遭遇③
この二人の様子を見ながらカルナは、レナの事を考えていた。レナには何か、人の心を和ませる魅力の様なものがあるのだろうか?これまで、何度かアリスのように子供を保護してきた。そして、全ての子が今のアリスの様に楽しそうに話し出していた。町の惨劇を目の当たりにしているのにも係わらずだ。そしてまた、自分自身もレナに魅かれてしまっているのだろうか?感情の無い人間が、そんな事を考えるのもおかしな話だが、レナに赤髪の男の討伐に手を貸すように頼まれたとき、自然とそうするのが当たり前のように引き受けていた。
そして、その代わりに感情を取り戻す旅に付き合うと言われた時、何故か本当に感情が取り戻せるような気がした。感情を失くしてからここまで、成り行き上、他人と旅をする事はあった。しかし、今回は自らそうする事を選んで旅を共にしている。これは、やはり、レナの持つ何かに魅き付けられたのだろうか?それとも、神に仕える人間と言うのは皆そうなのだろうか?
カルナが二人の様子を眺めながら、そんな事を考えていると、道の先に人の気配を感じた。そして、カルナは、咄嗟に二人に声を掛ける。
「二人とも、静かにしろ」
「ご、ごめんなさい」カルナが怒ったのかと思い、二人は同時に謝る。
「そうじゃない、この先に人の気配を感じる」そう言って、カルナは道の先を指差す。
「え!?」
「どこどこ?」
レナとアリスの二人が、道の先に目を凝らす。
「この道の先だ。遠くて分かりにくいが、恐らく五人か六人……」そう言ってカルナは、腕を組み、目を閉じる。
「な、何も見えないよ」アリスが信じられないという感じで、少し怯えてぼそりと零す。
「五人か六人て事は、人間て事よね?」レナがカルナに確認する。
「ああ、恐らくな」
「か、風蜥蜴かな?」アリスがまた、少し怯えた感じでレナにしがみ付く。
「風蜥蜴?それって、何なの?アリス?」
レナが、怯えるアリスの肩を抱きながら、聞いてみた。
「お、お父さんとお母さんが言ってたんだけど、悪い人の集まりって。盗賊とか言ってた」
「盗賊?それが何で、今こんな所にいるって思ったの?」
「うん。噂なんだけど、この森の先に洞窟があって、それを抜けるとグランドマインなんだけど、その洞窟に半年程前から風蜥蜴が塒にしだしたって」
「その噂って本当なの?」
「う~ん。わからないの。その噂が出てから森に入った人がいないから」
「それって、用心の為?」
「うん。丁度、その噂が出た頃から、それまでは月に一度グランドマインから、鉄鉱石や魔法石を売りに行商が来てたんだけど、それが無くなっちゃって、余計に……」
「そう。ねぇアリス。他に道は無いんだよね?」
「うん。山を迂回しても行けるかも知れないけど。一ヶ月近く掛かるって……」
「そう……」神妙な表情を浮かべ、頬に手を添える。
「え?でも、二人とも強いんでしょ?盗賊なんて平気でしょ?」
レナの言葉と表情に不安になり、アリスは少し涙を浮かべてレナに詰め寄った。
「うん。ただ、無駄な戦闘は避けられたら避けたいと思っただけなの」
「黙ってて、ごめんなさい」アリスが、“シュン”として謝る。
「ア、アリスが謝ることじゃないのよ。こっちこそ、ごめんね」
少し、無神経だったと思い。レナはアリスの頭を撫でながら謝った。
レナが他に道が無いか確認したのは、レナ達が追い付かなければ、その盗賊たちも赤髪の男に殺されると思ったからだ。そして、またバラバラの死体の山を通らなければならない。それは、出来れば避けたい。そう思い、また気持ちが焦る。その焦る気持ちを押さえ、レナはカルナに話し掛ける。
「どう思う、カルナ?」
「さぁな。その噂が真実かどうかは知らないが、もし本当に盗賊がそんな所を塒にしているなら、通行料でも取って、行商を通すんじゃないのか?」
「じゃあ、カルナは盗賊はいないと思うの?」
「それは分からないが、グランドマインでも何か起こっているのかもな」
この言葉に反応して、俯いていたアリスが顔を上げる。
「え?何かって、何!?」
「それも、今は判らない。実際は何も無いかもしれない。ただの推測でしかない。それより、今はこの先の奴等だ」
「そっか……。ごめんなさい」
カルナの素っ気無い言い方が、余計にアリスの気持を“シュン”とさせる。そんなアリスを庇いながらレナが口を開く。
「どうするの、カルナ?」
「取り敢えず、森の中から近づいて様子を見てみるか?」
「そうね、そうしましょう」
カルナにそう答えて、今度はアリスに話し掛ける。
「ねぇ、アリス。風蜥蜴について他に知っている事は無いの?」
レナの質問にアリスは、レナにしがみ付いたまま答える。
「う、うん。あっ、そう言えば。風蜥蜴のリーダーって、アックス兄弟って二人組みで、すっごい大きな斧を持ってるんだって」
「斧を持った、アックス兄弟か……。カルナは知ってる?」
「さぁな。もしかしたら、賞金首リストに載っていたかもしれないが、覚えてないな」カルナは相変わらず、素っ気無くそう答えた。
「そう……。わかったわ。考えていても仕方ないわね。行きましょう」
そう言って、レナは道を反れ、森の茂みの方へと入ろうとする。しかし、それを見たレナをカルナが止める。
「レナ、まだ距離がある。もう少し近づいてからで良い」
「え?そうなの?どれくらい先にいるの?」レナは足を思わず止め、カルナに聞き返す。
「およそ、百メートル先だ」
「え!?」「嘘!?」
カルナの言葉にレナとアリスが同時に驚きの声を上げ、目を合わせる。それを尻目にカルナが先に歩き出す。その後を、少し慌ててレナとアリスがついて行く。
まだ距離があると聞いても、二人は自然と忍び足になっていた。そして、そのまま少し歩いた所で、カルナが口を開く。
「そろそろ森に入ろう。ここからは物音を立てるな」
「わかったわ。アリスも音を立てないように気を付けてね」レナがそう言って、アリスの肩に手を乗せる。
「う、うん」アリスはそう言って、生唾を“ゴクリ”と飲み込む。
森の茂みの中に入って暫く歩くと、微かに人の声が聞こえてきた。それに気付き、レナとアリスが目を合わす。二人共、声には出さなかったが、お互いに考えている事はすぐに分かった。“本当にいたね”そう、目だけで会話を交わした。
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