結界③

「ハワード町長。大丈夫ですか?」ウインが町長を気遣う様に声を掛けた。

「ええ、何とか。クルリエル様、そちらの方達は?」

「えっと、彼女達は……」

ウインが説明しようとしたのを、遮りレナが自ら口を開く。

「私はレナ=クリスティン、彼はカルナ=エイモンドです」

「私はこの町の町長、ジン=ハワード。そして、隣のこいつは息子のトーマスです」

父に紹介されたのに、息子のトーマスは下を向いたまま何の反応も示さない。

「すいません。でも、今は息子の無礼をお許しください」

「いえ、気にしていません。それより、一体何があったのですか?」

「息子は、今さっき最愛の妻を殺されたところなんです。あの、フレイ=バーンズに!」

そう言って、ハワード町長は口惜しそうに、胸の前で拳を握り締めた。

「え!?」ハワード町長の予期せぬ言葉にレナは動揺した。

そして言葉を失っているレナにハワード町長が口を開く。

「驚くのも無理ありません。ここでは何ですので、私の屋敷で詳しくお話しましょう。そちらの事情も、お伺いしたいですし」

「ええ、わかりました」レナがゆっくりと頷く。

「トーマス、帰ろう」ハワード町長が息子のトーマスに呼びかける。

しかし、トーマスは下を向いて動かない。

「トーマス!トーマス!帰るぞ!」

「あ、ああ。すまない、父さん」

トーマスが父の呼び掛けにやっと反応する。そして、二人並んで大通りを北へと歩き出す。その後に、ウインが続き、さらにその後をレナとカルナが並んで歩く。そのまま、少し歩いた所でハワード町長が口を開いた。

「この先に塔が見えるでしょう?あそこに私の屋敷があります。そして、その屋敷を中心に、今私達が歩いている様な大通りが東西南北に走っています。南側は、今私達が歩いている場所で、皆さんご存知のように闇の森に通じています。西側の通りを行けばマジックストーンの採れる鉱山が、東側の通りを行けば良質の鉄鉱石が採れる鉱山があるのです。ですから、小さな町にもかかわらず、皆裕福に暮らせる、恵まれた町なのですよ」

レナは思った。ハワード町長がいきなり町の説明をしだしたのは、恐らく、ハワード町長自身、皆の無言の空気の重みに耐えられなかったのだろうと。そして、話の中に北側の説明が無かったのを不思議に思い、レナは思い切って聞いてみる事にした。

「あの、ハワード町長、それじゃあ北……」

「レナ君!」

レナがその質問をしようとした時、ウインが首を横に振りながらレナを制した。しかし、ハワード町長はレナの質問を聞き取っていた。

「北……、北側ですか?そこには町を一望できる小高い丘がありましてねぇ。その頂上に私の別荘があります」

「そ、そうなのですか?」レナは、ハワード町長の様子が変わったのに気付いた。

そして、ハワード町長はレナの返事を聞くや否や、急に怒り出してしまった。

「ええ、そうですとも!それはもう、立派な別荘がね。それを、それを今は、フレイのクソ野郎が使ってやがるのですよ。考えただけで腹立たしい。取り返したくとも、我々は町を出る事が出来ない。何故、あんな野郎にあんな能力が身に付いたのだ。あんな犯罪者、情けなど掛けず五十年前に殺しておけば良かったのだ」

ハワード町長は、そう一気にまくし立てると鼻をフゥフゥ言わして、又何も喋らなくなってしまった。レナはしまったと思いつつも、ハワード町長の言葉の中にいくつか気になる事があった。しかし、流石に今は聞けなかった。そして五人は、そのまま又、無言で歩き出した。

さらに、少し歩いた所で、前方に今歩いてる大通りを遮るように、壁が広がっているのが見えた。そして、その壁の中央に門らしき物が見える。遠くからでも、その大きさが分かる。しかし、目の前までやって来ると予想以上の大きさにレナは驚いた。その壁は高さが五メートル程で、門を中心に左右に五十メートル程伸びている。

驚いているレナをよそにハワード町長が、敷地内にある塔に向かって手を上げる。すると、すぐに目の前の門が内側に開いていく。どうやら、塔は見張り台の役目を果たしているらしい。

「お帰りなさいませ、町長」

門が開くと二人の武装した男が出迎えた。

「ご苦労、何も変わりないか?」

「はい。異常ありません」

「そうか。だが、警備は抜かるなよ」

「はい」

「それでは、皆さん参りましょう」

そのやり取りの後、ハワード町長を先頭に門の中に入っていく。中に入ると敷地内には三つの建物があった。正面には、恐らく町長一家が住んでいるのだろう、一番大きくて立派な屋敷がある。向かって右手には、ずっと見えていた塔が立っている。その根元に石作りの建物がある。恐らく、ここで警備兵達が生活しているのだろう。そして、反対の左手には、そこだけ何の手入れもされていない様な古びた小さな小屋がある。

何だろう?レナはその古びた小屋が何故か一番気になった。しかし、さっきの事もあって聞くのを止めてしまった。そして黙って、ハワード町長の後に着いて行くと、やはり正面の屋敷に向かった。すると、玄関のドアが開き一人の老婦人が走ってきた。

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