結界⑥
「ちょっ、ちょっと待って下さい。クルリエル様は、残ってもらえませんか?案内ならジャン団長に任せますから」
「え?どうしてですか?」ウインが不思議そうにハワード町長に聞き返す。
「い、いえ、唯、皆様行かれますと、ここの警備が……」
「ああ。そういう事ですか。少しの間ですし平気でしょう。ハワード町長も昨日おっしゃってたじゃないですか、奴は同じ日に二度は来ないと」
「で、ですが、赤髪の男の事もありますし」
ハワード町長の額に、うっすら汗が浮かび上がる。それにレナが気付く。
「ウインさん、残ってあげて。私達は別に誰が案内でも構わないから」
「そ、そうかい?分かったよ」レナに言われ、ウインは少し残念そうに答えた。
その答えを聞き、ハワード町長はホッと胸を撫で下ろした。と、そこへ、いつの間にかクレアがコーヒーを運んで来た。
「あら、何処かへお出かけですか?」
「ああ。クレア、誰かにジャン団長を呼んで来させてくれないか?」
丁度良いとばかりに、ハワード町長がクレアにそう頼んだ。
「え?ああ、はいはい。分かりました。じゃあコーヒーはここに置きますからね」
そう言って、クレアはお盆のままコーヒーをテーブルに置き、また奥へ戻って行った。
「それじゃあ皆さん、ジャン団長が来るまでコーヒーでも飲んで待ってましょう」
そして、ハワード町長自らコーヒーを皆に配った。
「あの、ハワード町長。ジャン団長って?」レナが何の団長か気になり質問してみた。
「ああ、ジャン団長は我が町の自警団の団長なのですよ」
「ああ、なるほど」レナが納得して、二、三回頷く。
「はい、そうなのです」
と、そんな会話を始めたところに、ガチャッと部屋のドアが開き、若い男が入って来た。
その男は短めの金髪を全て後ろに倒し、肌の色は褐色でいかにも剣士と言う風貌をしている。恐らくこの男がジャン団長だろう。
「お呼びだそうでぇ?ハワード町長?」
その男は見た目と違い、口調はとても軽く、間延びする喋り方だ。
「ああ。早かったな。実はお前に、こちらの二人。クリスティンさんとエイモンドさんに町の中と結界の案内をしてやって欲しいのだ」
「え?いいんすかぁ?俺が屋敷から出ちまっても?」
「ああ。クルリエル様が残ってくれる」
「あぁ~、はいはい。そういう事っすか。そういう事なら喜んで案内しますよぉ」
ジャン団長は少し皮肉を込めて言った。しかし、ハワード町長はそれを無視する。
「ああ、頼んだぞ」
「はいはい。それじゃあ、ご両人参りましょうか?」そう言って、ジャン団長は面倒くさそうに頭を掻いた。
「ええ」レナが返事をし、席を立つ。と、同時にカルナも席を立つ。
「レナ君、気を付けて」
ウインが部屋を出るレナに、まだ少し名残惜しそうにそう言った。
「ええ、ウインさんもここを守ってあげてね」レナはそう返し部屋を後にした。
そして、屋敷を出てすぐにジャン団長が口を開いた。
「あ、そういやぁ東西南北どっちへ向かうんだ?」
「あ、どうしよう。何も考えていなかったわ」
「おいおい、そうなのかぁ?」ジャン団長は、呆れたと言わんばかりに、頭をボリボリと掻きだした。
「ええ。取り敢えず、結界を見たかっただけだから」
レナは困った顔で、ジャン団長の顔を覗き込んだ。すると、ジャン団長が溜息をついてから、口を開いた。
「ああ。そういう事か、それなら北側がお勧めだなぁ。まだ活気がある」
「どうして?」
「この町は、南北の大通りに商店が、東西に工業系の店や石の加工場が並んでいる。んでもって、半年前から町から出られなくなって鉱山にも行けなくなった。で、今や東西の大通りは閑古鳥が無きまくってるってぇ訳さ」そう言って、ジャン団長は大げさに両手を広げた。
「ああ、なるほど、それで。あ、でも東西に加工場があるって事は、そこにマジックストーンもあるの?」レナは少し期待を込めて聞いてみた。
「い~や、無ぇよ。それも一個も」
「え?どうして?」予想外の答えに、レナはキョトンとしてしまった。
「あんたら、風蜥蜴って知っているかぁ?」
「え?ええ」
「ああ、そうか。あんたら南の洞窟を通ってきたんだよなぁ、そりゃあ知っているか。んで、その風蜥蜴の奴らが半年前、丁度フレイが結界を張った頃に来たんだよ」
「それで、全部持って行かれたの?」レナは答えを急ぎ、聞き返した。
「い~や、今言ったろぉ?結界を張った頃って、そいつらはこっちが結界の説明をする暇も無く石と一緒に結界に突っ込んで燃えちまったんだとよ」
「ジャン団長は、その場に居なかったの?」ジャン団長が誰かに聞いた風にそう言ったので、レナは確認した。
「ああっと、その話は町を歩きながらするとしようかねぇ。と、言うわけで北で良いだろ?」
「あ、ええ。任せるわ」何かあるのかしら?レナは思ったがジャン団長に従う事にした。
「よし。決まりだな。あっちにゃうまい鶏を食わす店があるんだよなぁ、ヒヒッ」
どうやら、それが目的だったらしい。そう零したジャン団長は屋敷をぐるりと回り北の門へと向かった。門を出ると、大通りが真直ぐ伸びており、ジャン団長の言った通り人の姿がチラホラ見え、少し活気がある。
「それで、ジャン団長さっきの話だけど……」
屋敷を出てさっそく、さっきの話の続きをレナがしようとすると、ジャン団長がレナの目の前に掌を突き出してきた。
「ああ、ちょっと待ってくれ、ほら、あそこに屋台が見えんだろぉ?あそこの鶏がうまいんだよ。あれを買うまで待ってくんない?」
「え?ええ……」レナは、ジャン団長の緊張感の無さに少しあっけに取られてしまった。そして、黙ってジャン団長と共に屋台に向かう。
「あら、ジャン団長じゃないかい。久しぶりじゃないかい。どうしたんだい?町長の護衛は首になったのかい?」
屋台で鶏肉を焼いている恰幅の良いおばさんが、ジャン団長を見つけ、嬉しそうに話し掛けてきた。
「首の方がよっぽど有り難いんだがなぁ」ジャン団長は苦笑いを浮かべ、手で首を斬る真似をした。
「あら、じゃあ休みを貰ったのかい?」
「はん、まさかぁ。観光案内だよ。こっちの二人のね」
「あら、旅の人かい?ツいてないねぇ」そう言って、店のおばさんが、レナとカルナに話し掛けてきた。
「いえ、今回は運の良い方です」
レナが苦笑しながらそう返すと、そのおばさんが大げさに驚く。
「あらまぁ、運の良い方って!あんたらどんな旅をしてきたんだい?まだ若いだろうに」
「って、おばちゃん。話はその辺にして、骨付きのモモ肉をくれよ」
ジャン団長が我慢できない様子で、おばさんを促す。
「ああ、そうだね。そっちの二人は?」
「私達は、さっき食べたばかりなので」
「あら、そお?そっちの兄さんもいらないのかい?」
「ああ」と、カルナが相変わらず、無愛想に返したのにもかかわらず。客商売をしているだけあって、笑顔で軽く返してきた。
「あら、残念ねぇ。若いんだから、いっぱい食っときゃ良いのに。それじゃあ、はいよ、ジャン団長」
「ああ、ありがと。また、寄れたら寄るよぉ」
「あいよ!待ってるからね。毎度あり」
骨付き鶏肉を受け取り、ジャン団長は店を離れる。その後に、レナとカルナが続く。
「うめぇ!久々に食うけど、やっぱうめぇなぁ、こいつは」ジャン団長が歩きながら肉にかぶりつき、上機嫌でそう零した。
「ジャン団長って、そんなに長い間、町に出てないの?」レナは、さっきのおばさんとジャン団長の会話が、気になって聞いてみた
「ああ。前に屋敷の外に出たのは、一ヶ月以上前だなぁ。しかも出たのは、半日だけ」
「一ヶ月!?どうして、そんなに?」
「どうしてって?そりゃあ、あのビビリの町長のせいさ!」
表情には出さないが、明らかにジャン団長の口調が変わったのにレナは気付いた。
「ビビリって?ハワード町長の事?」
「ああ、そうさ。あの町長はフレイを異常に怖がってやがって、常に近くに戦闘能力の高い人間を置いておきたいんだよ」
今度は、表情も加えてジャン団長が不満を漏らす。
「それで、ジャン団長を?」レナは少し圧倒されて、恐る恐る言葉を返した。
「そういう事。だが今回は、あのウイン=クルリエルが居るからなぁ。俺はお払い箱ってぇ訳だ。まぁ、逆に有り難いんだけどなぁ」
「ふふっ、でも何だかんだ言いつつも、ちゃんとハワード町長をこれまで守ってきたんでしょ?ジャン団長は正義感が強いのね」
レナはジャン団長を褒めたつもりだった。しかし、ジャン団長は呆れたといった感じで、深く溜息をついてから口を開いた
「ハッハッハッ。クリスティンさんだっけ?」
「レナで良いわ。何?」ジャン団長の言い方に少しとげを感じ、レナは身構えるように言葉を返した。
「じゃあ、レナ。レナは随分、良い家の出なのかい?」
「え?どうして?」
「いや。今の俺の話で、正義感で町長を守ってると思ったんだろぉ?」
「ええ、そうよ。違うの?じゃあ、何で自警団なんてしているの?お金の為?」レナは、最後に少し皮肉を込めて、そう返した。
「まさか!町の皆を守る為さ!それが、あの屋敷に監禁状態。俺がその場に居れば、救えた命もあったかも知れないのに……」ジャン団長はそう言って、悔しそうに拳を握り締めた。
ジャン団長の本心を聞き、レナはさっきの言葉を後悔した。そして、その事で沸いた罪悪感を払う為、苦し紛れにレナはジャン団長に提案する。
「そ、それじゃあ、町長護衛の任を解いて貰ったら?」
「フン!それができりゃあ、苦労は無いねぇ。この町で町長に逆らったら、生きていけないんだよ」
「そ、そんな。あっ!でも、今日ハワード町長、外に出てたわよね。あの時ジャン団長いた?」
「い~や。その時はクレア婦人の護衛に残らされてたんだよ」
「じゃ、じゃあ。ジャン団長が思っているよりは、ハワード町長、勇気があるんじゃない?だから頼めば何とかなるじゃない?」
「あんた、本っ当に人が良いなぁ。違うよ、あいつはビビリだ。俺や自警団の連中と屋敷に居るより、世に名高いウイン=クルリエルの側にいた方が安全と踏んだのさ」
「でも、どうしてウインさんを屋敷に止めなかったのかしら。今みたいに」レナは素直に疑問を口にした。
「今回は、あんたが残る様に頼んだんじゃないのか?」
「え?ええ、そうだけど?」
「ハッハッ!やっぱりな。あの男は、かなりの女たらしみたいだなぁ。町長じゃなくて、あんたの頼みを聞いたんだよ。実際、フレイとの戦闘も偶然だったのさぁ。あの男、町長が止めるのも聞かず、アリシアが町一番の美人と聞いて、見に行ったのさ。そこにフレイが居ただけって分けだ」
レナは驚きというより、呆れて言葉が出なかった。
「ククッ。まぁ、考えようによっては使えるけどな」
「使える?」
「ああ、あんたが頼めば、あの男は大概の事は聞いてくれんじゃねえか?剣の腕はかなりのものみたいだしなぁ。ハッハッハッ」
「う~ん……」レナは、あまりの緊張感の無さに気が抜けてしまった。しかし、途中からジャン団中の機嫌が直ったのには正直ホッとした。それで、レナが胸を撫で下ろしていると、「っと、もう着いちまった」そう言ってジャン団長が足を止めた。
そこには町の出入口らしく、木で出来た門の様な物が建っている。
「あっ、そうそう。さっきの話だがぁ……」
ジャン団長が、何を言おうとしたのかが分かり、レナが途中で遮り口を開く。
「ええ、安心して。町長には言わないから」
「頼むぜ。バレたら殺されかねないからなぁ」ニヤッと笑いながら、ジャン団長がおどけて、そう零した。そして、その後すぐ真顔に戻る。
「よく見てな!」
ジャン団長は、手に持っていた鶏肉の骨を門に向かって投げ捨てた。すると、急に骨が空中で燃え上がり跡形も無く消えてしまった。
「な!」レナが驚いて、思わず声を上げる。
「どうだ?驚いただろ?」
「ええ。こんな結界があるなんて……」
レナも自分の目で見てしまったから、信じない訳にはいかない。
「何とかなりそうかぁ?」
「分からないわ。でも、もしかしたら……」
「何とか、なるのか!?」ジャン団長が信じられないといった感じで声を上げた。
「ええ。でも、結界そのものを消すのは無理ね。一人ずつ通す事なら出来るかも。それもあくまで、もしかしたらだけど。だから、住民皆を安全に逃すのは無理ね」
「そうか。だが、それで十分だ!今、俺を通してくれ。あそこに、丘の上に建物が見えるだろう!?あそこにフレイが居る。俺が行って倒してくる!」
そう言って、ジャン団長が指差した丘の上には、別荘と言うよりは、小さな城といった感じの建物が確かにあった。
「駄目よ!一人じゃ危険だわ!」レナは首を横に振る。
「分かってる。それでも、俺は行きたいんだ。行かなきゃならねぇ」
「無理よ!それに、この町の危機は、もはやフレイだけじゃないの。戻って、何か作戦を立てないと」
レナがそう言って戻ろうとすると、突然ジャン団長が剣を抜きレナに向けた。
「通せ!」ジャン団長が声を荒げてレナに命令する。
それを見てカルナが刀に手を掛ける。
「カルナ!」レナがカルナを制する。そして、ジャン団長を黙って真直ぐ見つめ返す。
そのまま、三人とも、ピクリとも動かない。風の音だけが辺りに響く。
「チッ、しゃーねぇなぁ」ジャン団長は、諦めて剣を鞘に戻した。
「ごめんね。ジャン団長」
「いーや。俺も大人気無かった。すまねぇ」
「ううん。ジャン団長が本気で町の事を考えてるのが分かったわ」
「まぁよ!これでも、自警団の団長だからよぉ。ハッハッ!」ジャン団長は少し照れて、鼻を擦りながら、豪快に言ってのけた。
「ええ。それじゃあ戻りましょうか」レナはホッと笑みを零した。
「ああ。と、そう言えば、フレイ以外にも危機がある様な事、言ったよなぁ?さっき」
「ええ。戻りながら説明するわ」
「ああ。そうしてくれ」
レナは戻りながら、赤髪の男の事や、これまでの旅の事を簡単に説明した。流石にジャン団長もショックを隠せなかった様だ。屋敷に着くまで終止、黙ったままだった。
「俺はこのまま、詰め所に戻る事にするわぁ。頭の中を整理してぇしな。あんたらは、屋敷に行きな。誰か、出迎えてくれるはずだ」
屋敷の門をくぐるとすぐ、ジャン団長はそう言って先に行ってしまった。
「ふぅ~、私達も戻りましょうか?」
「ああ」
レナとカルナは屋敷をぐるりと回り、正面の入り口に向かった。すると、ガチャッとドアが開き、ウインが出て来た。
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