遭遇①
「う、う~ん」
町を出て、一時間程歩いたところでアリスが目を覚ました。それに気付いてレナが声を掛ける。
「あっ、目が覚めたの?アリス」
「うん。お姉さん、もうこのタオル取って良いでしょ?」
寝ぼけ眼を擦ろうとして、アリスがタオルを巻いていた事に気付き、そう口にした。
「え?ああ、そうね。もう大丈夫かな?」レナはアリスのタオルを取ってやった。
すると「ま、まぶしい~」と零し、アリスは、眩んだ目を両手で擦った。
「うん。目の腫れはすっかり大丈夫ね」レナが顔を覗き込んで、アリスに伝える。
「本当?」アリスがまだ少し不安そうに、レナに確認する。
そんなアリスに、ニッコリと笑みを浮かべ、レナが答える。
「ええ、大丈夫よ」
「そっか、良かった~。ねぇ、お兄さん。もう自分の足で歩けるから下ろして」
アリスはそう言って、カルナの背中から自ら下りてしまった。そして辺りをキョロキョロと見渡す。
「ねぇ、お姉さん。ここどこ?」
「ここは、アリスの町から、北へ丁度一時間くらい歩いたところよ」
「ふうん、じゃあ、もうすぐ『闇の森』だね」確認するように、アリスが零す。
「え?闇の森?それって……?」レナはアリスが発した『闇』と言う言葉に、何かしらの不安を覚えた。
「うん。この先の丘を越えたら、すっごい大きな森があるの。そこが闇の森って呼ばれてるんだけどね……あっ!」
話しの途中で何かに気付きアリスが声を上げた。アリスの目線を追ってレナもそっちを見る。すると、レナに向かって光の塊が飛んでくる。バードの魔法だ。レナが手を差し出すと、光の鳥はチョコンとレナの手に止まった。そして、レナが呪文を唱えると、スーと音も無く消えてしまった。
それを見たアリスが驚いて口を開く。
「すごーい。今のバードの魔法でしょ?お姉さん、神の住む村の僧侶なの?」アリスが目をキラキラさせて、レナの手を何度も引っ張る。それに対して、レナは少し、驚いて答えた。
「ええ、そうよ。あとね、アリス。私の事『レナ』って名前で呼んでくれて良いのよ」
「うん。分かった。それで?それで、バードは何て言ってきたの?」
明らかに、名前の事など、どうでも良いと言った感じで、アリスはしきりにバードの事を聞いてくる。
「うん。実はね。さっきの町で、アリスの他にもう一人女性に会ったの。それで、その女性を無事発見できたって」
「え?じゃあ、その人は町に置いて来ちゃったの?どうして?」アリスは、不思議と言うより、不安そうな顔を浮べる。
「うん。私達も一緒に来るように説得したんだけど……。どうしても、町を出たくないって言うから仕方なく……」
レナの答えを聞いて、アリスは少し俯いて考え込む。
「ねぇ、その人の名前は?もしかしたら、知ってる人かも」
「それがね、名前聞けなかったんだ。金色の髪で、凄い大柄な女性だったわ」
「その人って、もしかして、すごい口の悪い人だった?変にドスを効かしてて……」
「え?ええ。知ってるの?」
「うん、多分。それ、町長さんの一人娘のミネアさんだよ。すごく口の悪い事で有名なの。私、あの人嫌い。すぐ、人の事バカにするんだもの!」そう言ってアリスが、ほっぺを膨らす。
「で、でも、もしかしたら違う人かも……」レナは、アリスがほっぺを膨らますのを見て、思わず宥めようとしてしまった。すると「殺すわよ!」と、アリスの低い声が、急に飛んで来た。
「ど、どうしたの?アリス」唐突の言葉に、レナは一瞬たじろいでしまった。
「って、言われなかった?」
「え?ああ。い、言われたわ。それも、何回も」
レナの返答を聞いて、アリスは自信に満ちた笑みを浮べた。
「じゃあ、やっぱり間違いないわ!ミネアさんだ。あの人“殺すわよ”とか“頭が悪いわね”とか“バカ”とか、口癖の様に言うの。だから、町の皆に嫌われていたの」
「へ、へぇ。そうなんだ……」
アリスの口からそんな事を聞くとは思っても見なかったので、レナは少し呆気にとられてしまった。しかし、普段からあんな態度を取っていたら、嫌われても仕方ないかも……。そう思って、レナはある事に気付いた。普段からと言うことは、あの時ミネアは正気だったって事?レナはあの時、町の惨状を見たミネアは神経が高ぶっていて、ああいう態度になってしまっているものだと思っていた。でもあれが普段どおりだったなんて……。確かに、レナもあの性格は好きになれそうに無いが、その神経の図太さには感心してしまった。
「あっ、そうだ。アリスの事を伝えるのを忘れてたわ」レナが思い出したように言った。
「え?私の事?」
「うん。私達がアリスを保護している事を伝えて、国の兵士さんにアリスを迎えに来てもらおうと思っているの」
「え?嫌だよ、そんなの。お姉ちゃんの所まで連れてって!」アリスが納得できず、泣きそうな顔を浮かべてレナに訴える。
「ごめんねアリス。でも、赤髪の男との戦闘になったら、アリスに危険が及んでしまうわ。だから、ね?」そう言ってレナは、アリスの前にしゃがみこみ、アリスの零れそうになった涙を親指で優しく拭いさる。
「で……、でも。だって、お姉さ……、レナさん達、強いんだよね?その赤い髪の人も倒せるんでしょ?だったら……」
「ごめんねアリス。それでも多分、アリスを守りながら戦える相手じゃないの。私達が無事、赤髪の男を倒せたら、その後でお姉ちゃんに会いに行きましょう。その時は必ず向かいに行くから。ね?」レナは、アリスの頭を何度も撫でながら、笑みを浮べる。
「うん。わかった……」渋々は納得したようだが、アリスはそのまま下を向いてしまった。
「ほんとにごめんね、アリス。それじゃあバードを飛ばすわね」
そして、レナが呪文を唱え始めた時、アリスが何かを思い付いた。
「待って、レナさん」
「ど、どうしたの?」レナは慌てて詠唱を止めた。
「あのね、良い事思い付いたの。バードの魔法を使えば、グランドマインの近くにいる兵士さん達に町に先回りしてもらえるでしょ?そうすれば、町を守ってもらえるでしょ。ほらね?すごく良い考えでしょ?」アリスは自分の閃きに、両手を一杯に広げ、満面の笑みを浮べた。
しかし、レナが返した言葉は「アリス、それは出来ないの」と言う、アリスにとっては、予想外の返事だった。
「え?ど、どうして?どうしてなの?」アリスは、また泣きそうな表情に戻る。
「そ、それは」そう言って、レナは悲痛な表情を浮かべた。
実は、その案はレナも依然、思い付いていたのだ。そして、実行もした。しかし、それは、いたずらに死体を増やしてしまっただけだった。その案は、レナが赤髪の男を追いかけて三つ目の町で思い付いた。バードを飛ばした領の領主は、大量殺人の犯人は、「赤髪の男唯一人」と言うレナの言葉を完全には信じていなかった。領主の意見は、赤髪の男はリーダーみたいなもので、他に必ず仲間がいるはず。だから、それを見越して五百の兵を派遣しよう、と言うものだった。
レナは自分の言う事を完全に信じて貰えなかった事は、どうでも良かった。むしろ逆に、そのおかげで赤髪の男一人相手にこの国の五百の兵が戦うのだから。これなら、あの男も倒せるかもしれない。そう思い、また、そうなって欲しいと願った。
しかし、その願いは届かなかった。冷静に考えれば当然だ。各国から派遣された上位兵士達と神の住む村の僧侶が、揃って殺られた相手にその兵力で勝てるはずが無かったのだ。レナを待っていたのは、またしても赤い町だった。その赤い町を目の前にショックで立ち尽くしているレナの下に、バードの魔法が飛んできた。それは、赤髪の男からのメッセージだった。
“お嬢さんよぉ。ズルはいけないなぁ。お前のせいで、今回死ぬ予定に無かった奴等が大勢死んだな。まぁ、俺としては余分に血を浴びれて良かっんだがよ。これに懲りたら、もうズルはしない事だな……。あっ、そうそう。今、俺が何処にいるか分かるか……?そうだよ。お前の依頼で兵を派遣してきたバカな領主の城だよ。当然、皆殺しにしたけどな。今生きているのは、このバードを飛ばした僧侶だけだ。まぁお前が、このメッセージを聞く頃には死体だろうがなぁ。
次に俺が向かうのは、レイクサイドの町だ。次はズル無しで追って来てくれよ。そうそう、次の行き先を俺が、直接教えたって事は今回、生き残りは無しだ。それにしても、お前も罪な女だなぁ。本来なら、たった一人とはいえ、町の人間が助かると言うのに、お前のズルのせいで、誰一人助からないどころか、余計な死体が増えたんだからなぁ!”
赤髪の男のメッセージは、ここまでだった。それとは別に、このバードを飛ばした僧侶本人のメッセージが入っていた。
“こ……、この男に勝てる人間なんていない。あなたも、追いかけるのなんて止めてしまいなさい。それと、私や城の人間が死んだのは、あなたのせいじゃない。だから…………”
僧侶本人からのメッセージは途中で切れていた。恐らく、この僧侶の行動に赤髪の男が気付き、止めさしたのだろう。この一件があって以来、国王や領主達は、赤髪の男に係わる事を完全に止めた。それでも、レナやそれぞれの城に派遣されている神の住む村の僧侶達の、必死の願いで生存者の保護と、村や町に現れるモンスターの討伐だけには協力してくれるようになったのだ。
この事を、そのままアリスに説明して良いものか、レナは迷ってしまう。すると、それを見かねてか以外にもカルナが口を開いた。
「この国の兵のレベルでは、何人集まろうが赤髪の男は倒せない……」
急に飛んで来た、このカルナの言葉に、アリスは自分の耳を疑った。
「え?じゃあ、お兄さ……、えっと……」
「カルナよ、アリス」アリスがカルナの名を思い出そうとしているのを見て、レナがそっと教えた。
「ありがと、レナさん。じゃあカルナさんは大勢の兵士さん達より強いの?」
「ああ」カルナはそっけなく答える。
「本当に?百人集まっても?」
「ああ」
「そんなの、信じられないよ……」
アリスが信じられないのも無理が無い。実際、他の誰でも、百の兵より一人の男が強いと言っても信じる方が難しいだろう。唯、レナだけは、カルナの言う事を信じる事が出来た。なぜなら、レナは以前にカルナの強さを目の当たりにしているからだ。
それは、レナが赤髪の男を追って、初めて訪れた町での事だった。その町は、レナが訪れた時には、すでにモンスターの巣と化していた。一瞬で周りを囲まれ、否応無しに戦闘になってしまった。レナ自身モンスターと戦うのはもちろん、見るのも初めてだった。それどころか、実戦自体が初めての経験だった。それでも、修行のおかげで何とか戦う事は出来た。しかし、多勢に無勢、モンスターは少なく見積もっても二百はいたのだ。レナ一人で八十体近くは倒せたが、そこで、体力の限界が訪れた。最後の気力を振り絞り、ホーリーシェルを唱え、やり過ごす事にした。
しかし、実際やり過ごせるかは疑問だった。モンスターが結界を破る事は無いにしろ、諦めて何処かに行ってくれる保証など無いのだから……。このまま、ここで何も出来ずに死ぬのかしら?そんな絶望的な事を考えながらレナは、その場で気を失ってしまった。
その後、どのくらい気を失っていたか分からないが、気が付くと目の前に一人の男が立っていた。それが、カルナだった。そして、カルナの後ろに広がる景色を見てレナは愕然とした。そこには、ピクリとも動かないバラバラになったモンスターの死体が見渡す限りに散らばっていたのだ。それを見て、レナは自分の村の事を思い出した。目の前の死体が人間じゃなくモンスターになっただけで、自分の村で見たものと何も変わらなかった。
しかし、この中には、レナが殺したものも含まれている。さっきは夢中で戦っていたが、改めて自分が命のやり取りをした事に気付き、レナはゾッとした。そして、身を抱え震えているレナに、カルナが話し掛けてきた。
「お前も、ここに閉じ込められたのか?悪いが俺にはこの結界は解けない」
「ち、違うの。この結界は自分で……」レナはそう言いながら、慌てて結界を解いた。思えば、この行動は軽率だった。もし、カルナが悪人だったら、どうなっていたか分からない。
「そうか……。じゃあ、向こうにいる子供にも、お前が結界を張ったのか?」そう言って、カルナがその方向に視線を送る。
「え?生存者がいるの?お、お願い案内して!」
そして、そのままカルナに案内してもらい、初めての生存者に出会った。そこで、赤髪の男が結界石と子供を利用して、次の目的地を教えてくる方法を採った事を知ったのだった。
その時に、カルナに赤髪の男の討伐に協力してもらう事をお願いしたのだ。そして、その代わりに、赤髪の男を倒した後にカルナの旅に付き合う約束をしたのだ。
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