来訪①

「ククク……。ハーハッハッハッ。また寝ているのかい?お嬢さん。お前がのんびり寝ている間に、真っ赤な町がまた一つ完成したぞ」

レナが、その声で慌てて飛び起きる。

すると、目の前に、あの赤髪の男が……。以前見た時と同じく全身が血に染まっており、腰まで伸びた赤い髪が風に揺れている。顔は又しても逆光で見えない。

「やっと、起きたのかい?お寝坊さん。約束通り殺してやるぜ。そして、この部屋をお前の血で素敵な真っ赤な部屋に模様替えしてやろう。ククク」

「ま、まさか!そんな……。う、嘘……」レナの目に涙が浮かぶ。

「嘘なものか。お前以外は皆死んだぞ。その証拠にほらよ」

そう言って、赤髪の男が何かを放り投げてきた。それをレナは咄嗟に受け止める。そして、恐る恐るそれが何かを確かめる。それはカルナの頭だった。

「いやぁぁぁぁぁぁ」レナは発狂しそうになる。

すると、突然視界が変わる。レナの目に飛び込んで来たのは、部屋の天井だった。

「ゆ、夢?」レナは、ゆっくりと体を起こす。

そこには、カルナの頭も赤髪の男の姿も無かった。しかし、ホッとしたのも束の間、窓の外に目をやると、外が真っ赤だ!

「まさか!」

レナはベッドから飛び降り、窓に飛び付く。そして外の景色に目を凝らす。しかし、屋敷の壁で町までは見えない。慌てて敷地内を見下ろす。すると、敷地の西側にあった、扉を鎖で閉じられた建物の前にジャン団長の姿を見付けた。すると、向こうもレナに気付き手を振ってきた。それを見てホッと胸を撫で下ろし、レナも手を振り返した。

「そう言えば、一番西側の部屋だったわ、ここ……」

窓の外が赤かったのは、夕日のせいだった。

「それにしても、リアルな夢だった」

レナは両手に残る嫌な感触を思い出し寒気がした。そしてふと、自分が汗だくな事に気付く。

「せっかく、久しぶりにお風呂に入ったのに台無しだわ、体だけでも拭こうかしら」ひとり言を零し、レナはお風呂に向かった。

残っていたお湯は思ったより暖かかったが、レナは体を拭くだけにした。

その後ベッドの横に置いてあったポットの水をコップに注ぎ一気に飲みほした。と、同時に“トントン”とドアをノックする音が聞こえてきた。

「クリスティンさん。入ってもよろしいですか?」

「は、はいどうぞ」慌てて髪を整えながら、返事をする。

すると、さっき部屋を案内してくれたメイドが入って来た。

「失礼します。こちら、衣服が乾きましたので、どうぞ」

「あ、はい。ありがとう」

レナは自分の服を受け取った。それには、フワリと仄かに太陽の温もりが残っていた。

「それから、夕食の用意が、後三十分程で出来ますので、また後で食堂にお越し下さい」

「はい。ありがとう」

「いえ、それじゃあ失礼します」頭をペコリと下げて、メイドは部屋から出て行った。

メイドが行ったのを確認すると、レナはすぐに服を着替えた。そして、夕食までの時間、特にする事が思い付かなかったので、レナはカルナの部屋を訪ねる事にした。

レナは部屋を出て、隣にあるカルナの部屋のドアをノックした。

「カルナ、入って良い?」

「ああ」返事と同時にカルナが内側からドアを開けた。

出て来たカルナを見てレナは少し動揺した。それは、カルナが上半身裸で、いつも結んでいる髪を解いていたからだ。間近で見ると、やはり綺麗な顔をしている。

「ご、ごめん。お風呂中だったの?」

「いや」

「そ、そう」

「ああ。それで?どうかしたのか?」

「ううん。何でも無いんだけど、夕食まで時間があるし、カルナと話そうと思って」

「そうか」

「うん。あっ、座って良い?」

「ああ」

相変わらずカルナは素っ気無いが、レナはそれが何かホッとした。そして、フゥーと溜息を付いた。

「ねぇ、カルナ。カルナは今赤髪の男は何処に居ると思う?」

「町の中に居ると思う」さも当然のようにカルナが答える。

「え?町の中に?どういう事?町に着いているのに、おとなしくしているって事?」

カルナの推測が予想外で、レナは驚きが隠せなかった。

「それは、恐らく赤髪の男も結界が破れないからだろう」

「そ、そうか。今、赤髪の男が町の人間を殺したら、フレイの結界に閉じ込められる可能性がある。それで、赤髪の男も町の中で結界をどうするか考えているって事ね」

「ああ、もしくは、俺達がどうにかするのを待っている」

「私達が?あ、でも、ちょっと待って、赤髪の男はホーリーシェルすら破ったのよ。得たいが知れないとはいえ、フレイの結界も破れそうじゃない?」

「レナ。本当にホーリーシェルは破られたのか?」

「そ、それは……。確かにこの目で見たわけじゃないけど、村の人間が誰一人として使ってないって事は無いと思うわ。それでも、一人も生存者は居なかった。つまり、何らかの方法で破ったとしか考えられないもの」

「破ったんじゃなく、使わせなかったとしたら?」

「使わせない?確かに、サイレンスって、魔法があるけど……。村の人間全員に一斉に掛けるのは無理がある気がするわ」

「そこに、奴の能力の秘密があるのかもな」

「能力?フレイや、ミネアの様に?」

「ああ」

「じゃあ、やっぱり赤髪の男はこの町にいる?」レナは自分の発したこの言葉に、緊張を覚えた。

「ああ。だが、あくまで可能性の話だ。もしかしたら、フレイと結託しているかも知れないしな」

「フレイと?」ピクリと一瞬レナの眉間に皺が浮かび上がる。

「ああ。実際、奴はミネアを殺していない」

「それって、あの能力を持ったもの同士だからって事?」

「ああ」

「それじゃあ、今かなり分が悪い状況にあるってこと?」

「そうだな、少なくとも楽観視はしない方が良い」

「そう。私達、勝てるかな?」少し俯き加減に、レナはカルナに聞いてみた。

「さぁな。だが、奴を一番倒せる可能性があるのは、レナ。お前の奥義だ」

そう言って、カルナは真直ぐレナの目を見つめる。そのカルナの瞳を見てレナは何とも言えない気分になった。可能性があるというのも本心なのだろうけど「赤髪の男を倒すのは……、仇を討つのはお前だ!」レナは、そう言われている気がした。それに対して、自分に誓いを立てる意味も込めてカルナに返事をする。

「ええ!私が必ず赤髪の男を倒すわ!そしたら、今度はカルナ、あなたの感情を必ず取り戻しましょう」

「ああ。ありがとう……」

カルナのこの言葉にも、感情は込もっていない。恐らく、過去の記憶から出た言葉だろう。しかし、レナはこのカルナの「ありがとう」が心底嬉しかったし、勇気が出て来た。そしてレナは、自分の考えを口にした。

 「ねぇ、カルナ。私思うんだけど、カルナの感情って完全に失くなったんじゃなくて、心の奥底で今も存在してるんじゃないかな?」

 「ああ。そうかもしれないな……」

そっけないが、カルナがレナの考えを肯定してくれたのがレナは嬉しかった。

 「うん。きっとそう。だってそうじゃないと、一人で旅なんてしてなかったと思うの。しかも、感情を取り戻そうとしてるでしょ?それって、感情が無きゃ取らない行動じゃない?」

 「そうかもな……」カルナは相変わらず、素っ気無く答える。

 「それに、きっかけがあれば一時的とはいえ戻った事があるでしょ?つまり、感情を刺激する事に出会い続ければきっと元に戻るんじゃないかな?」

 「ああ、確かにそうかもな」

 「うん。だから、赤髪の男を倒したら、世界中を一緒に旅しましょ。そこで、楽しい事や、悲しい事、悔しい事、嬉しい事……、他にもいーーっぱい経験しましょ。そしたらきっと、カルナに感情が戻ると思うの」レナはそう言いながら、両手をいっぱいに広げた。

 「ああ。そうだといいな」

 そう言った、カルナの顔が、気のせいかもしれないが、微かに笑ったように見えた。それが、何だか嬉しくて、レナも思わず笑みを零す。

 「うん。絶対そうなるよ。それに、私もカルナとその感情を一緒に味わいたい。楽しい事、悲しい事、悔しい事、嬉しい事、他の全部一緒に共有したい。そして、感情がちゃんと戻ったカルナと向き合ってみたい……」

 そこまで言って、不意に自分が凄い事を言ってるんじゃないかとレナは思った。これって……。レナはふと、アリスとの会話を思い出した。そして、なんだか急に恥ずかしくなり赤面してしまった。

そんなレナをよそに「そろそろ、下りるか?」そう言って、カルナは立ち上がり、服を着始めた。

「そ、そうね。思ったより話しちゃったね」レナは慌てて繕い、そう答えた。

カルナが着替えるのを待って、二人は一緒に部屋を出る。そして、階段のところまで来ると仄かに良い匂いが漂ってきた。

「わぁ、良い匂い。行きましょう、カルナ」

「ああ」

二人は、そのまま階段を下り食堂に入った。すると、二人以外は皆揃っており、料理もすでにテーブル並べられていた。

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