異変③

「あれ?」

レナは思わず、そう零してしまった。一年前、丁度、今立っている場所と同じ場所で振り返って見た村と様子が違う。

「赤い・・・?」

自分の目がおかしくなったのかと思い、レナは目を擦って何度も見直す。そして、村に近付けば近付くほど、自分の目は正常だと気付かされる。

村の外観を変えたのかしら?それにしては、あまりいい趣味とは思えない。レナの不安はどんどん募り、次第に鼓動が速くなる。たまらず、村に向かって走り出す。村が近づくにつれ、涙が溢れ出てくる。

“まさか!まさか!嘘よ!”レナは心の中で必死に否定する。しかし、さらに村に近付けば、近付く程レナの瞳は現実を映し出す!そして村の入り口まで来たとき、体の全ての力が抜け、膝から地面に崩れ落ちる。目の前には、村の人間や各国から派遣された兵士たちのバラバラになった死体がそこら中に転がっている。

「いやっ!・・・いやっ・・!」

全身が震える。そこから逃げ出したい。しかし、腰が抜けて立ち上がれない。レナは必死で身を引きずり、村を出ようとする。

“カァー”不意にレナの横で、いきなりカラスが鳴いた。驚いて、そちらを見る。すると、カラスが頭だけになった死体を突付いている。

「いやぁぁぁぁぁぁーっ!!!」

それを見てレナは、半狂乱になりながら叫ぶ。カラスがレナの声に驚いて、そこから飛び去る。すると、その拍子に反対を向いていた頭が“ゴロン”と、こちら側を向く。レナは一瞬頭が真っ白になる。理解できない!正確には理解したくない!!認めたくない!!!しかし、またしてもレナの瞳は現実を映し出す。その死体は間違いなく、一年振りに見る父だった。そして、その横にグチャグチャになった死体が・・・。恐らくは母だろう。さらに、その横には真っ赤に染まった馬車の荷台がある・・・。

無理矢理全てを理解させられる。皆・・・殺された・・・。

「いやぁーっ、いやぁぁぁーっ、いやぁぁぁぁーっ・・・」

レナは狂った様に叫ぶ。そして体を痙攣させながら、後ろへ倒れる。仰向けに倒れ、見上げた空は驚くほど青く澄んでいる。その空を見ていると、また頭が真っ白になる。何も考えられない。体も全く動かない。

どれ位の時間だろう?しばらく、そうしていると、“ザッザッ”と何かの足音が近づいてくるのに気付いた。だが、レナはその正体を確かめる気力が湧かない。そして、その足音がレナのすぐ横まで来て鳴り止む。そして、それが口を開いた事で人間だと分かる。

「おや、叫び声が聞こえたと思ったら、やはり生き残りか・・・」

低い男の声だ。レナはその姿を、体を全く動かさず目だけで確認する。その男は、衣服を全く着ておらず全裸で血だらけだ。顔は逆光で全く分からない。ただ、腰まで伸びた真っ赤な髪が風に靡いている。

生存者?なら、村に何があったか知ってるかも!?レナは気力を振り絞って口を動かそうとする。しかし、それを遮るかのように男が静かにしゃべりだす・・・。

「初めてだよ、この俺がたった一人とはいえ、殺し損ねるなんてな・・・。流石は神の住む村といったところか?ちゃんと神の加護があるじゃないか・・・。」

レナは耳を疑った。しかし、間違いなく聞こえた。“この男が、村を滅ぼした張本人?そして、大陸にあるいくつもの町や村を滅ぼしたモンスター!?まさか人間だったなんて!信じられない!他にも仲間がいるの?”止まっていた頭が一気に動き出す。そして今度は恐怖で体が動かなくかなくなる。そんなレナの横で、さらに男は喋りだす。

「うーむ。このままここで殺してしまってもいいが、それも面白くない。一気にいっぱい殺すから気持ち良いんだよ・・・。そうだよ・・・。人間を一気にバラバラにしてよぉー!そこから噴出す血が最高なんだ!まさに血の噴水だ!それを、全身に浴びてよぉ~。今度は血のシャワーだ!気持ち良い事この上ないぜ!ハッハッー!」

穏やかだった口調が喋っているうちにどんどん荒くなり、男は興奮しだした。

やはりこの男が村を!レナの考えは確信に変わった。しかし、たった一人でどうやって?このまま私も、この男に殺されるのだろうか?それでもいい・・・。皆死んでしまって私独りで生きていく自信もない・・・。いっそ、そのほうが楽・・・。そんな事を考えてしまう。

「おっと、ついつい思い出して興奮してしまった」

男が、元の口調に戻して、そう呟いていた。そして腕組みをして何やら考え始めた。

そして、突然何かを思い付く。

「そうだ!そうしよう!女!そこで待っていろ!」そう言ってどこかに行ってしまった。

今なら逃げられる・・・。しかし、そんな気も湧かない。殺すならそうしてほしい。そしてまた、レナは漠然と青空に目を向ける。

しばらくすると、また足音が聞こえてきた。赤い髪の男が帰ってきたようだ。

「ほう・・・逃げずにちゃんと待っていたか。偉い偉い」言いながら、男は大きく二度頷き、さらに続ける。「それにしてもお嬢さん、寝不足かい?いくら眠くても、うら若き乙女が、こんな道端にいつまでも寝ていたら駄目だろぉ?カッカッカッ!」

男はかなり楽しそうだ。

「人がせっかく和ませてやろうと冗談を言ってやっているのに、愛想笑いでもしろよなぁ」そう言って、呆れたと言わんばかりに首を横に振っている。

「まぁいい。本題に入るとしよう・・・良く聞いとけよ」

そして、恐らくそれを取りに行っていたのだろう。紙を一枚、レナの顔の上に落とす。その紙が、空を遮り、レナの目の前が真っ暗になる。それを見て、男がまた口を開く。

「ハッハッハッ、まるで葬式のようだな。今、お前の顔の上に乗っているのは、ガリシア国の地図だ。この地図を使って俺とお前で鬼ごっこをしよう。鬼ごっこってのは、単純だが面白いゲームだよなぁ。で、逃げるのは俺で、お前が鬼だ。今までは逃げ惑うやつらを追っかけてばかりだったからなぁ。たまには、違うことをやりたくなるのが人間てもんだろ?」そういって、男はまた大笑いしだす。

「本当は、大陸全土を使ってもいいんだがよ、女のお前には辛過ぎると思ってな。俺って優しいだろ?っと言っても、この国も結構な広さがあるがなぁ」

男は“フゥ~ッ”っと一息ついて、さらに続ける。

「さて、ルールなんだが、俺はこの地図に載っている村や町をランダムに選んで滅ぼしていく。それをお前が追ってきて止める。単純だろ?まぁそれじゃあ、いつまでたっても追い付けないだろうから、滅ぼした村や町に、次に滅ぼす場所を分かるようにしておく。まぁ、その為に丁度良い物がこの町にはあったからな」

そう言って男は、手に持っていた袋を持ち上げて振っている。その度に、ふくろの中身が“ジャラジャラ”と音を鳴らす。

「お前が、俺を追ってくるかは自由だ。だがよ、お前も神に仕える者なら、こんな大量殺人鬼放っておけないよなぁ。お前が俺を止めるのが早ければ早いほど、これから俺に殺される可能性のある命を救えるんだ。これほど、僧侶冥利に尽きる事は他にないと思うぜぇ」そう言うと、男はゆっくりと村の外に向かって歩き出す。そして、歩きながら大声を出してレナに話し掛けてくる。

「お前はよぉ、俺が唯一殺し損ねた人間だ。期待してるぜぇ」

そこで、男はくるりと振り返り、後ろ向きに歩きながら、さらに続ける。

「これは俺の勘だがよ、お前は絶対に追ってくる!絶対にな!そして、俺に追いついた時、今度こそ殺してやるよ!初めは『フアスト』村からだ!じゃあな!」

そして、また体を反転し,高らかに笑いながら村の外に消えていった。

この後、大陸中の人間が、大量殺人が一人の人間の仕業だという事実を知る事となる。そして、レナが見たこの男の唯一の特徴、腰まで伸びた赤い髪。その事から、大陸中でこの男は『赤髪(せきはつ)の男』と呼ばれ、恐れられた。


あの男が、この下らないゲームを止める分けがない。唯一殺し損ねたと思ってる私を殺すまでは!

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