ドシーン”と大きな音が一度鳴った。その音でレナが顔を上げると、シルバーが仰向けに倒れており、その頭部からカルナが刀を抜いている姿が見えた。

「カルナー」結界を解き、レナはカルナの元に走る。

「倒したの?」

「ああ」刀を鞘に戻しつつ、カルナが答える。

「そう……。本当にこのモンスター、シルバーだったのかな?」

レナは、今一番素直に疑問に思っている事をカルナに聞いた。

「さぁな、だがこいつは俺達の事を知っていた……」

「じゃあ、カルナはシルバーがモンスターになって生き返ったって思っているの?」

「どうだろうな。可能性は低いがモンスターが化けていた可能性もある」

「可能性が低い?どうして?」

「もしそうなら、昨日の時に変身して襲って来ただろうからな」

「そっか、じゃあやっぱり生き返った?」

「あくまで可能性の話だな。生き返ったとしても自力によるのか、誰かがそうしたのかも分からない。それに、モンスターの体に奴等の精神だけ乗り移ったとも考えられる」

「そっか……」答えが分からないのが、レナは少しもどかしかった。

「考えるだけ無駄だ。知りたければ自分の目で確かめるしかないな」

「自分の目で……、か……」確かにそうなのかも知れない。レナは考えるのを止めた。

と、そこへ。どこかに隠れていたのか、ハワード町長が走ってきた。

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