結界①

「レナ、起きろ」

 「う……ん。もう朝?」

 「ああ。日が思ったより昇っているみたいだ」

 「え?でも、まだ薄暗いじゃない」

 「ああ。木々のせいで朝日が届くのが遅れたようだ」

 「嘘?そ、それじゃあ、急いで出発しましょ」

 二人は急いで身支度を終え、その場を出発する。洞窟に着くまでの間に二人は歩きながらパンを食べた。レナはパンを食べながら、聖地での修行の時もユーリカに起こされ、慌てて部屋を出ていた事を思い出した。

 「何か、全然成長してない気がする」レナはポツリと愚痴をこぼした。

 そして、そのまま洞窟の手前まで来ると、カルナが口を開いた。

「やはり、見張りは居ないか」

 カルナがそう言った通り、洞窟の前は昨夜と同様に誰も居ない。それを見て、レナは不安を口にする。

 「やっぱり、赤髪の男が……」

 「ああ、急いだ方が良いだろう」

 そう言って二人は、洞窟の入り口まで走り、中を覗き込む。中は陽の光が届かず真っ暗だ。その様子を見て、レナはカルナに相談を持ち掛ける。

 「ねぇ、カルナ。もし誰か居たら、私達の存在を知らせちゃう事になるんだけど、洞窟全体を明るく出来る魔法があるんだけど、どうしよう?」

 「唱えて構わない。どの道、誰か居たら待ち伏せか、罠を張っている可能性がある。なら、暗闇より明るい方がいいだろう」

 「分かったわ。じゃあ、唱えるわね」

カルナの意見に納得し、レナが呪文を唱え始める。するとレナの両手がフワッと青白い光を放ち出す。そしてその手を洞窟の壁に押し当てる。すると、レナの手から壁に光が移り、洞窟の手前から徐々に光が奥へと広がって行く。

 「凄いな……」カルナがぼそりと零す。

このカルナの一言で、レナは今までカルナとの会話で感じた違和感が何なのか気付いた。

 「ねぇ、カルナ。感情を失くしていても、凄いとか思うの?」

 そうなのだ。今までカルナはレナに気遣った言葉を何度か言っていたのだ。喋り方に感情が込もっていないから気付かなかったが、感情を失くした人間が気遣ったり、驚きの表現を口にするのだろうか?レナはそこに疑問を感じたのだ。

 「思わない……」

 カルナからは、意外な一言が返ってきた。

 「思わないって……。思わないのに口にしたの?」

 「ああ、これは癖だ」カルナはそう答えながら、洞窟の中へと入っていく。

 「癖?」レナもそう聞き返した後、カルナに続いて洞窟へ足を進める。

 「ああ、俺は生まれつき感情が無いわけじゃない。だから感情を失った時、あった頃と同じ言動を取っていれば、元に戻るかと思って試していた。その時の名残りだ」

 「ああ、それで……。納得したわ。あっ、でも、言葉によっては感情が込もっていないと、皮肉に聞こえちゃうから、事情を知らない人相手には気を付けた方が良いかも」

 「ああ、そうだな」

 「うん。それにしても、思ったより広いわね」

 周りを見渡しながら、レナが話題を洞窟に移した。

 「ああ。行商が使うと言っていたから、馬車でも通れる様にしたんだろう」

 「そっか。という事は、距離もかなりあるのかしら?」

 「どうだろうな」

 「少し急ぎましょうか」

 その会話の後、二人は無言のまま歩き続けた。そして二十分程歩いたところで、レナとカルナが同時に前方の何かに気付いた。

 「何か見えるけど、カルナは何か分かる?」

 「ああ、恐らく馬車の荷台だ」

 「荷台って、昨日の?」

 「どうだろうな。ただ、あの辺りで、天井が切れている。恐らく、大きな部屋の様な空間になっているんだろう」

 「じゃあ、そこが風蜥蜴のアジト?」

 「多分な……」

 二人は、そこから警戒しながら、ゆっくり歩き始める。しかし、レナはこの時警戒よりもむしろ、祈る気持ちの方が強かった。それは、たとえ危険な相手でも風蜥蜴には、生きていて欲しかった。だがこの距離まで来てカルナが何も言わないという事は、もう生きていないのだろう。そして恐らく、グランドマインの町も……。

 そして二人は、馬車の荷台のすぐ側までやって来た。確かに、その奥は大きな空間が広がっているようだ。しかし、その荷台が丁度、視界を遮るように止まっていて、中は良く見えない。その状況を見て、カルナがレナに提案する。

 「左右に分かれて中の様子を見よう。レナは右へ」

 「わかったわ」

 そう言葉を交わし、カルナが荷台の左側へ、レナは右側に回り込み同時に中の様子を伺う。そして二人の目に同時に飛び込んできたものは、予想通りの、だだっ広い空間とそこに横たわる多くの死体だった。

 「カルナ!」そう叫び、レナは急いで荷台の前に回り込む。すると、足にぬるりと不快な感触を感じる。

「キャーッ」踏んだ物を確認して、思わず叫び声を上げる。

そこに有ったのは、バラバラになった血まみれの肉片だった。

「どうした?」レナの声に反応して、カルナも荷台の前にやって来た。

「ご、ごめんなさい。驚かして。急にこれを見てびっくりしちゃったの」レナはなるべく見ないようにして、バラバラになった死体を指差した。それと同時にあることに気付いた。

「何で、ここだけバラバラにされているの?」

そう。レナの気付いた事とは、荷台の前以外の死体は、バラバラにされていないという事だ。

「ま、まさか気を失っているだけ?」

「いや、それは無い。あっちの死体の回りも、血で地面が変色している」

「ど、どういう事かしら?」

「さぁな。唯、今判るのはこっちのバラバラの死体は、昨日の連中だという事だ」

「え?何で分かるの?」

そのレナの疑問に、カルナは何も答えず指で差して答える。

「あっ!」レナがそこに見たものは紛れも無い、昨日見たシーユーという男の首だった。

「取り敢えず、あっちの死体を調べてみよう」そう言ってカルナは、奥に転がっている。死体に向かって歩き始めた。

死体を調べる……。カルナは簡単に言うが、レナは気が重かった。しかし、何もしない分けにはいかない。レナは気を引き締め、カルナの後に続く。

「こ、これは!?」

レナは転がっている死体を見て驚いた。あまりにも綺麗なのだ。否、綺麗に見えてしまっただけだった。今まで、バラバラの死体ばかり見過ぎて来たからだろう。唯、血を流しているだけの死体が綺麗に見えてしまったのだ。そのことに気付き、レナは自分の感覚が異常になってしまっている事に恐ろしくなった。

「全て、心臓が一突きにされているな……」

「そ、そうね」

レナはカルナの言ったその事には、全く気付いていなかったが、そう答えてしまった。そして、無理矢理に気持ちを切り替え、レナは頭を働かす。

「という事は、赤髪の男の仕業じゃないって事よね?」

「恐らくな」

「じゃあ、一体誰の仕業なの?」

「一番可能性として考えられるのは……」

「あっ!ウイン=クルリエル?」

それに気付き、レナは思わずカルナと目を合わす。

「ああ。まず間違いないだろう。あの傷は相当な手練じゃないと作れない」

「そんな事まで分かるの?」

「ああ。全ての死体が寸分の違いも無く心臓を突かれている。いや、突くというよりは、通すといった感じだ」

レナには良く分からなかったが、カルナが言うのなら、そうなのだろう。

「そう。じゃあ、ウイン=クルリエルがここの風蜥蜴を全滅させて、その後に来た赤髪の男と昨日の人達が鉢合わせたって事?」

「恐らくな……」

「そ、それじゃあ、もしかしたら、ウイン=クルリエルが赤髪の男を喰い止めているかも知れない?」

「ああ」

「なら、急ぎましょう。もしかしたら、まだ間に合うかも」

そう言ってレナは、入って来た方と逆の通路へと足を進める。そして、部屋の出口付近で見覚えのある物を発見した。

「あっ。カルナ見て!あれってシルバーの持っていたのと同じ斧じゃない?」

「ああ」

そこには、確かにシルバーの物と全く同じ斧が転がっていた。唯一つ、違うのはそこにある斧が銀色ではなく、金色だという点だけだ。

「じゃあ、あれを持って横に倒れているのがゴールデン?シルバーみたいに大男じゃないのね。まさか、別人?」

「いや、十中八九ゴールデンだろう。あの死体だけ首が無いからな」

そう言われて、レナはその死体の周りを見渡す。確かに、それらしき物は無い。

「そ、そうか。首に賞金が掛かっているから。という事は、やっぱりウイン=クルリエルが?だとしたら……、急ぎましょカルナ!」

もしかしたら、本当に追い付けるかもしれない!微かな希望が見え、レナはカルナの返事を待たずに走り出してしまった。そのすぐ後をカルナが追いかける。そして、巨大な部屋を出て、通路に入る。するとすぐに、遠くの方にだが外の光が見えた。

「よかった。こっちの方が短いみたい。カルナ、外までこのまま走りましょう」

「ああ、だが油断はするなよレナ」

「ええ、分かってる!」

そして、そのまま二人は出口に向かって走り続ける。外の光が徐々に近づいて来る。もう出口だ。レナがそう思うのと同時に、出口付近の異常な状態にも気付きレナは足を止める。つられて、カルナも足を止める。

「あ、赤い……」レナにさっき湧いた希望がゆっくりと絶望に変わっていく。

立ち尽くし、すっかり足が竦んでしまったレナを、カルナが進むように促す。

「レナ、ここで立ち止まっていても仕方ない。行こう」

「わ、分かってる。行くわ。でも、あれってウイン=クルリエルじゃないの?」レナの声は少し震えている。

「なぜ、そう思う?」

「だって、もしあれが風蜥蜴なら、先にウイン=クルリエルに遇っているはずでしょ?あれはどう見ても、赤髪の男の殺し方よ……」

「ああ。だが、確定じゃない。近くで見てみよう。何か解るかもしれない」

「ええ、そうね」レナは、そう言いつつも期待はしていなかった。

そして、二人は死体の目の前まで歩いた。

「これじゃあ、何も分からないわね」レナは少し見ただけで、口を押さえ目を背けた。その目に輝きは無くなっていた。

そこには、死体と呼べるような物体は無かった。そこあるのは、石ころ程度までバラバラにされた赤い肉片だけだった。しかし、それを見たカルナが意外な一言を零した。

「だが、ウイン=クルリエルである可能性は低くなった」

「ど、どうしてなの?」レナは、カルナの言葉が信じられず、思わず目を見開き、カルナの目を覗き込む。

「武器が何処にも落ちていない」カルナは視線を死体に移しながら、そう答えた。

「え!?」レナは、慌てて周りを見渡す。

確かに無い。武器も。それらしき破片も。レナの目に僅かだが光が戻り始める。

「そ、それじゃあ!」

「ああ、急いだ方が良いだろう」

二人はその場から走り去り、一気に洞窟の外へと飛び出た。

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