結界④

「あなた!トーマス!よく無事で……」

「ああ。クルリエル様が居てくれたからね。それに後ろの二人も」

「あら、どなた?」

「レナ=クリスティンさんとカルナ=エイモンドさんだ。ええっと、そう言えば名前以外何も聞いていませんでしたな」

「あっ、私達は……」

レナが自分達の事を説明しようとするのを町長婦人が制する。

「まぁまぁ、ここで立ち話も何ですので、中にお入りください」

そう言って、婦人が皆を中へ案内する。中に入ると、正面に二階へと続く大きな階段があり、部屋の左右にそれぞれ二つずつドアが見える。そして、その内の一つ。右側の手前の部屋に皆が通された。部屋に入ると中からいい匂いが漂ってきた。

「皆さん、お腹空いてませんか?丁度、お昼を用意していたところなんですよ」

そして、町長婦人が部屋の中央のテーブルに皆を座るように勧めた。そのテーブルは裕に十人は座れる長方形の大きな物だ。その上座にハワード町長が座り。ハワード町長から見て右側にレナとカルナが、左側にウインが座った。

「母さん。すまないけど……」

トーマスは席に着こうとしない。そのトーマスの顔を見て。町長夫人は全てを悟る。

「ああ、やっぱり、なんて事……。分かりました。部屋で休んでなさいトーマス」

「ああ……」そう返事して、トーマスは部屋を出て行く。

それを見届けた後、町長婦人が夫に話し掛ける。

「だから、屋敷からは出ない方が良いって。あなた、やっぱりアリシアさんは……」

「ああ」

レナは自分の耳を疑った。まさか!胸の鼓動が一気に速くなるのが分かる。息苦しい。嫌な汗がレナの頬を伝う。

「どうかしたのか?レナ君」ウインがレナの異変に気付き声を掛ける。

しかし、息が詰まってレナは返事が出来ない。

「ク、クレアさん水を!」

「え、ええ!すぐお持ちします」

ウインに言われ、町長婦人が奥の台所に走り、すぐにコップに水を入れて持ってきた。

「はい、クリスティンさん水よ。飲んで」

「す、すいません」胸を抑えながら、レナは水を受け取る。

一同がレナの様子を伺う。

「大丈夫かい?レナ君?」ウインが心配そうにレナに声をかける。

「え、ええ。もう大丈夫です。すいません、心配掛けて」

「大丈夫?お食事は摂れそう?」クレアも、心配そうにレナに声を掛ける。

「ええ、大丈夫です。すいません」レナは無理矢理笑みを浮かべて、そう答えた。

「それじゃあ、クレアは食事の用意をしてくれ」

「え、ええ」

ハワード町長にそう言われ、クレアは少し不安そうに一度レナの方に振り返った後、奥の台所に入って行った。それを見届けハワード町長はレナに声を掛ける。

「クリスティンさん、一体どうなさったのですか?」

「すいません。間違いなら良いんですが……」

「何でしょう?」

「さっき、おっしゃったトーマスさんの奥さん……」

「え?アリシアの事ですか?何か知っているのですか?」

間違いない。確かに、アリシアと言った。レナは覚悟を決めて話を進める。

「ええ。アリシアさんはもしかして、南のサラニカの町から嫁がれて来られたのでは?」

「ええ、そうです。鍛冶屋の二人姉妹の一人です。私共の町のお得意さんの娘だったんですよ。ああ、まさか家族の方のお会いになられた?それで……。残念な話です。もう少し早ければ」ハワード町長が口惜しそうに、テーブルの上で両の拳を握り締め、俯いてしまった。

「いえ、違うんです……」レナは涙が出そうになるのを必死に堪える。

「違う?どういう事ですか?」驚いてハワード町長が顔を上げる。

「私達が出会ったのは……、娘のアリス……、だけなんです」

「アリスだけ?話が見えてきません。申し訳ないのですが順を追って話していただけませんか?」

「はい。その前にこれを……」そう言って、レナはアリスの形見となってしまった剣をハワード町長に手渡した。

「これは、もしかして、アリシアの実家に飾ってあったものですか?」

「はい、そして、アリスとご両親の形見なんです」

「え!?何を言っているのです?」

ハワード町長は目玉が飛び出るくらい大きく目を見開き、レナと剣を交互に見ている。そして、レナは静かに語り始める。サラニカの町が滅ぼされた事、そこでアリスを保護した事、そしてここに来る途中で殺された事、自分達の旅の目的がサラニカの町を滅ぼした張本人『赤髪の男』である事、更に赤髪の男の次のターゲットが、このグランドマインであるという事を。

「そ、そんな事が。信じられません」ハワード町長は、テーブルに肘を付き、首を横に振りうな垂れてしまった。

「無理もありません」レナも、それ以上言葉が思い付かず下を向いてしまう。

そして、少しの間、沈黙か続いた。そして、その沈黙を破ったのはハワード町長だった。

「えっと、その赤髪の男?ですか?。そんな、一人で町を滅ぼせる様な人間が本当に存在するのですか?クルリエル様は、ご存知なのですか?」ハワード町長は、どうしても信じられず、ウインにも聞いてみた。

「ええ、噂だけですけど。ハワード町長もご存じないですか?何年か前から大陸の各地で村や町が滅ぼされ、その被害は万を超えるという話を」

「ええ、その話なら噂で。ですが、あれは得体の知れないモンスターか何かの仕業だと」

「いえ、それが実は、その正体が真っ赤な髪をした人間の男と判明したんです」

「そ、そうなのですか?何分こんな山奥ですから。しかも、この半年フレイのせいで外部の情報が中々入ってこないもので。そんな男がこの町を狙っているとは……。この町は呪われているのか?」ハワード町長は頭を抱え込んでしまった。

そこへ、クレアとメイドらしき女性たちが料理を運んできた。

「あなた?どうかしたの?」食卓の重い空気に気付き、クレアが夫に声を掛けた。

「いや、少し問題が増えてしまっただけだ」

「問題?」

「お前とトーマスには後で話すよ。取り敢えず食事にしよう」

「え、ええ。わかりました」

そう言って、クレアはメイドと共に奥に残りの料理を取りに行った。出て来た料理は昼食にしては、かなり豪華なものばかりだ。流石は町長の家と言ったところだ。

「さぁ、皆さんも遠慮せずに召し上がってください。自慢じゃありませんが、うちのクレアの料理の腕は、そこいらの料理人を上回りますから」

ハワード町長が自慢するだけあって、その料理はとても美味しく、レナは少し感動すら覚えた。こんなご馳走は、以前いつ食べたか覚えていない。レナは今のこんな状況でもそんな事を考えてしまう自分に少し自己嫌悪になってしまった。そんなレナの様子に気付き、ハワード町長がレナに声を掛けてきた。

「おや、お口に合いませんか?」

「い、いえ。とても美味しいです」レナは慌てて、そう返した。

「それは、良かった」ハワード町長が満面の笑みを浮かべた。

しかし、次のレナの質問で一転、険しい表情になる。

「ハワード町長、そろそろこの町に何が起こっているのか、教えて頂けませんか?」

「あ、ああ。そうでしたね」そう零し、一度深く息をついてから、ハワード町長は語りだした。

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