遭遇②
「……ねえねえ。レナさんってば!」
「え?ああ、ごめんなさい。考え事しちゃってたわ。何?」
アリスの声で我に帰り、レナは慌てて答えた。
「カルナさんて、自信過剰なの?」アリスは、カルナには聞こえないようにレナの耳元で、そう聞いてきた。それに対してレナも小声で返す。
「ううん。カルナの言っている事は本当よ。だって、カルナはたった一人で百体以上のモンスターを倒しちゃったんだから」
「うっそ~!じょ、冗談でしょ?」
「あのね、アリス。これでも私は、神に仕える身なの。だから、誓って嘘じゃないわ」
「う~ん。そうだね。神の住む村の人が嘘は付かないか。わかった、信じる」アリスは腕を組み頷く。
そうは言ったものの、レナは実際には気を失っていて、カルナが戦っているところは見ていない。唯、気が付いたら目の前にカルナが立っていた。しかも、無傷で、返り血も浴びていない状態で。この事は、レナは敢えてアリスには言わない事にした。なぜなら、折角アリスが納得したのに、これを言ったらまた疑い出しそうだからだ。
「それじゃあ、バードを飛ばすわね」アリスの頭を撫でながら、レナはアリスに確認した。
すると、アリスは素直に「うん」と、答えた
そしてバードを飛ばした後、暫く歩くと、丘の頂上まで辿り着いた。そこに立ち止まり、見下ろした眼下には緑とも黒色とも取れる広大な木の海が広がっていた。
「すごい大きな森ね」レナが見たまんまの感想を口から漏らした。
「うん。あの森を抜けて、さらにその先の洞窟を抜けたら、すぐにグランドマインだよ」アリスが少し得意げに説明する。
「それじゃあ、もう結構来ちゃったのね」不安な表情を浮かべ、レナはそう零した。
「うん。バードの返事まだ来ないね」アリスもまた、同じ表情を浮かべ、零した。
「ええ。どうしたのかしらね?」
そうなのだ。さっき飛ばしたバードの返事が返って来ていないのだ。レナは、初めはモンスターが現れて、その討伐中なのかと思った。しかし、それにしては遅い。レナが今まで出会ったモンスター程度なら、この国の兵士のレベルでも何とかなるはずだし、実際これまでは何とかなってきていた。もしかしたら、今までとは比べ物にならない強いモンスターが現れたのかも?そう思うと、レナは不安が大きくなってきた。
「もう一回飛ばしてみたら?レナさん」
アリスに言われてレナが、もう一度飛ばしてみたが、やはり返事は来ない。
「仕方ないわ。行きましょう」
諦め口調でレナが、そう言って先に進もうとすると、申し訳なさそうにアリスが口を開く。
「あ、あのね、レナさん。もし急ぎたいんなら、私ここで待ってよか?結界さえ張ってくれれば取り敢えず安心だし……」
「え?そんな訳にはいかないわ。連絡も取れていないのに、こんな所で一人に出来ないわ。それにアリスには、もう寂しい思いさせたくないしね」
「で……、でも。本当に良いの?」アリスが上目使いでレナの顔を覗き込む。
「ええ。本当よ。何かあってもアリスの事だけは絶対守ってあげる。約束よ」
「わぁい。レナさん大好き!」そう言って、アリスはレナに抱き付いた。
抱き付いてきたアリスの頭を撫でながら、レナは自分の心の矛盾に気付く。さっきは「アリスの事を守りながら戦える相手じゃない」って言っていたのに、今は全く正反対の事を言っている。どちらが、自分の本心なのだろうか……?
でも、約束したからには絶対に守ってみせる!レナは、そう心に誓った。
「それじゃあ、行きましょうか」
レナのその言葉で三人は、また歩き出す。そして、そこからさらに進み、三人は森の入り口までやって来た。その森は木々が鬱蒼と茂り、森の中は昼間なのに薄暗い。木々の隙間から漏れる光が、まるで魔物の目の様に見える。それを見てレナは思い出した。
「そう言えばアリス、さっきこの森の事『闇の森』って言ってたわよね?何かあるの?」
「え?うん。この森の中には光を嫌う醜いモンスターがウジャウジャいるんだって」
「ほ、本当にモンスターがいるの?」
これからその森に入ると言うのに、アリスが無関心そうに言ったから、レナはキョトンとしてしまった。
「うん。町の大人達が言ってた」
「そう……、大人達が……」
レナの深刻そうな顔を見て、アリスが付け加えた。
「でもね。それ、全部嘘なんだって」
「え?そうなの?」レナは拍子が抜けてしまった。
「うん。町の大人達がね、子供達だけで森に近付かないように付いた嘘なんだって。だから実際、モンスターに襲われた人なんていないんだって。そんな嘘つかなくても、わざわざ子供達だけで、あんな遠くの森まで行くわけないのに大人ってバカよね、だって」
「それ、言ったのって?」レナはまさかと思い聞いてみた。
「うん。ミネアさん」当然のようにアリスはそう答えた。
「やっぱり……」あの女性なら言いそうだ。そう思ったがレナは口にはしなかった。
「でも、普通に獣類はいるから気を付けた方が良いって」
「え?それも、ミネアさんが言ったの?」レナは少し感心した。
「ううん。ミネアさんが人の事気遣うわけ無いもの。それは、後でお母さんに聞いたの」
「そっ……、そう……」レナは感心したのを後悔した。
そして、ふと別の事が気になりアリスに質問をする。
「あのね、アリス。ミネアさんて何歳なの?」
「十五」アリスは数字だけで答えた。
「え?あれで?」レナは思わず目を大きくして、本音を零してしまった。
「あはは、そうだよね?見えないよね?レナさんもそう思うよね?だってあの人、影ではミネア婦人て呼ばれているんだよ」アリスが楽しそうに笑い出した。
「婦人……。確かにそんな感じね」レナはまたしても、本音を零してしまった。
「ふふっ。でしょ?レナさんも正直だね」
アリスに指摘され、レナは顔が真っ赤になってしまった。そして、手団扇で顔を扇ぎながら、すぐに取り繕う。
「そ、そんな事より、はやく森に進みましょうか」そう言って森の中へと歩きだした。
森の中に入って、少し歩いたとろでアリスが、レナに話し掛けた。
「ねぇ、レナさん。暗くて薄気味悪いから、話しながら歩いてもいい?」そう言って、アリスはレナの手を握ってきた。
「え?ええ、いいわよ。そのほうが気分が落ち着くわね。何、話そっか?」レナは笑みを浮かべながら、そう返した。
「う~ん。あっ、そうだ。レナさん達って歳いくつなの?」
「ああ。そう言えば、言ってなかったわね。私が十七歳で、カルナが十九歳よ。アリスは?」
「私は十一歳だよ」
「まだ十一歳なの?アリスはしっかりしてるわね」
「えへへ。そうかなぁ?」アリスは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「ええ。すごい、しっかりしてると思うわ。それじゃあ、お姉さんとは大分離れているの?結婚したんだよね?」
「うん。お姉ちゃんは十八歳のとき結婚して、今はもう二十一歳だから丁度十歳違い」
「そっかぁ。そう言えば、お姉さんの名前は?」
「アリシアだよ」
「アリシアにアリスかぁ、二人とも良い名前ね」
「うん。私も気に入ってるんだぁ。お父さんが必死になって考えて付けてくれたんだって」
「そうなんだ。良いお父さんね」
「うん。あっ、そうだ。レナさん、私でも僧侶になれるかな?」思い出したかのように、アリスがレナに質問してきた。
「え?急にどうしたの?アリスは僧侶になりたいの?そう言えば、バードの魔法に凄い興味を示してたわね」
「うん。あのね、私のお父さん、町で鍛冶屋をやってるんだけどね。よく仕事で怪我をするの。だから、私が回復魔法を覚えて、お父さんが怪我したら治してあげたいんだぁ。だから、本当は僧侶になりたいって言うよりは、回復魔法を覚えたいだけなんだ。レナさん、私でも出来るかなぁ?」
レナは、アリスのこの話を聞いて胸が痛くなってしまった。アリスは今確かに「怪我をしたら、治してあげたい」と言った。それはつまり、アリスは父や町の人の死を理解していない、否、正確には精神が現実を拒否してしまっているのだろう。その事をレナは、アリスが町を出てから急に話をいっぱいするようになった事から、うすうす感じてはいた。無理も無い。まだ十一歳なのだから。
レナに至っても、自分の村が滅ぼされた実感があまり無い。今も村人たちが普通に生活をしていて、村に帰れば父や母、そしてユーリカが入り口まで迎えに来てくれる……。そんな気がしてならない。そして、その想いとは矛盾して赤髪の男を追っている現実。その事を考えるとまた、赤髪の男への怒りが湧いてくる。
「レ、レナさん。どうしたの?やっぱり私には無理かな?」
赤髪の男への怒りがレナの表情に出ていてしまったのだろう、アリスが少し不安そうにレナに聞いてきた。
「え?そ、そんなこと無いわよ。アリスなら絶対に覚えられるわ」レナは慌てて、そう返した。
「ほ、本当に?」アリスの顔に、光が戻る。
「ええ。私が保証するわ」
「そっかぁ、よかったぁ。レナさん急に怖い顔になるんだもん」
「ご、ごめんなさいね。」
「ううん。でもレナさん。さっき、こぉ~んな顔してたよ」
そう言って、アリスが眉間にしわを寄せ、さっきのレナの顔まねをする。
「もう、アリスったら~」レナは、そう言って腕を組み、頬を膨らませた。
「ふふふ。ごめんなさ~い。あっ、それとね、レナさん……」
そこから急にアリスが小声になり、レナの耳元に話し掛ける。
「カルナさん、機嫌でも悪いの?」
「え?どうして?」
アリスの質問が全く予期してないものだったので、レナは少し驚いた。
「だって、全く話さないでしょ?口を開いたときでも、なんか素っ気無いんだもん。まるで感情がこもってない感じ」
その言葉を聞いて、レナが小声で答える。
「あのね、アリス。カルナは本当に感情を失くしてしまっているの……」
「え?そうなの!?」アリスが思わず、大きな声を上げてしまう。そして、すぐに、しまったと両手で口を押さえ、また小声で話し始める。
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