結界⑤

「あなた方もさっき見られた、あの赤い逆毛の男フレイ=バーンズ。何歳くらいに見えましたか?レナさん」

「え?二十代前半位ですか?」

「あの男、実は私と同じ七十歳なのですよ」

「え!?」思わずハワード町長の顔を直視してしまう。

「驚くのも無理ありません。我々もフレイがあの姿で現れた時、目を疑いましたから」

「ほ、本当に本人なんですか?息子とかではないのですか?」

「ええ。それはありません。何故なら、あの男は五十年前から半年前まで、牢の中に居たのですから……」

「五十年前から?一体何があったんですか?」

「クリスティンさん、あなたも魔法を使われるようですね?」

「はい」

「今でこそ、魔法はポピュラーな存在ですが、五十年前は魔法を使える者など、殆ど居なかった。場所によっては、魔法を使えるものを忌み嫌い批難する者も少なくなかった。特に、ここの様な辺境の町では……。そして、五十年前のある日、この町で起こってしまったのです。魔女狩りが……」

「そ、それで、その対象がフレイに縁のある者だったんですね」レナは最後まで聞く前に、何となく何があったのか悟ってしまった。

「ええ、フレイの妹でした。フレイの目の前で火に掛けられました」

「ひ、酷い」想像通りの答えにレナは、胸が痛くなった。

「ええ、酷い話です。その当時、同じ血を持つフレイも殺されかけました。しかし、フレイ自身は魔法が使え無いという理由で、投獄だけで済んだのです」

「そして、そのまま五十年が経った……」

「ええ、そうです」

レナは、ハワード町長がさっきここに来る途中「あんな犯罪者、情けなど掛けず五十年前に殺しておけば良かった」と言っていたのを思い出した。だが、今の話だとフレイは何も悪くない。もちろん、その妹も。むしろ、被害者だ。まるで、自分の事しか考えていない。そのことを考えるとレナはゾッとした。柔和な顔をしているが、レナはハワード町長の事が少し怖くなってしまった。だが今は、そのフレイが町の人間を苦しめているのも事実。それは止めなければ。レナは取り敢えず、ハワード町長に疑問をぶつける事にした。

「フレイは、どうやって牢を脱獄したんですか?」

「さっき見られたでしょう?あの炎で鉄格子を溶かして出たんですよ」

「そ、それじゃあ、何で今になってなんでしょう?」

「ああ。それは、あの能力は恐らく半年前に目覚めたものでしょうから」

「半年前に?」

「ええ。多分、魔法の才の血が目覚めたのでしょう。本人は神に授けられたと言ってますがね。バカバカしい」

「神に!?」レナはその瞬間、思わずカルナを見てしまった。

レナと目があったカルナはゆっくりと頷いた。ミネアと同じ事を!レナは思った。恐らく似たような原因で目覚めたか、与えられたのだ。現にあの炎は魔法じゃなかった。

「どうしました?何かご存知なのですか?」ハワード町長が二人のやり取りを不思議に思い、聞いてきた。

「いえ。ここに来るまでに、フレイと同じ様に突然、謎の能力を手に入れた者を目にしたものですから」

「謎の?魔法ではないのですか?」ハワード町長が少し前のめりになり、喰い付いてきた。

「はい。あれは魔法ではありません。魔法を使った時に必ず出る魔法力の波動が全く感じられませんでした」

「では、一体何なのですか?」

レナは、ハワード町長が純粋な疑問というより好奇心で、聞いてきているように感じ、少しひいてしまった。

「それは、私達にもわかりません」

「そ、そうですか」ハワード町長はそう言って、ガックリと肩を落とす。

二人の会話が途切れるの見計らって、ウインが口を開く。

「カルナ君は何か意見は無いのかい?何か知ってそうだけど」

ウインが、ずっと黙っているカルナに意見を求めてきた。恐らく、先程のレナとのやり取りを見て、他にも何かあると睨んだのだろう。しかし、カルナは無愛想に答える。

「特に何も無い」

「何も無いって、君ねえ!」

カルナの答えにウインが少しムッとしたのを見て、レナが慌てて説明する。

「ウインさん。彼は理由あって感情を失くしてしまっているの。だから、怒らないで」

「え?感情を?本当かい?カルナ君」

「ああ」

「そ、そうか、それは、すまなかった」ウインは少しバツが悪そうに詫びを入れる。

「いや、気にしていない」

その会話の後、少しの沈黙が流れた。そして、その沈黙を破ったのはレナだった。

「あの、ハワード町長、もう一つ聞きたい事があるんですけど」

「あ、ああ、はい何でしょう?」

「何故、誰もこの町から出られないんですか?ウインさんも、さっき町に入った段階で巻き込まれたと。どういう意味ですか?」

「ああ、その事ですか。それは、あのフレイが結界を張ったからですよ。それも、この町全体を覆う程の大きな結界をね」ハワード町長は少し機嫌悪そうに言った。

「この町を覆う程の?そんな事が出来るのですか?いえ、それ以前に私達は何の苦も無く、この町に入れましたよ?」レナには、ハワード町長の言っている事が、とても信じられなかった。

「この町に来た人は皆、今のクリスティンさんと同じ反応をしますよ。私も初めは信じられませんでしたよ。でも、存在するのですよ。入る時には全く反応せず、出る時だけ反応する炎の結界がね」

「そ、そんな……」信じられない、と言おうとしたレナの言葉を遮り、ウインが口を挟む。

「レナ君、信じられないだろうけど本当なんだ。私も実際自分の目で見るまでは、とても信じられなかった。ああ、そうだ。これから見に行ってみるかい?良かったら、私が案内してあげよう」

レナが、結界の話を信じきれてない様子に気付き、ウインがそう提案してきた。

「ええ、そうね。ついでに町の様子を見てみたいし」レナは少し考えた後、そう答えた。

「それじゃあ、決まりだね」

そう話がまとまりかけた時、ハワード町長が慌てて二人を止めた。


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