プロローグ②

 「お前達か?」赤髪の男が静かにそう口にした。

 何のことか理解できず、レッド達は誰も答えない。すると、一言目とは打って変わり、赤髪の男が、声を荒らげる。

 「お前達かと聞いているだろう!聞こえないのか?」

 その声と共に、込められた異様なほど大きい殺気に、これまで幾度の戦闘を経験してきた全員が、心臓を鷲摑みにされたような錯覚に陥る。それでも、何とか、その錯覚を押さえ込みレッドが言葉を返した。

 「何の事だ?俺たちを知っているとでも言うのか?」

 この言葉に、赤髪の男は怒りを顕にする。

 「何の事だと?決まっているだろう。俺が作り出した、血と肉で埋め尽くされた美しい真っ赤な町を、こんな真っ黒焦げに変えてくれた、バカ共はお前達かと聞いているんだよ」

 これに対して、怒りを口にしたのはエリーだった。

 「ふざけないで!こんな、死体で埋め尽くされた町が美しいですって?これだけの人間を殺しておいて、あなた何も思わないの?人の命をなんだと思っているの?」

 エリーのこの言葉を聞いて、赤髪の男は顎に拳を当て少し考え、また静かに口を開く。

 「人の命?そんなのは考えたことは無いな。俺は唯、自分の欲望に素直なだけだ。俺だけじゃない、すべての生き物は、己の欲を満たす為に生きているだろう?唯、人間はその欲の種類が多岐に渡っているだけだ。いわば、動物が飯を食っているのと同じ行動でしかない。お前達だって、俺にその武器を向けているという事は、俺を殺したいと言う欲を満たしに来ただけだろう?」

 この言葉に、四人全員の心を怒りが支配した。そして、レッドが剣を強く握り締め叫ぶ。

 「赤髪の男――!お前だけは絶対に許さないぞ。殺された皆の為、お前は俺達が倒す!」

 レッドの叫び声が町中にこだまする。しかし、赤髪の男は動じず、口を開く。

 「赤髪の男?俺の事か?どちらかと言うと、お前の方がその名に相応しいんじゃないのか?それだけ立派な赤い髪をしているんだからな」

 そう言った後、少し笑い声を漏らし、更に続けて口を開いた。

 「それよりも、お前、俺を倒すと言ったが、そんななりで、どうやって俺と戦おうと言うんだ?」

 「何の事だ?」

 そう返しつつも、レッドは違和感を感じていた。何かおかしい……。目の前の景色が変わった気がする。何だ?いや、とっくに気付いていた。唯、理解出来ないだけだった。さっきまで、目の前に構えていた剣が消えているのだ。いや、それだけじゃない剣を持っていた手の感触すら無くなっている。どういう事だ?そして、恐る恐る、視線を赤髪の男から自分の手へと移す。すると、自分の腕の肘から下が切り落とされ、剣を握り締めたまま、地面に転がっている。そして、肘から溢れ出た自分の血によって真っ赤に染め上げられている。

 「うわああああ」レッドが思わず叫び声をあげる。

 それを合図と言わんばかりに、他の三人が一気に戦闘態勢に入る。

 「エリー!レッドを頼む」ゴードンが声を上げる。

 「ええ」返事を返し、エリーがレッドの元へ駆け寄る。

 「マリア。援護を頼む」ゴードンが今度はマリアに声を掛ける。

 「ああ、わかったよ」マリアはそう返し、呪文を唱え始める。

 ゴードンはマリアに声を掛けると同時に、赤髪の男へ斬りかかった……。はずだった、しかし、体が一歩も前に進んでいない。バカな……。ゴードンは自分の意思とは反し、体が地面に倒れこんでいく事に気付く。慌てて手を付いて起き上がろうとするが、起き上がったのは上半身だけだった。振り返ると、自分の足が根元から切り離されていた。そして、上からは、真っ赤な液体が……。何だ?そう思い、徐に見上げると、マリアの首から上が無くなっていて、そこから舞い上がっていた血液だった。呆然と、その光景を眺めていると、大きな笑い声が上がった。

 「ハーハッハ、すまないなぁ。お前達はゆっくり殺してやろうと思ったが、魔法使いだけはな……。町をこれ以上壊されたくなかったんで、もう殺してしまったよ。だが、美しいだろう?人の体からあふれる血ってのは。町に一つは欲しい、血の噴水の出来上がりだ」

 赤髪の男は顔に手を当て、上機嫌で更に笑い出した。しかし、あるものを発見して驚き、笑うのを止めた。それは、さっき腕を切り落としてやった男の腕が、元に戻っていたのだ。そして、横の女となにやら話している。

 「ありがとう、エリーもう大丈夫だ。それより、マリアは……」

 この言葉に、エリーは涙を浮かべ、首を横に振るしか出来なかった。

 「そうか……、じゃあ、ゴードンを頼む」

 レッドにそう言われ、エリーは黙ってゴードンの元へ駆け寄った。そして、回復魔法を使い切断された、両足を元に戻した。すると、ゴードンはゆっくりと立ち上がり「すまない」とだけ口にした。

 

 普通の戦闘なら、この時は最も攻撃を仕掛けやすい隙の生じた瞬間だ。だが、赤髪の男は攻撃を仕掛けず、唯まじまじと眺めていた。そして、徐にレッド達三人に話しかけてきた。

 「回復魔法と言うのは、それ程の物なのか?それとも、その女だから出来た芸当なのか?」

 この言葉に、3人共何も返さず、唯身構え、赤髪の男を見つめていた。いや、正しくは観察していた。三人は三人共、さっきの一瞬のやり取りで、普通に戦っては、この男に勝てないという事を思い知った。

そして、レッドはふとカミューとの作戦の話を思い出した。そう、奴を倒すには、まず、目の当たりにした異様な能力の正体を見極めなければならない。一瞬で全滅しかけた事で、逆に冷静になれた。そして、レッドが赤髪の男に聞こえないくらいの小さな声で、他の二人に話し掛ける。

 「二人共、カミューと立てた作戦の話は覚えているか?」

 この問いに、二人は小さく頷く。それを確認し、レッドは更に続ける。

 「奴に勝つには、あの能力の正体を見極めなければならない。奴の事をよく観察するんだ。もしかしたら、カミューもどこかで、奴の事を観察しているかもしれない。だから、出来るだけ、時間を稼ごう」

 レッドがこう言い終えると、二人はまた小さく頷いた。すると、そのやり取りが終わるのを待っていたと言わんばかりに、赤髪の男が口を開いた。

 「内緒話は終わったか?なら、さっきの話の続きだ」

 そう言った後、少し考えて赤髪の男が更に口を開く。

 「いや、質問を変えよう。回復魔法と言うのがたいした物と言うのは、目の当たりにした事実だ。その女だからかどうかは、どうでもいい。赤い髪をしたお前、さっきお前は、殺された皆の為とか言っていたな。それは、この町の人間の事か?」

 レッドは唐突に投げ掛けられた質問の真意が分からなかった。何故、この男は急にこんな質問を投げかけてきたのだろう。そう頭に過ぎったが、これは、奴を観察するチャンスだ。質問に対して、正直に答えた。

 「違う。もちろん、この町の人間達も含まれるが、俺達は、お前に滅ぼされた故郷の仇を討ちに、お前を追い掛けて来たんだ」

 この答えに、赤髪の男は少し驚いた表情を見せた。

 「滅ぼされた故郷?本気で言っているのか?では、俺は町の人間を、皆殺しに出来ていなかったと言うのか?あの女以外にも、生き残りがいたと言うのか?そう言えば、あの女がいたのも、僧侶の村。では、お前達は、俺に切り刻まれてなお、先程の回復魔法でその身を修復し生き延びたと言うのか?」

 この質問にも再びレッドが答える。

 「違う。俺は、俺達はお前に故郷を滅ぼされたとき、そこにはいなかったんだ。もし、俺がその場にいたなら、絶対に故郷を守って見せた」

 レッドの答えを聞き、赤髪の男は再び驚いたと言うより、むしろ合点がいったという表情を浮かべた。

 「なるほど、なるほど、そうか、そうか。お前達はその場にいなかったのか。そうか、そうか。くくく。気まぐれでも、他人と話してみるものだ。この能力を手に入れてからこっち、殺すのに夢中で頭を使う事がなかったからな。それとも、無意識にこの力を過信しすぎていたのか。やはり、人間ある程度は脳みそを使っておかなければならないな」

 そう言った後、仕切りに感心し、何度も頷いたかと思うと、今度は赤髪の男は、両腕を組み何やら思案にふけりだした。

 このやり取りの最中、レッド達の心中は、見る見る焦りに支配されていっていた。三人が3人共、赤髪の男の体を隈なく観察しているが、目の前の男は全裸で装飾品らしきものを一切身に付けていないのだ。初めは、血まみれのその姿で、分かりにくいだけだと思っていた。だが、冷静に探しても、何一つ見つからない。ネックレス、腕輪、指輪、ピアス、アンクレット、そう言った装飾品を一切身に付けていない。

 そして、何より、赤髪の男が最後に言った台詞の中の「この能力を手に入れて」と言う言葉に、レッドは最大の不安を覚えた。もし、何かのアイテムを手に入れたなら、そう口にするだろうか?少なくとも、「能力を手に入れて」ではなく、「指輪を手に入れて」とかアイテムの名で表現するんじゃないだろうか?アイテムの存在を隠す為にわざと、そう口にしているのか?まさか、本当に、一人の人間があんな得体の知れない能力を持っているというのか?とても、信じられる事ではない。不安と焦りが更に大きくなっていく。だが、いつまでも、考えている余裕も無い。レッドは意を決し、残りの二人に話し掛けた。

「二人とも聞いてくれ。これから俺が、奴に攻撃を仕掛ける。もしかしたら、いや、恐らくそれで、俺は殺されてしまうだろう。だが、それで、奴の能力の発動の瞬間を見極めてくれ。今の俺には、それくらいしか思いつかない」

そうレッドが言うと、エリーが反論してきた。

「だめよ。それなら私がやるわ。奴の能力を見極めた後にこそ、あなたの力が必要になるはずだから」

これに対して、レッドが反論し返す。

「いや、バランスを考えれば、エリーは死んじゃ駄目だ。それに、今奴は油断している。もしかしたら、俺の剣速なら一撃喰らわす事が出来るかもしれない。二人とも目を逸らすなよ」

レッドが、二人の返事を待たず、意を決した瞬間。赤髪の男の右後ろから、気配なく人影が現れた。カミューだ。

恐らく、カミューもレッドと同じ考えだったのだろう。カミューの剣撃が赤髪の男の首目掛け真一文に繰り出された。赤髪の男は腕を組んだまま、微動だにしない。

入る!攻撃を繰り出したカミューはおろか、見ていた三人もそう確信した。

しかし、カミューの剣が赤髪の男の首に届くと思われた、その刹那、カミューの体が一瞬で粉々に弾け飛んだ。

無数の礫となったカミューの体は、通りの建物の壁にぶち撒けられた。そして、剣だけは原形を留めたまま、壁へと突き刺さった。

この光景を目の当たりにして、残された三人が三人とも絶望に支配された。誰も、分からなかったのだ。赤髪の男の能力の正体が。能力を発動する瞬間が。現実が虚しく三人の目に映し出された。そう、本当に赤髪の男は腕を組んだまま微動だにしなかったのだ。

三人の目に、もう光は宿っていなかった。そして、全員その場に膝から崩れ落ちた。

しばらくして、赤髪の男がその事に気付き、ゆっくりと、三人の方へと歩いてきた。そして、徐に口を開いた。

「すまないな、ほったらかしにしてしまって。ついつい、考え事をしてしまったよ。お前達には、本当に感謝するよ」

そう言った後、何かに気付き赤髪の男が更に口を開く。

「よく見たら、噴水が三つ並んでいる様じゃないか。乾いた血を潤すのに丁度いいな」

そう言うと、赤髪の男は、やさしく目の前の空間を撫でる様な仕草をした。すると、三人の首に亀裂が浮かび上がり、そのまま地面へと転がり落ちてしまった。そして、残された胴からは天に目掛け大量の血が舞い上がった。

赤髪の男は恍惚の笑みを浮かべながら、その天から舞い落ちる赤い雨を浴び始めた。





 しばらくして、赤髪の男は独り佇む・・・たった今完成した、真っ赤な町の真ん中で・・・人の肉片で作られたソファーに座りながら・・・。

「血を浴びる以外に楽しみが出来たと思っていたのだが、興醒めしてしまいそうだ。幸い興味は他にもある。そっちに期待するとしよう・・・。」

男はそう零し、真っ赤な肉片のソファーに、手を突き刺しソファーの一部を抉り取る。そして、徐にそれを“ベロリ”と舐めた。

「まずいな・・・やはり、血は浴びるに限る・・・」

そう言って男は、手に持った肉片を放り投げた。そして、男は立ち上がり、次の町を目指し歩き始める。腰まで伸びた真っ赤な長い髪を、風に靡かせながら・・・。

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