異変②

レナの住んでいた村は、村人全員が神への信仰厚い僧侶達の村だった。

村人の殆どが高等な神聖魔法を扱い、また、その村の人間達しか使うことの出来ない特殊な魔法も存在した。こういったことから、その村は『神の住む村』と呼ばれ、大陸中から多くの人間が訪れ、村と呼ぶには大き過ぎるほど栄えていた。さらに、西の大陸中の大小問わず殆どの国がこの村の僧侶を国の要人として招きいれ、この村の保護のため各国が競って兵を派遣し、村の警護に就かせた。

そして、大陸中の各国間でいかなる理由においてもこの村への侵略行為の禁止。この村出身の僧侶への処罰を禁止する条約が結ばれていた。それほどまでに、この村の存在、正確には、この村の神聖魔法の存在は貴重なものだったのだ。

また、山賊や盗賊のような無法集団においても、侵略行為をするものは無かった。逆に、行ったところで各国から派遣されている屈強の兵団が警護に就いているので、どうすることも出来ないだろうし、仮に派遣された兵団が居なかったとしても、この村の僧侶達は、攻撃魔法が殆ど無いにもかかわらず、小国の兵力を軽く凌ぐと言われていた。

それを裏付ける事柄として、過去に一度だけ、侵略行為を受けた時の事が上げられる。それは三百年前に西の大国フランツの起こした侵略戦争での事だった。その時、村を襲ったフランツ軍の兵は一千。それを、当時の村人百人で撃退したのだ。この一件以来、三百年の間、村が襲われた事は無かった。その為、この村は別名『争い無き村』と呼ばれ、平和の象徴的な存在となっていた。

しかし、その平和もたった一人の男の存在によって滅ぼされてしまった。

その男の存在は、大陸中に知れ渡っており、当然、神の住む村の住人の耳にも届いていた。当初、大陸中の誰もが、それまで大小合わせて百を超える村や町、さらに城までも滅ぼされていた事から、人間の仕業だと思われてていなかった。凶暴なモンスターの仕業。それが殆どの人の意見だった。中には、悪魔が実在し、この世に現れ、その悪魔の仕業だと言うものも現れた。

何故このような噂だけが飛び交っていたのかと言うと、それまで、その男に出会って生き残ったものが存在しなかったからだ。そう、その男が神の住む村に現れるまでは・・・。

そして、レナこそがその男に出会った初めての生存者なのだった。

レナが殺されずに済んだのは、まさに偶然だった。神の住む村で生まれた者は、男女問わず十六歳の誕生日を迎えると、丸一年、つまり十七歳の誕生日まで、聖地と呼ばれる場所で、神の住む村独自の特別な神聖魔法を覚える為の修行を行うのである。その聖地へは、『マジックスポット』と呼ばれる特殊な魔法の紋様の描かれたパネルを使って行くことが出来る。マジックスポットは別のマジックスポット同士繋がっており、スポットごとに刻まれた『アドレス』を唱えれば少しでも魔法の力があるものならば、簡単に、一瞬にして遥か遠くの地へ移動することが出来る。昔は、このスポットが大陸中に点在していたが、これを使えば各国に簡単に侵入できてしまう為、その殆どが破壊ないし、封印されてしまった。

しかし、逆にこのマジックスポットはアドレスを知らなければ、決してその場所に行くことが出来ないので、聖地の場所を知られずに済むという点では非常に便利なのだ。

さらに、聖地のマジックスポットは改良されており、聖地側のセキュリティーが解除されないと移動出来ない。この為、聖地の場所を暴くのは容易ではない。マジックスポットを通らずに行こうにも、普段はマジックスポットを使って移動しているので、神の住む村の住人でさえ、大陸のどの場所にあるのかは知らないのだ。ただ、唯一、聖地に居る大神官だけがその場所を知っているのだ。この事は周知の事実であり、その為、村の人間を脅して聞き出そうとする愚かな者もいなかった。

神の住む村が襲われたのは、丁度レナがこの聖地で修行を終え、村に帰ってきた日、つまり、レナの十七歳の誕生日だった。

レナは、その日、朝からウキウキして落ち着かなかった。今日の昼には、一年ぶりに帰れる。そうすれば、両親に会える。この一年修行、修行で心身ともに休まる日が無かった。今日は絶対に、甘えまくってやる。朝からずっとその事を考え続けている。

それと他にもう一つ楽しみがあった。それは、レナと一日違いの誕生日の親友、ユーリカと今日一緒に誕生日パーティーをするのだ。ユーリカとは、聖地に来てから知り合った友人だが、誕生日が一日違いという事で、修行の日々の殆どを一緒に過ごした。レナが辛い修行の日々を耐えてこられたのは、ユーリカの存在があったからだと思っている。そんなユーリカを前日見送りに行った時、彼女はこう言っていた。

「どうせだし、明日一緒に誕生日を祝わない?私、ケーキ作りにはすっ・・ごい自信があるの。おいしいケーキを二人では食べきれないくらい作っておくわ!」

その言葉を思い出すと、自然と顔がニヤけてくる。

「あっ、そうそう。明日はマジックスポットまで迎えに行くからね。」

この言葉には、レナは、「別にわざわざ来なくても大丈夫よ」と、言ったのだが、

「絶対、行く!」

そう強く言われたから、甘えることにした。

レナがわざわざと言ったのは、村側のマジックスポットは、村から少し離れた山の洞窟にあるからだ。しかも、ユーリカの家は、裕福な家なので馬車で来ると言うから、なおさら少し遠慮してしまったのだ。しかし、今思うと歩かなくて、ラッキーだなぁ、と、また顔がニヤけてしまった。

そんな事を、与えられた部屋のベットに寝転びながら考えていると、ドアが“コンコン”と鳴った。

慌てて、「はっ、はい」と返事をすると、ドアが開き、この一年、レナの修行を担当してくれたエリザ先生が、やさしい笑みを浮かべながら、ゆっくりと入って来た。

「レナ。いよいよお別れの時です」

「はい」そう答えて、思わす下唇を噛み締めた。

この先生がお別れの時と言ったのは、聖地での修行を終えた者が、聖地へ帰って来ることは殆ど無いからである。聖地に入る事が出来るのは、十六歳になってやって来る修業者と、大神官が直々に選んだ十五人の神官だけなのだ。もし帰って来る者がいるとすれば、この十五人か大神官が死んだ時に新しく選ばれた者だけだ。それ以外は、どんな緊急事態が起こっても、聖地へ行くことは出来ない。その事を分かっているから、レナは少し涙が出そうになる。その姿を見て、エリザがレナに優しく声を掛ける。

「あなたとユーリカは、私が担当した者の中でも群を抜いて優秀でした。あなた達なら、もしかしたら、また聖地に戻ってくるかもしれませんね」

その言葉を聞いて、我慢していた涙が零れてしまった。

「あなたは、今日から一人前の僧侶です。泣いてないで、さぁこの服に着替えなさい・・・」そういって、エリザが手に持っていた箱をレナに差し出す。

「はい!」

レナは無理やり、服の袖で涙を拭い去って、両手でその箱を受け取る。そんなレナを見て、エリザがレナの両肩に手を添え、真直ぐ目を見つめ、一度大きく頷く。

「それでは、三十分後にマジックスポットで・・・」そういって、エリザは部屋を後にする。

その後姿に向かってレナは、「ありがとうございました!」と、深々と頭を下げる。

するとエリザが振り返り、にっこりと微笑を浮かべ、「遅れないようにね」と、それだけ言って、行ってしまった。

エリザが持ってきた箱の中には、一人前と認められた僧侶だけが着ることが許される、聖なる服と、長さが五十センチ程の聖なる杖が入っていた。見ると、杖の先には半透明の宝玉を囲う様に白金で出来た翼の装飾が成されている。それと同じ模様が、服の胸の部分にも描かれている。その二つを、レナは体一杯に抱き締め、この一年の事を思い出し、感慨にふける。しかし、それも束の間。時間が無い事を思い出す。急いで、服を着替え、髪形を整えていると、あっという間に時間が来てしまった。レナは慌てて部屋を飛び出し、マジックスポットに向かう。

マジックスポットに着くと、すでに大神官様まで来ていた。そして、ろくに挨拶もしないままエリザ先生に急かされる。

「ギリギリですよ、レナ。さぁマジックスポットへ」

そう言われ、レナはその場に立たされた。そして、無言のまま大神官様が目の前にやってくる。

「レナ=クリスティンよ、今日からお前は一人前の僧侶だ。向こうに帰っても日々精進するのだよ・・・」それだけ言うと、大神官はマジックスポットを発動させる呪文を唱え始めた。

聖地では、卒業の時、大げさな儀式の様なものは行わない。その代わり、大神官が直々に送り返してくれるのだ。村の人間はどんな儀式よりも、この事の方が一人前と認められたと実感できると口を揃えて言っていた。その事を本当にそうだと初めて実感できた。

大神官が呪文を唱え終わると、一瞬でレナの体は村の外れにあるマジックスポットへと移動した。一瞬暗さでフラッとなる。目が完全に慣れるのを待ちきれず、出口に向かって走り出す。“外にはユーリカが待っているはずだ!”嬉しさが込み上がってくる。そして、夢中で走っていると“ドカッ”っという音と共にレナの体が後ろに弾き返される。

「痛った~い」そう零して、ゆっくり前を見て何にぶつかったのか確認する。すると、そこには魔法で張った結界があった。

「そうだった、すっかり忘れてたわ」

そう、ここには村の人間以外この場所のマジックスポットに近付けないように結界が張ってあるのだ。

今度はゆっくり近づいて、レナは呪文を唱える。すると、今度はレナの体は結界に弾かれる事無く、すり抜ける。

この結界を一人で通り抜ける事が出来るようになるのが、一人前の僧侶と認められる最低限のレベルなのだ。逆に、一年でこのレベルに達しなかったものは一生僧侶になること認められないようになっている。しかし、村の歴史上、出来なかった者はいない。レナとユーリカに至っては三ヶ月ほどで出来る様になっていた。

「このことを話したら、ユーリカはきっと大笑いするだろうなぁ・・・」

ボソリと零し、レナは、逸る気持ちを抑え、今度はゆっくり歩いて出口に向かう。

「まぶしい~!」

洞窟を出ると、今度は日の明るさに目が眩む。目が徐々に慣れだし、周りを見渡す。

しかし、そこには誰もいない。胸の奥の方に小さな不安が芽生える。

「ユーリカ~?」レナは試しに呼んでみる。しかし返事は無い。

「おかしいなぁ、まだ来てないのかしら?」

独り言をこぼしながらレナは考える。私ならともかく、ユーリカが遅れるなんて・・・

実際レナがいつも、朝寝坊をしそうになった時、ユーリカが必ず起こしに来てくれていたし、ユーリカが遅刻するのをレナは見たことが無い。

「きっとケーキ作りに夢中になりすぎて、時間を忘れているんだわ」

レナは独り、そう零し、どんなケーキだろう・・・?と頭の中で色々なケーキを想像して、思わず顔がニヤニヤしてしまう。“村から、ここへの道は一つしかないし、途中で出会うだろう”今度は頭の中でそう呟き、レナは村に向かって歩き出した

しかし、歩けど歩けど、いっこうに出くわさない。おかしい・・・。もうそろそろ村に着いてしまう。何かあった?胸の奥の方にいた不安が一気に、前へと飛び出してきた。村の入り口には、父さんと母さんが来てくれている筈だ。取り敢えず、父さんと母さんに聞いてみよう。ユーリカから何か聞いているかもしれない。そう心に言い聞かせ、レナは歩くペースを上げる。

そして、結局ユーリカとは出会わないまま、村が肉眼で見える場所まで来てしまった。


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