結界⑦

「お帰り。思ったより、早かったね。こっちも丁度、話が終わったとこだよ」そう言って、ウインは肩をすくめて見せた。

「話?」

「え、ああ。ハワード町長がクレア婦人とトーマスさんに赤髪の男について話してたんだよ。後、これからどうするかをね」

「で?どうするの?」少しの期待を込めて、レナは聞き返した。

「どうも出来ないって、話は終わったよ」ウインが、また肩をすくめる。

「そう」レナは、やっぱりかと溜息を付いた。

「まぁ、中に入りなよ」

ウインに連れられて入ったのは、さっきの食堂だ。中に入ると、ハワード一家三人が神妙な顔をして座っていた。レナとカルナが部屋に入って来た事に、一番初めに気付いたのはクレアだった。

「まぁまぁ、お帰りなさい。何かお飲みになりますか?」そう言って、クレアが奥へ向かおうとする。

「あ、私は結構です。カルナは?」

「俺もいい」

「あら?そう?」クレアは残念そうに椅子に座りなおした。

「それで?クリスティンさん、結界を見た感想は?」

ハワード町長が徐に聞いてきた。

「ええ、今までに見た事の無いものでした。信じられないと言うのが正直な感想ですね」神妙な顔を浮かべ、レナが答える。

「やはりそうですか」

「ええ、でも……」

レナが話を続けようとすると、クレアがそれを遮って話し出した。

「まぁまぁ、お二人とも帰ったばかりじゃないですか、少し休まれたら?あっ、そうだ。レナさんお風呂に入られてはどう?何日も入ってないんじゃない?」

「え?お風呂ですか?」

正直レナは魅かれてしまった。確かに、川の水などで髪を洗ったり、体を拭いたりはしていたが、お風呂にはここ何日も入っていない。

「ああ、そうですな。クリスティンさんも、エイモンドさんも昨日は野宿で疲れが溜まっておいででしょう。少し、休まれた方が良いでしょう。どの道、こちらからは何も出来ないのですから」

ハワード町長もクレアと一緒になって勧めてきた。

「で、でも」レナは、少し躊躇してしまった。

そんなレナを見てウインが口を開いた。

「レナ君、そうさせてもらいなよ。カルナ君も休みたいだろ?」

「ああ、そうだな」

「ほらね!決まり」

「え、ええ」

意外にもカルナが休みたいと言ったので、レナは申し出を受ける事にした。

「それじゃあ、メイドたちに案内させるわね。あっそうだ。その服も洗ってあげるわね。今日は天気も良いし、風もあるから、すぐに乾くわよ。それも、メイドに渡してくれたら良いからね」

クレアはそう言って、奥からメイドを二人呼んできて、レナとカルナを案内するように言い付けた。すると、メイドが二人を部屋の外へと導く。すると、ウインも一緒に付いて来た。そして、部屋を出ながら、ハワード町長に話し掛ける。

「ハワード町長、私も少し休ませてもらいます。昨日の部屋を使っても?」

「ええ。もちろん構いませんよ」

「ありがとうございます」ウインが丁寧に頭を下げる。

部屋を出た後、二人のメイドに連れられ、三人は二階へと上がる。階段を上がって、メイドが左へ向かう。それを見てウインがメイドに声を掛ける。

「おや?レナ君達はそっちかい?」

「ええ。そのように聞いていますが」

「そうかい。私の部屋はあっちだ。残念だがここでお別れだね、レナ君」

「え?ええ」レナには何が残念なのか良く分からなかった。

ウインと別れ、廊下を真直ぐ進み、突き当たりの部屋をレナに、その手前の部屋にカルナが入る事になった。

カルナが部屋に入る前に「レナ、何も考えずに今は休め」と声を掛けてきた。レナはこのカルナの声で、凄く気が楽になった。

レナが入った部屋は、とても広く高級な宿屋のようだった。部屋の豪華さに少しあっけにとられているレナにメイドが話し掛けてきた。

「どうなさいます?さっそく、お風呂になさいます?」

「え?ええ。何処にあるの?着替えたら行くわ」

「はっ?あちらに御在ますが?」メイドがキョトンとして部屋の奥を指差す

「えぇ?」驚いてメイドの言う方を見る。

すると、部屋の奥にカーテンに仕切られた、それらしきものが見える。まさか、部屋の中にあるとは。本当に宿屋の様だ。

「えっと、それで、どうなさいます?」

「え?ああ、ええっと、入らせてもらいます」レナは慌ててそう返した。

「そうですか。それではお湯を沸かしますので、衣服をお脱ぎになってお待ちください」

「服を脱いで?」

「ええ。すぐに湧きますので」

そう言ってメイドはレナに、近くに置いてあったバスタオルを渡すと、お風呂の方へと言ってしまった。「すぐに沸く」と言う、メイドの話は信じ難かったが、言われた通り服を脱ぎ、バスタオルを巻いて部屋にあるベットに腰を掛けた。すると、本当にすぐにメイドが戻ってきた。

「あっ、もう良いですよ。どうぞ」

「え?も、もう?」レナは本当に驚いてしまった。正味、五分も経っていない。

「ええ、それでは、こちらの衣服は洗っておきますね。それでは、ごゆっくり」

驚いているレナをよそに、メイドは静かに出て行ってしまった。

レナは半信半疑でお風呂を覗いてみると、確かに湯気が立ち上っている。そして、恐る恐る手を湯船に浸けてみると、やはり暖かい。

「どういう仕組みかしら?」ボソリと零し、レナは周りを見渡す。

しかし、これと言ったものは無い。水を流す排水溝があるくらいだ。次にお風呂の下を覗いて見る。それで、疑問が解けた。そこには、マジックストーンが置いてあったのだ。

「これで、炎系の魔法を発動させて沸かしたのね。それにしても、ここには石が残っているのね」

だが、ここで別の疑問が出て来た。マジックストーンがあるのは兎も角、炎系の魔法は誰が入れていたのかという点だ。他の町から買い入れたのか?しかしそれだと、半年分も、まとめて買い入れた事になる。普通そんなにまとめて買うだろうか?町が今みたいになるって分かっていたなら別だが。すると、一番自然に考えられるのは、魔法を使える人間が居るって事だろう。さっきのメイド?いや、それなら、石を使わず直接魔法を使えば良いだけの話。

と、レナは自分が湯船に入らず考え込んでいた事に気付く。お湯が冷めてはいけないと、慌てて入った。

「ああ、気持ち良い~」レナは自然とそう零してしまった。

「それにしても、魔法を使える人間がいるのかぁ。意外だったなぁ」

レナが意外に思ったのは、町に出た時マジックストーンショップが見当たらなかったからだ。普通、魔法使いの居る町なら石に魔法を詰めて売っている店が並んでいるものなのだ。それが無かった。もちろん、南北の通りにおいてのみだが。

「東西の通りにあるのかしら?まぁ、後で誰かに聞けばいいわね」

レナはお風呂の気持ち良さで頭が働かなくなってしまい、考えるのを止める事にした。お風呂から上がるとレナは自分で思っていた以上に疲れが溜まっていたの事を実感させられた。急激な睡魔が襲ってくる。裸のままベッドに倒れ込みたい欲求を抑え、用意された替えの服を着てベッドに倒れ込む。そして、そのまま眠りに入るのに一分も掛からなかった。


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