襲撃⑤
「あっ、目が覚めたのカルナ?」
起き上がって初めにカルナの目に飛び込んで来たのは、木にもたれかかって、疲れきった顔を浮かべたレナの顔だった。
「俺は一体?眠っていたのか?」カルナは頭を抑えながら、辺りを見渡す。
「ごめんなさい。私が魔法で眠らせちゃったの」
カルナの疑問に、レナが少し虚ろな目を浮かべながら答えた。
「そうか」
「うん」カルナの返事にレナは、一言そう返して下を向いてしまった。
「大丈夫か?どうかしたのか?」
このカルナの抑揚の無い言葉にレナが声を荒げる。
「大丈夫かですって!?カルナの、カルナの方こそ、全然、大丈夫じゃなかったじゃない!ミネアのあの一撃で、本当は死んでもおかしくないダメージだったんじゃない!それを平然として!もし……、もし私が気付くのが遅れて、もう少し回復魔法を掛けるのが遅かったら死んでいたわよ!ア、アリスも殺されて、カルナまで死んじゃったら、私、私……」
レナの目から、涙が溢れる。それを必死に、服の袖で拭う。
「ご、ごめんなさい。全部、私のせいなのに……」
「いや、俺の油断のせいだ」
「ううん。でも、カルナ感情戻ったんじゃないの?」
「あれは一時的なものだ。今は、もう何も感じない」
その言葉どおり、さっきからカルナの言葉には感情が込もっていなかった。
「そう……、みたいね。それにしても何がきっかけだったの?今まで、滅ぼされた町を見ても、そんな事無かったのに」
「あの女が昔、俺の友人を殺した奴と同じ事を言った」
「同じ事?」
「人は死ぬ瞬間こそが美しい……」
そんな言葉だけで?と、一瞬レナは思ってしまったが、逆に考えれば、消えてしまった感情が一時的にとはいえ、戻る程の何かがカルナの過去にあったのだろう。レナは敢えてそれ以上は、触れないようにした。
「あの女は、レナが倒したのか?」カルナが話題を変えて、レナに質問をしてきた。
この質問は当然のところだろう。明らかにカルナより戦闘力の劣るレナが、どう戦ったのかは誰でも疑問に思うだろう。
「ええ、私が殺したわ」
レナは敢えて、殺すという表現を使った。それは、ミネアに言われたからではないが、殺しの事実を心の中で誤魔化したり、変に正当化したくなかったからだ。
「そうか」カルナはそれだけ答えた。
その後に、レナは奥技『フィーリングスピリット』の事を説明した。
「なるほど。その奥技があれば、赤髪の男の能力が何であれ、倒せると言う事か」カルナはそう言って、少し考える様に目を閉じた。
「ええ、恐らく。でも、この奥技、発動させる場所に居る精霊との相性が重要なの。相性が良ければ一瞬で発動出来るけど、悪ければ最低でも五分は掛かるの」
「その間、俺が赤髪の男を食い止めれば、良いという訳だな」
「それだけじゃないの。相性で発動できる範囲も変わるの。良ければ五十メートル位悪ければ、十メートル位なの」
「つまり最悪の場合、五分以上食い止めつつ、発動の瞬間にはレナから十メートル以内に赤髪の男を誘い込まなければならない……、という事か」
「ごめんなさい。危険な役を任せるのに黙っていて」レナはそう言って、申し訳なさ気に俯く。
「構わない。赤髪の男に恨みがあるのはレナ、お前だ。俺は唯の協力者。お前の手で倒せる方法があるなら、そうすればいい」
「ありがとう、カルナ。それじゃあ、そろそろ行きましょう。大分、時間をロスしちゃったから」そう言って、レナは立ち上がる。
「その剣、持って行くのか?」
カルナはレナがアリスの剣を背負っているのに気付いた。
「ええ。ア、アリスの形見にもなっちゃったから。お姉さんのア、アリシアに渡せればと思って……」レナは、溢れ出そうな涙を堪え、そう答えた。
「そうか。アリスは埋めたのか?」カルナはアリスの遺体が無いのに気付きレナに問い掛けた。
このカルナの問い掛けにレナは、涙を堪え切れなくなった。
「そ、そう……、したかった……、だけど……、ものに……、獣に……、れて、連れて、かれ……。お、追いかけ……、たかったんだけど、カルナを……、置き……、ざりには、でき……、出来なかった、の……」
「そうか……」
「ご、ごめん。い、行きましょうか……」そう言ってレナは、カルナに顔を隠すようにして先へ歩き始めた。
それに倣う様に、カルナがゆっくりと歩き出す。
それから、暫く二人は無言のまま歩き続けた。その無言を破ったのは以外にもカルナだった。
「日が暮れかけている。どうやら、俺はかなり眠っていたようだな」
「え?ええ、二時間ほどかしら。ごめんなさい。そんなに強くは、掛けてないつもりだったんだけど」
「感情を失くしたせいかどうかは分からないが、俺は、精神干渉系の魔法に全く抵抗できない……」
「そ、そうなの!?」カルナの意外な弱点にレナは驚いてしまった。
可能性は薄いが、もし赤髪の男がその手の魔法を得意とするなら、かなり危険だ。赤髪の男に出会ったらすぐにカルナに、マインドブロックの魔法を掛けなければ……。レナはその時の事を考え、少し緊張してしまった。
その短い会話をした後、二人はまた無言のまま歩き続ける。そして、陽が暮れ、闇の森が本当の闇に包まれた頃、二人はやっとアリスの言っていた、風蜥蜴の巣喰う洞窟に辿り着いた。
「見張りが居ないな」カルナが口にした通り、洞窟の入り口には誰も居ない。
「ええ。どうしたのかしら?あ、そう言えば、さっきシーユーって男の弔いをするって……。その準備じゃ?」
「それなら、尚更、誰か居るんじゃないか?奴等のシルバーの強さへの信頼は絶大だった。出迎えが居てもよさそうだ」
「何かあった?カルナ、中に人の気配は?」
「感じない。だが、洞窟の広さが分からないから、当てにはならないな」
「そう……」レナは下唇を噛み、何があったか考える。
しかし、レナが答えを導き出すよりも早くカルナが口を開いた。
「だが、今一番、可能性として考えられるのは」
「な、何?」
「皆殺しにされているという事だ」
「え?あっ、赤髪の男……」レナは、この考えが思い浮かばなかった自分の間抜けさが恥ずかしかった。
「じゃあ、もしかしたら、まだ中に赤髪の男が?カルナ、行きましょう」
「いや。今日はもう入らない方がいい」そう言ってカルナは目を閉じ、近くの木に凭れ掛かった。
「な、どうして?赤髪の男に追い付けるかもしれないのよ。今、急いで追いかけなきゃ、グランドマインの町も滅ぼされちゃうわ」焦るレナに、カルナが静かに疑問をぶつける。
「レナ、魔法力は回復したのか?」
「そ、それは……。で、でも!」
「もし、赤髪の男の強さが俺以下か、同等程度なら、それでも良いだろう。だが、恐らく赤髪の男の方が上だろう。俺には、一人で何万もの人間を殺せる程の力は無い。今、一番赤髪の男を倒す可能性があるのは、レナ、お前の奥技だ」
「でも、もしかしたら」
「冷静になれ、レナ。今の状態で戦えば、ほぼ間違いなく、二人とも無駄死にする事になる」
このカルナの言葉に、レナは諦めざる得なかった。
「分かったわ。仕方ないわね。じゃあ、どうしましょうか?」
レナは諦めと言うより、少し投げやりにそう零した。
「取り敢えず、ここから少し離れて休める場所を探そう」
「ええ、カルナに任せるわ」
溜息交じりにレナがそう答えた後、二人は道から右側の森へ逸れ、少し歩いた所で、洞窟とは違う岩の窪みを見つけ、そこで休む事にした。
「火を熾そう」
「えっ?」
ここに来るまでにカルナが何時の間にか、枯れ木を拾っていたみたいだ。レナは全く気付かなかった。それに、カルナが器用に火を点けた。すると火の向こうにカルナの顔が現れた。
「レナ、これを……」
「えっ?どうしたの?」
カルナがレナに渡してきたのは、パンだった。
「さっきの町で、貰って来た」
「それって……」泥棒じゃない?と言おうとしたが、レナは止めた。正直、このパンは有り難い。そして、つくづく思ってしまった。
「私、カルナに会っていなきゃ、こんな所まで来れなかっただろうなぁ」レナはつい口に出してしまった。
「そんな事は無い。レナ一人でも来れていたはずだ」
「ありがとう、カルナ。」
そう答えて、レナは今の会話に少し違和感を感じた。今までも何回か感じた違和感だ。何だろう?感情が込もっていないのは、いつもの事だから違うだろうし。
「どうかしたのか?レナ」
「う、ううん。何でもない」
レナは考えるのを止める事にした。そして、別の話題を投げ掛けた。
「そう言えば、カルナ。カルナはモンスターが何処から現れるか知っている?」
「さぁな。考えた事もない」
「そう……。ミネアが言っていたの。モンスターが何処から来るかを見たって。そして、モンスターの目的を赤髪の男が知っているって」
「食欲を満たすのが、目的ではないのか?」無関心そうに、カルナが疑問を口にした。
「ええ、そう私も思っていたんだけど。ミネアは違うみたいに言っていたから」
「そうか。どの道、赤髪の男に会うんだ。その時に問いただせばいいだろう」
カルナらしい合理的な答えが返って来て、レナは溜息を付きそうになった。
「ええ、そうね。そうかもしれないけど。ただ、モンスターの目的が分かれば、モンスターの被害を無くせるかもしれないと思って」
「こんな時まで、他人の心配か。僧侶とは、そういうものなのか?」
「えっ?う~ん。どうなんだろうね?子供の頃から、そういう教えで育ったから」レナは上を見上げながら、少し考えるようにしながら答えた。
「そうか」
「うん。あっ、そう言えば、欲望に喰われるって、何の事?カルナ、ミネアのあの変化の事、何か知っているの?」
「ああ。あの女と同じ様に、突如、得体の知れない能力を手に入れた奴を見た事がある」
「あの能力と欲望と関係があるって事?」レナは思わず眉間に皺を寄せる。
「確信は無いが、奴等に共通しているのは、自ら醜いまでに強く望んだ力を手に入れている、という事だ」
「そう言えば、ミネアもそんな感じだったわね」
「それと、もう一つ」
「何?」
「あの得体の知れない力を手に入れた奴等は、皆取り憑かれた様に人を殺す」
カルナのこの言葉に、レナもある事を思い出して口を開く。
「あっ!そう言えばミネアも、美しい音色が聞こえるって。一体、何が起こっているの?まさか、赤髪の男も?」
「その可能性は高いな」
「じゃあ、もし赤髪の男を倒しても、又別に赤髪の男の様な者が、現れるかもしれないって事?」
「ああ。そうかもな」
「そんなぁ。じゃあ、現在、一体何が起こっているかを突き止めないと、赤髪の男を倒しても意味が無いって事?」レナはガックリと肩を落とした。
「恐らくな。ただ……」
「ただ?」
「奴等の能力が、自ら持っていた能力が目覚めたものか、与えられた能力かで違ってくる」
「そうか。持っていた能力が目覚めたのなら、その人達をその都度、何とかすればいいのね。赤髪の男を倒すだけでも意味が出てくる」落ちていた肩が元に戻り、目を大きく開きカルナと目を合わす。
「ああ。だが……」
「誰かに与えられたものなら、その誰かを探さなければならない」レナは答えを探るように、そう口にした。
「ああ」
「でも、そんな事を出来るのって何者?まさか本当に、神様?そんなはずは……」
「さぁな。考えて分かるものじゃない。そのヒントは赤髪の男が持っているのかもな」
「ええ、そうね」答えた後、レナは思わず生唾を飲み込んだ。
「ああ。そろそろ休んだ方が良い。日の出と共に出発しよう」カルナはそう言って、岩壁に凭れ掛かり静かに目を閉じた。
「うん。分かったわ」
カルナにそう答えた後、レナは手を合わせ、神に祈りを捧げた。
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