異変⑤

「そんな紙切れ、見てないで、さっさとこのバカ女を連れてって頂戴!」

「えっ!」

レナはカルナがそんな行動を取っているとは思わず、慌てて振り返る。すると、確かにカルナが何かの紙を真剣に見ている。どうやら地図のようだ。

「どうしたのカルナ?何かあったの?」不思議に思いレナがカルナに聞いてみる。

「次に赤髪の男が向かいそうなところを見ていた」

「え?でも、その為に今・・・」

カルナの意図が分からず、レナはポカンとしてしまった。

「レナ、この女は赤髪の男の行き先を知らない」

「でも顔を見ているのよ!」

「レナ、今はその事は重要じゃない」

「重要じゃない?どういう事?」レナは眉間にしわを寄せ、カルナの目を覗き込む。

「今、重要なのは赤髪の男がまだ、そんなに遠くに行ってないという事だ。この女から赤髪の男の特徴を聞きだし、それを手がかりに探していては確実にもう一つ町を滅ぼされる。それなら、何処か一つ次に行きそうな町を選んで追い掛ける事に賭けた方が良い」

「で・・・でも!」

「この女から赤髪の男の特徴を聞きだすのは、この国の兵にでも任しておけばいい。お前の魔法があれば、それで問題ないはずだ」

「た、確かに・・・そうだけど・・・」レナは顎に手を当て、考えをめぐらす。

そんな、二人のやりとりを、黙って見ていた女性が鼻で笑いながら喋り掛けてくる。

「フン!どうやら話しはまとまったみたいね。それなら、さっさと私の目の前から消えて頂戴!」

「そうも行かないの」女性の言葉に、そうレナが返す。

「何?まだ私に何か用があるって言うの?」女性は明らかに嫌そうな表情を浮べた。

「さっきも言ったんだけど、この町にはいずれモンスターがやって来るわ。だから、私たちと一緒に町を出ましょう。安全な場所まで行ったらこの国の兵に保護してもらうようにするから・・・」

「フン!嫌に決まっているでしょう!何で私があなたの様なバカ女と一緒に行かなきゃならないのよ!」

「でも、このまま町にいたら、モンスターに殺されてしまうかもしれないわ!」

思わず声が大きくなる。

「フン!もういいわ!バカと話していても埒があかないわ!後ろのあなた!あなたはまだ理解力がありそうだからあなたに言うわ。私は、あなた達とは絶対に行かない!さっさとこのバカ女と行って頂戴!」

このセリフにレナは何も言えなくなって唇を噛み締める。そして、カルナに助けを求めるように視線を送る。すると、カルナが静かに口を開く。

「レナ、この女の説得は無理だ。少なくとも今すぐにはな」

確かに、この女性を説得するのに時間を掛けていては、カルナの“一つの町に賭けて追いかける”という案も無駄になってしまう。そうなれば、また多くの命が犠牲になってしまう。噛み締めた唇を、更に強くギュッと噛み締め、レナは決意した。

「分かったわ、カルナ。行きましょう」

そのレナのセリフを聞いて女性が嬉しそうに皮肉を言ってくる。

「フフフ・・・。流石のバカ女もようやく理解出来たようね。やれば出来るじゃない。ヨチヨチ、ご褒美にキャンディーでもあげまちょうか?ギャハハハハ」

そう言って腹を抱え大笑いしている女性の方に、レナが振り返り、女性の顔をじっと見つめる。

「あらら、怒らしちゃった?フフフ、バカでも皮肉は理解出来るのね」

その女性の言葉を無視して、レナは女性の方に手をかざし、何やら唱え始める。

「ちょ、ちょっと、何する気?」

レナの急な行動に女性がうろたえる。しかし、レナはそのまま呪文を唱え続ける。

「止めなさいよ!」

女性がそう叫ぶと同時に、女性の周りを白い光が包み込む。

「な、何よこれ!?」そう言いながら、ドーム状に女性を包んだ光をドンドンと叩いている。

「ごめんなさい。結界を張らせてもらったわ」

結界の中で喚いている女性に、目を逸らしながらレナはそう口にした。

「冗談じゃないわ!私をここに閉じ込めておく気!」

「ごめんなさい。この国の兵に保護に来てもらうわ。それまでの間、我慢して欲しいの。この結界は絶対に破られる事は無いから・・・」

「ふざけないで、さっさと出しなさい!第一あなたみたいな、バカ女の唱えた結界なんて信用ならないわ!」

結界の中で怒り狂っている女性の言葉を無視して、レナがまた別の呪文を唱え始める。するとレナの掌に光の玉ができ、それは次第に鳥の姿へ変わっていく。そして自ら空へと飛び立つ。これは『バード』と言う魔法だ。使用者の意思を込めて遠くの相手に伝える事が出来る。いわば、魔法版伝書バトだ。この魔法も、神の住む村独自の魔法で、今、この魔法が西の大陸の、各国の情報伝達の主流となっている。

その為、この魔法の為だけに、神の住む村の僧侶を要人として招いている国も少なくない。この魔法の利点は、情報伝達を極短時間で出来る事はもちろん、普通の伝書バトと違い、途中で捕らえられ、情報が漏れたり、書き換えられる事が無いという点だ。しかも、バードに込められら意思は、同じ呪文を唱えられる者しか理解する事は出来ない。

つまり、神の住む村の僧侶達しか理解する事が出来ない。この為、『神の住む村』の僧侶のいない国は、情報を伝える事が出来ないのはもちろん、受け取る事も出来ない。しかし、現在では、神の住む村の僧侶を招き入れていない国など西の大陸では、何処を探しても見当たらない。

レナがバードの魔法を唱えるのを見て、女性が驚き、目を見開き、口を開く。

「い・・・今の、まさかバードの魔法?」

「ええ、そうよ」レナが静かに答える。

「まさか、じゃあ、あなた、あの村の?」

「ええ、あなたの周りの結界も『ホーリーシェル』の魔法よだから安心して」

「信じられない・・・あなたみたいなバカ女が、そんな高等魔法・・・」女性はそう言った後、ポカンと口を開けてしまった。

神の住む村のホーリーシェルの魔法は別名『絶対防御魔法』と呼ばれ、いかなる物理攻撃も、いかなる魔法攻撃も跳ね返す事が出来る。かって、この魔法結界が破られた事例は無い。ただし、赤髪の男を除いての話だ。

レナの正体を知って一瞬動揺したものの、また女性が喚き出す。

「フン!そんなこと別にどうでも良かったわ!さっさとこの結界を失くして頂戴!」

レナが、その女性の言葉に返そうとした時、鳥の形をした光がレナめがけて飛んでくる。どうやら、もう返事が返って来たようだ。それに向かって、レナが手を差し出すと、その上に光の鳥がやって来て、ふわっと止まった。そして、レナが呪文を唱えると、スーッと消えてしまった。

「今、王宮から返事がきたわ。一、二時間でこっちに、兵隊と、私と同じ僧侶が来てくれるわ。それまで、我慢して」

レナのこの言葉に当然、女性は激怒する。しかし、それを無視してレナはカルナに話し掛ける。

「カルナ、赤髪の男が次に何処に行ったか目星は付いているの?」

「ああ。恐らく、この町から真北に行った、グランドマインの町だろう」

「そう・・・じゃあ、行きましょう」

レナは自分であれこれ考えようとはせず、カルナの意見を信じる事にした。なぜなら、今までの旅の中でも、カルナの意見は全て的を得ていたし、恐らく、レナが自分で地図を見たとしても、赤髪の男の行き先など見当も付かないだろうと思ったからである。

そして、町の北側へ向かって歩き出す。その後ろでは、ずっと叫んでる女性の声が聞こえる。その声を振り切る為、たった一、二時間とはいえ女性一人この町に残す罪悪感を振り払う為、そして、レナ自身この赤い町を早く抜け出したいという思いの為、レナはどんどんスピードを上げて走り出す。やがて、それはもう全力疾走に近くなっていた。しばらく走ると、レナの目に出口が見えてきた。もう流石に、女性の声は聞こえない。そしてふと“そういえば、あの女性の名前を聞いていなかったわ”そんな事がレナの頭をよぎった。しかし、出口が近づくとその事も頭の中から消え、早く町を出たいという思いが強くなる。そして、さらにスピードを上げようとした瞬間!


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