異変①

   第一話 異変


「ここも間に合わなかったな」

抑揚のない声でそう口にした青年の名はカルナ=エイモンド。

背中まで伸びた夜の闇のような真っ黒な髪を、後ろで一つに結んでいる。その顔は彫刻の様に整っていて、とても美しい顔をしているが、瞳は髪の色と同じような黒色で光はなく、吸い込まれそうな闇を放っている。

「ええ」

悔しそうに、そう返した少女の名はレナ=クリスティン。

背中まで伸びた太陽の光のような金色の髪を、カルナと同じように後ろで一つに纏めている。その顔は少し幼さを残しているが美しく、瞳の色は快晴の空の様に青く澄んでいて、涙で潤んだ、その瞳は美しい光を放っていた。


二人の目の前には、真っ昼間なのに、まるで夕日に染まったかの様な真っ赤な町が広がっている。

「いったい、いつになったら追いつけるの!」体を震わせ、地面に向かって、悔しさを吐き出す。

「嘆いていても仕方がない。行こう、レナ。生存者がいるはずだ」抑揚の無い低い声が静かに響く。

「分かってる!分かってる・・・けど!」自分の不甲斐無さへの怒りと、目の前の町へ入る恐怖で足が止まる。

「ここで、旅を止めるか?俺はそれでも構わない」

この町の二つぐらい前の町に着いた頃からだろうか、この言葉を掛けられるようになった。そして、その度に・・・拳を握り締め、こう言い返す。

「いいえ、止めないわ!ごめんなさい。カルナ、行きましょう」そう言って、レナは、覚悟を決めて顔を上げ、町の中へ歩き出す。それを見てカルナも黙って一緒に歩き出す。

町の中は、見渡す限り真っ赤に染まっている。地面はもちろん壁も、屋根の上までも・・・。そして、その原料が町中に転がっている。そう・・・それは、元はこの町で生活していたであろう人間のバラバラになった死体だ。

町の外からだと、ただ漠然と赤く見えていたものが、町の中に入るとはっきりとそれが、元人間の部品だというのが分かる。手、足、胴、頭、大きくバラされたものから原形の分からないほど細かくミンチ状にされたものまで在る。生存者を探そうと町中に目を凝らせば嫌でもそれらを見なければならない。

“何度見てもこの景色だけは耐えられない”心の中でそう呟きながらレナは必死に吐きそうになるのを我慢する。そして、その度に浮かび上がる涙で視界が曇る。その横で平然とした顔でカルナは生存者を見つけるために目を凝らしている。

「流石にこの時だけは何も感じないカルナがうらやまし・・・」レナは全部言いかけて言葉を飲み込む。そして、とっさに謝る。

「ごめんなさい・・・無神経なことを・・・」

「気にすることはない」無愛想にそう言って、カルナは町の中へと進んでいく。

レナはカルナのその言葉を聞いてさらに自己嫌悪に陥る。そして黙ってカルナに続いて町の中に進んでいく。

しばらくすると、赤い町に黒い模様が加わり始める。そして“カァーカァー”という聞き覚えのある鳴き声が町中に響き渡る。そう,カラスだ!いったい、何処からやってきたのだろうか?いつの間にか町中カラスだらけになっている。そのカラスたちは美味しそうに、元町の人間たちの肉片を啄ばんでいる。皆で“カァーカァー”と鳴きながら啄ばむ姿はまるで宴でも開いているかの様だ。

カルナとレナがそのすぐ横を通っても、カラスたちは食事に夢中なのか二人をバカにしているのか、食べるのを止めようとしない。

レナはその憎々しい姿を見るたびに、頭がおかしくなりそうになる。すぐにでもどこかに消えてほしいと願う。しかし、決して追い払おうとはしない・・・。

以前、はじめてこの光景とまったく同じものを目にしたとき、レナは必死でカラス達を追い払った。すると、食事を邪魔されたカラス達が群れをなして襲い掛かってきた。百羽程度いただろうか。“流石にどうすることも出来ない”そう思い、結界を張ってやり過ごそうと呪文を唱えようとした時には、すでにカラスの鳴き声は止み、代わりにピクリとも動かないカラスの死体で出来た黒い山がそこにあった。そして、その横では返り血を一滴も浴びてないカルナが刀を鞘に戻していた・・・。

一分も経たないうちに、カルナは百羽近くいたカラスを皆殺しにしてしまったのだ。流石に、これを見た時レナは心が痛んでしまった。カラスにはまったく罪がない。むしろ生きるために当然の行為をしているのだ。もちろん、人間の側から見たら憎々しい事この上ないのだが・・・。だからと言って、こちらの都合で殺してしまうのが正しいとも思えない。それ以来、レナはこの光景を目の当たりにしても、グッと堪えてきた。幸いカルナも襲ってこなければ、自分から殺しに行くことはない。

そんなことを思い返していたとき・・・。

「レナ、あれを・・・」そう言って、カルナが通りの先を指差している。

「えっ!?」

考え事の最中に声を掛けられたから、少し動揺して、慌ててカルナの指差すほうを見る。町の中心部だろうか?通りの先の少し開けた場所に噴水らしきものが見える。しかし、少し遠すぎるのと、カラスの群れで何処を指差しているのか分からない。仕方ないので・・・。「何が見えるの?カルナ」と、聞いてみる。

「噴水の脇に人の形をしたものがある」

「えっ?」

そう言われて、必死に目を凝らしてみるが、レナには全く分からない。カルナが“人の形”と言ったのは、この町の中で死んでいるものは皆、大小違いはあるが、バラバラにされてしまっているから、“人の形”を残しているのは生き残りの可能性が高いという意味だろう。

「それにしても、よくあんな遠くが見えるわね」

感心と驚きの混じった、レナのその言葉には反応せず、

「取り敢えず、行こう」それだけ返して、カルナは歩き出す。

「え、ええ」

いつもの事だが、自分の問いにあまりに無関心な返答に拍子を抜かれつつ、レナも慌てて、カルナについて歩く。そして、噴水が近づいてくると、レナにもようやく人が蹲っているのが見えた。

「生存者だわ!」

わかった瞬間、レナは全力で走り出す!それを見て、カルナも走ってついていく。

急に近付いてきたレナに驚いて、噴水の周りのカラス達が一斉に飛び立つ!

しかし、そんなことが起こっても、生存者は全く反応せず膝を抱え、顔を埋め震えている。

それにしても、ほんとによく蹲っている人間を、カルナはあんな遠くから発見できたものだ。そんなことが、一瞬レナの頭をよぎったが、すぐに消え、気持を抑え、生存者に話しかける。

「ねぇ、あなた、大丈夫?」

正直間抜けな問い掛けだ。町のこの惨状を見て大丈夫な訳がない。レナの村が同じ目にあったとき、レナ自身丸三日動くことすらできなかった。しかし、他にかける言葉が思い浮かばない。

そして今までに、この言葉をかけられた生存者の反応は二通りしかなかった。泣きながら抱き付いてくるか、全く無反応かだ。この生存者は後者の方だった。

唯、いつもと違うのは、今までの生存者、正確には町を滅ぼした者に、わざと生き残された者が、いつもは十歳前後なのに、二十歳前ぐらいだろうか?しかも、かなりの大柄な女性だという事だ。

今まで、小さな子供ばかり生存者に選んできたのは、レナたちの追っている大量殺人鬼の最後の・・・ほんの微かな良心がそうさせたのかと思っていた。今までに数千・・・いや、数万の人間を殺してきた者に良心など、普通に考えれば無いに決まっている。しかし、それでも、そう信じたかった。それは、レナが神への信仰厚い僧侶だから、そう思うのかもしれない・・・。

そんな事を考えていると、「おかしい・・・」と、カルナが横で呟いた。

同じ事を思ったのだと思い、レナが口を開く。

「ええ、いつもはもっと小さな子を残しているのに・・・」

「違う」

「え!?」

否定されるとは、全く思ってなかったから、驚いて聞き返す。

「結界が張っていない」

その言葉を聞いて、ハッ!として、レナは慌てて女性の周りを確認する。

「本当だわ!」

本当も何も、今までは結界が張ってあって、それを外してから近づいて声を掛けていたのだ。それを今回は、やらずに近づいて声を掛けていた。そんな事すら気付かないなんて・・・。町の惨劇見たせいで冷静さを欠いていたのか。それとも、元々の性格だろうか?どちらにしても自分の間抜けさに恥ずかしくなる。そして、カルナが居てくれて本当に良かったと改めて思う。

「どういう事かしら・・・?」自分では全く頭が回らずカルナに聞いてみる。

「さあな。もう結界石が無くなったんじゃないのか?」

「そんな!そんなはずないわ!あの男は、私の村にあった殆どの石を奪っていったのよ!」思わず叫んでしまう。

そのレナの言葉に対しては何も言わず、カルナは黙っている。

「まさか、失くした・・・?」

そう漏らした自分の言葉に対し、レナは、自分の結んだ金色の髪が、宙を舞うくらい激しく首を横に振った。

「そんなはずは無い!・・・もしそうだとしても何かしらの方法を取る筈だし・・・」

何故だろう?こんな、結界も張らずに生存者を放っておいたら、今回は間に合ったが、もし、レナ達の到着が遅れていたら、そのうち現れていたであろう、モンスターに簡単に殺されていた・・・。

“現れたであろう”とレナが思ったのは、これまで滅ぼされた町や村には、現れるまでの時間に差はあるものの、必ず何処から来るのか、モンスターが現れたのである。恐らくは、カラスと同じで、空腹を満たすのが目的なのだろう。実際、モンスターの現れた後には、人間の死体は綺麗に無くなっている。

「一体!一体どういう事!?この下らないゲームをもう止めるって事!?」

殺人鬼の意図が分からず、頭を抱え、思わず叫ぶ。そして、生存者の介抱も忘れ、必死に考え込んでしまう・・・。

そもそも、二人が追っている殺人鬼が、何故わざわざ結界を張ってまで一人だけ生存者を残すようになったのかと言うと、それはレナの住んでいた村が滅ぼされたときから始まった・・・。

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