襲撃③

 「お前は、殺す!」

 そうカルナが言い放つと同時に、『魂の音色』の刀身に炎が浮かび上がる。それを見てミネアが言い返す。

 「あらあら、炎の剣だったの?それ。あなたが私を殺す?剣に炎が纏っただけで?バカじゃない?獣じゃあるまいし。炎を纏っても、当たらなきゃ意味無いじゃない。思ったより早く動けるみたいだけど、今のは油断しただけよ。あの程度じゃ、私を殺すのは無理、無理。フフフ……。そんな事より、私そろそろ我慢出来なくなってきちゃった」

 そう言うとミネアは、アリスを持ったまま右手を前に突き出す。

 「まぁ、大変!アリスが死にかけているわ。あなた達にも聴かせてあげるわ。人が死ぬ間際に奏でる美しい音色をね」

 ミネアが喋り終わると同時に、カルナが斬り掛かる。それにミネアが反応し、アリスをカルナの方へ突き出し盾にする。目の前にアリスが現れ、一瞬カルナの動きが止まる。そこへ、ミネアが回し蹴りを放つ。寸での所でカルナは後ろへ跳んで躱す。

 「カルナー!」

 レナは一瞬、カルナが攻撃を喰らったと思い、声を上げる。しかし、躱していたと気付き視線をミネアに戻す。すると、右手で持ったアリスの頭に左手が添えられている。そして、次の瞬間……。

“メキッ……、バキッ……、グシャッ……”

 アリスの頭がミネアの左手の中へと消えた。そして噴水の様に血が吹き上がる。その血を浴び、ミネアの不気味さがいっそう際立った。



 「いやぁぁぁぁぁぁっ!」レナは発狂しそうになる。

 「フフフ……、ハハハ……。聴こえたかしら?美しい音色が?と言っても、あなた達には、ただ単に頭が潰れた音が聞こえただけでしょうけど。フフフ、でも私は違うわ。私には聴こえるの。この手から肌を通して直接、脳へ。美しい音が……。正に、あれは死に向かう魂が奏でる音色よ。心の奥から、痺れるほどの快感よ。止められるわけ無いわ」ミネアはそう言って、自分の体を抱き抱える様にして、身震いしている。

 「お前の様な……!お前の様に欲望に喰われる奴がいるからーっ!」

カルナが怒り狂った様に叫ぶ!それと同時に『魂の音色』の纏った炎が、更に大きく噴き出す。それを見て、ミネアが溜息混じりに口を開く。

 「フン!うるさいわねぇ。人がせっかく、快感の余韻に浸っているのに。無粋な男ね。大体あなた、そんな炎の剣を、こんな所で振り回したら、あっと言う間に森中が火の海よ。そうなったら、あなた達も助からないわよ。頭悪過ぎよ、あなたも」

 「うるさい!黙れ!」

 カルナが怒り叫ぶと、リミッターが外れたが如く、更に更に炎が大きくなる。

 そのカルナの怒りに満ち溢れた表情と、あまりに巨大な炎に、流石にミネアもううろたえ始めた。

 「ちょっ、ちょっと……。あなた、まさか?勝てないからって、私と心中するつもり?じょ、冗談じゃないわ!ねぇ、ちょっと!バカ女!あなたも呆けてないで、この男に止めるように説得しなさい。このままじゃ、あなたも焼け死ぬわよ」

 ミネアの叫び声で、レナがふと我に帰る。すると、目の前には二メートル近い炎の塊が見える。その炎を見て、レナの意識が急速に現実に戻り出す。

 「カ、カルナ、お、落ち着いて。森に炎が燃え移ったら、私達も助からないわ」

 「なら……、ならレナは、この女を許せというのか!」

 初めて聞くカルナの、激しい怒りの声がレナに返って来た。

 「ゆ、許せないわ。許せるわけ無いじゃない。で、でも!」

 「なら、レナは下がっていてくれ。この女は俺が殺す!」

 カルナのその言葉と同時に、更に炎が膨れ上がる。その炎は、もう森の木に飛び移りそうな勢いだ。

「ミネアァァッ!貴様を殺……」

 その言葉の途中で、刀に纏った炎がフッと消え去り、同時にカルナがその場に崩れ落ちる。それを見て、ミネアが嬉しそうに口を開く。

 「あら?あら?どうしちゃったの?そうか。私の攻撃が今頃効いてきたのね?まったく。何て鈍い男かしら?おかしいと思ったのよ。町に現れたモンスターでさえ、一撃で仕留められたのに、直撃を避けたとはいえ、あの勢いで木にぶつけられて、立つこと事態、奇跡だったのよ」

 「カルナなら、私が魔法で眠らせたの……」

嬉しそうに、はしゃぐミネアに、レナが静かに答える。

 「あら……、そうなの?」ミネアは意表を突かれて、少し驚いて言葉をもらす。

 「ごめんね、カルナ。ミネアは私が殺すわ……」

 「ん~?私の聞き間違いかしら?私を殺すですって?あなたが?」耳に手を添えながら、ミネアは厭味っぽくそう零す。

 「確かに言ったわ」レナはミネアを冷やかに睨み付ける。

 「ギャハハハ。面白い事を言うわね?信じられないわ!決して、神に仕える人間の言うセリフじゃないわね。身の程知らずも良いとこね」

 レナは黙ってミネアを睨み続ける。

 「フン!あなた、私の強さを理解してないみたいだから、教えてあげましょう。バカ女でも、分かる様にね。あなた達が私を置き去りにした後、町にモンスターが現れたわ。数百はいたかしらね?殺すのに夢中だったから詳しい数は分からないけど、そいつらを皆殺しにするのに三十分も掛からなかったわ」

 「皆殺しに?その時に、あなたを保護しに来た人達も殺したのね」

 「ええ、そうよ。人間があんなに脆いものだとは思わなかったわ。フフフ、その点、モンスターは私の手に入れた強さを知るのと、力の使い方を練習するのに、とても役に立ってくれたわ……。でもね、人間の方が役に立った面もあるのよ。それはね、モンスターより人間を殺した時の方が、はるかに美しい音色を奏でるって教えてくれた事よ。ギャハハハ」ミネアは、腹を抱えて大笑いしだした。

 「あなただけはぁぁぁー!」レナが怒りに満ちた顔で、ミネアを睨みつける。

 「フン。あなたが怒っても何の追力も無いわね。その男と違ってね。そうそう、そう言えば、あなた、モンスターが何処から現れるか知ってる?」

 「何処からって?何が言いたいの?」

 「フフフ、私は見たわ。モンスターが何処から現れるかをね。そして、恐らくあの赤い髪の彼は知っている。何の為に現れるかをね」

 「何の為に?血の臭いに集まってるんじゃないの?赤髪の男が……?何の事?」

 「あらあら、ごめんなさい。バカ女には難しすぎたわね、フフフ。あなたは、おかしいと思った事無い?長い人の歴史の中でモンスターの目撃例なんて、一度も無かったのよ。居たのは物語の中だけ……。それが、この数年の間で現実の世界で何件も目撃されているわ」

 「どういう事なの?何が言いたいの?」レナは苛立ちを隠せない。

 「さあねぇ。自分で考えたら?まぁ、これから私に殺される、あなたには、どうでも良い事じゃない?」そう言うとミネアは、自分の鋭く伸びた爪を眺め、薄ら笑みを浮かべた。

 「答えなさい。ミネア!」

 「あなた、今の自分の立場分かってないの?さっきの話で、私に勝てないって教えてあげたでしょ?よくそんな強気な態度取れるわね。流石、バカ女ね」

 「ミネアーッ!」レナの叫び声が辺りに響く。

 「フン、うるさいわね。もう殺してあげるわバカ女。と、その前に……」ミネアが何かを思い付く。

 「今度は、何なの!?」溢れくる苛立ちで、更に怒りが沸いてくる。

 「起きられると面倒だし、男から殺してあげるわ」そう叫ぶと、ミネアはカルナに襲い掛かる。

しかし、激しい音と共にミネアの体が後ろへと弾き飛ばされる。

 「な、何なの?けっ、結界?」

 「ええ、そうよ」

 驚いているミネアにレナが答える。

 「なっ!何時の間に、呪文なんて唱えたの?それに、この結界。まさか?」

 「ええ、ホーリーシェルよ」

「嘘でしょ?そんな高等魔法の呪文なんて、唱える暇、無かったはずよ」さっきまでの余裕が一転、ミネアが動揺を顕にする。

 「ええ、呪文なんて唱えていないわ……」レナは怒りを抑え切れないまま、静かに答えた。

 「フン!何のハッタリ?まあ、いいわ。やっぱり、あなたはバカ女ね。私、聞いたことあるわ。ホーリーシェルの魔法は、神の住む村の魔法の中でも最上級の魔法で、神官クラスでも一日に二回使えば魔法力がほぼ空になるらしいわね。あなた確か、今日二回使ってるわよね?ギャハハハハ、これでどうあがいても、あなたは死を免れる事は出来ないわね」言い終わると同時に、ミネアが今度はレナに襲い掛かる。

しかし、又しても、ミネアは、激しい衝撃音と共に後ろへ弾き返される。

 「な、何で?嘘でしょ?三回目を?バカ女が?いえ、それ以前に、今さっきまで結界なんて無かったわ。何で一瞬で結界が出来てるのよ」ミネアは分けが分からず、焦り交じりにそう叫ぶ。

そんなミネアに、レナが口を開く。

 「ミネア。今度は私が教えてあげるわ。ミネア、呪文が何の為に在るか知ってる?それは、魔法の使用者の意志を精霊に伝える為。言わば、精霊語の様なもの。でも、私達の村には、使用者の意志と精霊の意志を一つに出来る奥技があるのよ。それを使えば、呪文の詠唱は必要なくなるの……」

 「何よそれ?そんなのがあるなんて聞いたこと無いわよ。大体、あんたみたいなバカ女に、そんなのが使えるなんて事が信じられないわ」

 「この奥技は、上級者なら誰でも使えるわ。唯、神の住む村の歴史上、使いこなせた者は殆ど居ないわ。だから、この奥技には名前すら無い。私は勝手に『フィーリングスピリット』って呼んでるんだけどね。現在、この奥技を使えるのは、大神官様と私だけ……」

 「大神官とあなただけ~?何?自分は凄いって自慢したいの?」

「自慢?自慢出来る程の物じゃないわ。言ったでしょ、上級者なら誰でも使えるって。この奥技を使いこなすには、膨大な魔法力が必要なだけ。死者蘇生の魔法が使えたユーリカですら、三分しか保たなかった。大神官様でも十五分。でも私は三十分間は使える……」

 「フン!やっぱり、自慢じゃない!それにユーリカって誰よ?このバカ女」

 目の前の女性の口から、ユーリカの名前が発せられた事に、レナは何とも言えない不快感を覚えた。そして、更に声を荒げ、口を開いた。

 「じゃあ、自慢ついでにもう一つ。あなたもさっき言ってたけど、ホーリーシェルの魔法、普通なら一日二回使えば魔法力が空になるって……。私は一日に五十回は使えるわ!」

 「フン!あぁ。そうなの。でも、ホーリーシェルって中からも攻撃できないわよね?そのまま殻に閉じ篭もってるつもり?」

 「いいえ、あなたはもはや赤髪の男と何も変わらない。私がここで殺すわ……」

 「フン!なら攻撃して御覧なさい。結界を解いたが最後、一瞬であなたを殺してあげるから。あなた、さっきの私の動き見えて無かったわよね?いくら呪文を唱える必要が無くても、私のスピードにあなたの意識が着いて来られるかしら?」

 レナは何も答えない。

 「フハハハ。図星だったみたいね?あぁあぁ、何て頭の悪いバカ女なの?ギャハハハ……、ヒィーヒィー。笑いすぎて、お腹が痛いわ……」ミネアは腹を抱えて、目に涙が浮かぶ程、爆笑している。

 そのミネアに向かって、レナが無言で掌をかざす。すると次の瞬間、二十センチ程の光の球が現れ猛スピードで、ミネアに襲い掛かる。それを、ミネアはあっさりと躱し、それ以上のスピードでレナに襲い掛かる。しかし、ミネアの攻撃は又しても結界に弾き返される。

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