魂の音色

しゅうと

プロローグ①

 日も昇りきった正午ごろ、部屋の外から群衆の叫び声が上がる。

 それに反応して、レッドは椅子から立ち上がり、窓へと向かう。同じく部屋にいた、カミューとゴードンも窓へと走った。

 窓の外には信じられない光景が写っていた。レッド達がいる宿から五つか六つほど向こうの通りだろうか、人が地面から快晴の空に向かって吹き上げられている。しかも、良く見ると、胴体のパーツがバラバラの状態で、真っ赤な血を撒き散らしながら……。

 「な、何だ?あれは……?」

 レッドは思わずそう口から零す。それに対して、カミューが恐怖と興奮が混じった声で答える。

 「何だもクソもあるか、ついに、奴が、奴が現れたんだ。今まで、たった一人で幾つもの町を滅ぼしてきたんだ。あれぐらい出来てもおかしくない」

このカミューの言葉を聞きながらも、レッドは異常な光景から目を離せない。そして、震えた手で窓の淵を握り締めたまま口を開く。

 「分かっている。恐らく、奴が現れたんだろう。だが、だが、あれは何だ?ストームの魔法だとでも言うのか?あの大魔法をあんなに連続で使い続けるなんて無理だ。奴はいったい何をしているんだ?」

 レッドが言い終えるのとほぼ同時に、カミューが怒りを顕にしてレッドの胸ぐらを掴んだ。

 「おいレッド、まさか怖気付いたんじゃあないだろうな?」

 そう言って、カミューはレッドを睨み付ける。その様子をゴードンは、唯静観している。するとそこへ、部屋のドアを開けて、エリーとマリアが入ってきた。

 「ちょっと、何してるの?二人とも」

 部屋に入るやいなや、エリーが大声でそう口にした。

 その声に反応して、カミューが突き放すように、レッドの胸倉から手を離し、エリーに向かって口を開く。

 「別に、唯、レッドがビビッているから、喝を入れてやろうと思ってな」

 そう言って、カミューは鼻で笑い、レッドに視線を戻す。それに対してレッドが反論する。

 「別に、ビビッてなんかいない。唯、奴の能力が何なのか疑問に思っただけだ」

 「奴の能力ぅ?奴の能力が何だろうが、関係ない。どんな能力を持っていようと、戦うしかないんだよ。もう、俺達しか、奴を止められる人間なんて存在しないんだよ!」

 そう言いながら、カミューはまたレッドに詰め寄る。しかし、今度は、エリーが間に割って入る。

 「もう。二人とも落ち着いて話し合いましょう」

 これを聞いて、カミューが今度はエリーに突っかかる。

 「話し合い?何を話し合うって言うんだ?俺達の目的は、後にも先にも奴を倒すことだろう?俺や、皆の仇がすぐそこに居るんだぞ。指をくわえて見てろって言うのか?」

 するとここで、今まで黙っていた。マリアが口を開く。

 「落ち着きな、カミュー。レッドも何も戦わないとは言ってないんだ。そうだろう?レッド」

 マリアのこの言葉で、カミューは一端口を塞ぐ。血の気の多いカミューだが、このパーティーの姉御的存在のマリアの言葉には従った。そして、カミューが落ち着いたのを見計らって、レッドが口を開く。

 「ああ。奴は必ず倒す。だが皆も見ただろう?窓の外の異様な光景を。俺達は負けちゃいけないんだ。だから、せめて奴の能力の一端だけでも……」

 レッドが全部言い切る前に、カミューが口を挟む

 「じゃあ、何だ?今回は、奴の能力だけ見極めて、倒すのは次回に回すとか言うんじゃないだろうな?」

 「そうは言っていない」

 「じゃあ、何だって言うんだ?」カミューが更に突っかかる。

 「やめな!二人とも。はぁ、これじゃ埒があかないね。ゴードン、あんたさっきから黙りっぱなしだけど、あんたはどう思うんだい?」

 マリアは溜息交じりで、二人を止め。初めから、ずっと静観していたゴードンに意見を求めた。すると、ゴードンはゆっくりと口を開いた。

 「今、こうしている間にも犠牲者は増え続けている……」

 この言葉に、ほかの四人がハッとする。そうだ、こんなことをしている場合じゃない。今は一刻も早く、奴を倒さなければ。自分達と同じ思いをする人間が増えるだけだ。

 レッドは慌てて、壁に立て掛けたままの自分の剣を取り、肩に背負う。カミューも同じ様に自らの剣を腰に挿した。

 「急ごう!」レッドがそう言って、四人は部屋の外へと向かう。しかし、ゴードンだけは動かず。また、ゆっくりと口を開く。

 「私達は強い……」

 この言葉に、四人同時に立ち止まって、振り返る。そして、静かに目を閉じゴードンは続ける

 「若干十五歳にして、かの剣術王国ブランシアの剣術大会で優勝し、その髪の色から『赤き英雄』と称された、レッド。そのレッドと同等の実力を持つ賞金首ハンター『地獄の案内人』こと、カミュー。死者すら蘇らす白魔法の使い手にして、今は無きカトラータ寺院の元神官『神の娘』こと、エリー。人々に魔法の存在が知られる遥か昔から、魔法を扱い続けてきた一族の末裔『百の魔法を操る魔女』こと、マリア。そして、引退して久しいが、その昔、ガリシア国で第一聖騎士団団長を勤め、『暴風』と呼ばれた、この私。かって大陸を救った『五英雄』に負けるとも劣らない、このメンバーが心を乱さず、全力を出しさえすれば、倒せぬものなど存在しない」

 言い終えると、ゴードンはゆっくり目を開き、四人に視線を送る。

 すると、嘘の様に四人から、焦りや不安が消えていく。そして代わりに、心の底から勇気が沸いてくる。

 「さっきはすまなかった、カミュー」

 レッドが徐にそう口にした。カミューは、それに反応しレッドの顔を覗き込む。覗き込んだレッドの顔には、もはや一点の迷いすら伺えなかった。カミューは思わず俯き、笑みを零した。

 そしてレッドが今度は、全員に言葉を放つ。

 「行こう、皆。奴には、赤髪(せきはつ)の男には、この俺の剣の錆になることすら許さない」

 この台詞を聞いて、カミューがすかさずチャチャを入れる。

 「当たり前だ、お前が斬りかかる頃には、奴は俺に仕留められているだろうからな」

 そう言って、二人はお互い視線を交わし、笑みを零す。そして、同時に頷くと、それが合図と言わんばかりに、部屋の外へと走り出した。

 それを見て、エリーとマリアは思わず目を合わす。その後、同時に噴出してしまった。

 「マリア、私達も急ぎましょう。あの二人だけだと心配だもんね」

 そう言って、エリーも二人の後を追い掛ける様に走り出す。マリアはすぐには続かず、振り返って、ゴードンに話し掛ける。

 「すまないね、ゴードン。助かったよ。さすが、年の功ってところかね?」

 マリアは笑みを零しながら、ゴードンに礼を言った。すると、ゴードンも笑みを返し答えた。

 「まぁ、そんなところだ。さぁ、私達も急ごう」

 ゴードンは笑みを消し、真剣な眼差しをマリアに送る。吊られてマリアも真剣な眼差しを返す。そして、覚悟を決めようと言わんばかりに、二人が同時に頷く。その直後、二人もまた部屋を後にした。



 五人は、逃げ惑う人の波に逆らって、人が舞う空の方へ向かって走っていた。

 「マリア、あんな魔法って存在するのか?」

 レッドは、自分の少し後ろを走っていた、マリアに尋ねた。

 「いいや、ストームの魔法に似ているけど、あれは魔法じゃないわね。魔法を使ったときに感じる波動をまったく感じないからね。あれが、魔法って言うんなら、この距離でも波動を感じているはずだからね」

 「じゃあ一体なんだと思う?」レッドは重ねてマリアに質問した。

 「さぁね。分からないけど、可能性として考えられるのは、そういう力を宿した何かの武器かアイテム……。それなら、ああしてずっと能力を使い続けていられたとしても、それほど不思議じゃあないね」

 「なるほど。じゃあ、奴の能力を喰らう前にそのアイテムを破壊できれば、勝機はあるって事か」レッドは思わず拳を握り締めた。

 「ああ、そうなるね。だけどね、私は今までいろんな書物を読んだりして、そう言った類のアイテムを調べてきたけど、あんな能力を宿したアイテムの存在なんて見た事も、聞いたことも無いんだよ」

 そう言った、マリアの声のトーンは少なからず下がっていた。それとは対照的にカミューが自信満々に大声で口を開いた。

 「魔法じゃなく、アイテムでもないって言うなら、いったい何なんだよ?今まで、誰も発見できなかったお宝を、奴みたいな大量殺人鬼が偶然発見したってだけさ。それ以外考えられないさ」

 「そうだね、他の可能性なんて思い付かないものね」

 マリアはそう答えて、少し笑みを零した。その笑みに、カミューも微笑んで返す。そして、今度は全員に向かって口を開く。

 「皆!そのアイテム破壊の役目、俺に任さしてもらう。俺は暗殺の世界でも超一流だ。皆は奴の注意を引き付けておいてくれ。隙を見て、俺が奴に攻撃する」

 カミューの言葉に皆が黙って頷く。それを確認すると、カミューは自らの気配を消し始めた。すると他の四人は、目で見れば確かに存在が確認されるのに、まるでそこに居ない様な不思議な感覚に陥った。

 「それじゃあ俺は、ここから別行動だ。甘い考えかもしれないが、暗殺では奴は仕留めない。アイテムを破壊した後、俺達が正々堂々奴を倒す。それでいいよな?」

 そう言って、カミューは笑みを零す。ほかの四人も笑みを零し、大きく頷いた。



 カミューと分かれた後、レッド達四人は一つの大通りに出た。そこはまさに、地獄と呼べる状況だった。辺り一面真っ赤に染まり、そこら中に人の肉片が、所狭しとぶち撒けられていた。

 その光景を見て、誰も口を開かなかった。余りに非現実的なその光景を、すぐには、受け入れることが出来なかった。一度は自分の故郷で見た景色だと言うのに……。

暫く、呆然と立ち尽くした後、レッドが徐に、通りの先へ視線を送る。それに吊られて、他の三人も、通りの先に視線を向けた。そこには、宿で見た時と同じく、人がバラバラになりながら宙へと舞い上がって行っていた。

「皆。意識を強く持て……」

不意に、ゴードンが腹の底から絞り出すような声でそう言った。

その声に反応して、他の三人が、黙ったまま同時に歯を食いしばり、強く拳を握り締めた。そして、次に口火を切ったのはマリアだった。

「ああ、そうさね。私達は、こんなところで立ち尽くしてる場合じゃないよ」

 この言葉に反応して、エリーとレッドも声を出す。

 「そうよ!私達は、こんな光景を二度と誰の目にも映さない為にいるんだから」

 「ああ、そうだ。俺達が止める。奴を。赤髪の男を」

 そう言って、レッドが他の三人に、視線を送る。その目の輝きが、他の三人の心に勇気の火を灯した。そして、声高らかに、マリアが口を開く。

 「ちょいと手荒な火葬になっちまうけど、恨まないでおくれよ!」

 言いながら、マリアは腰に挿してあった杖を引き抜き、呪文を唱え始めた。

 すると、マリアの目の前に、真っ赤な球体が浮かび上がり、それは徐々に大きさを増し、鳥の姿へと変貌していった。ファイヤーバードの魔法だ。

 上級魔法使いでも、ファイヤーバードの大きさは精々、二、三メートルほどの大きさのものしか出せないのだが、マリアのそれは十メートルを優に超え、通り一面を埋め尽くした。そしてマリアが、杖を一振りすると、ファイヤーバードは大きく一度羽ばたき、通りの先目掛け飛んで行った。

 「よし!皆、行くぞ!」

 レッドのその言葉を合図に、四人はファイヤーバードを追い掛ける様に、通りの先目掛け、走り出した。



 レッド達はファイヤーバードとの距離をおよそ十メートルに保ち、その後姿を追いかけた。

 走るにつれ、徐々にファイヤーバードの向こう側に、舞い上がる人の血肉がはっきりと肉眼に捕らえられる事が出来た。そして、またしても、その予想だにしない光景に、四人全員が、度肝を抜かれる。

 「な、何だい?ありゃ。ストームの魔法とは、似ても似つかないよ……」

 青ざめた顔で、そう口にしたのはマリアだった。しかし、マリアがそう零すのも無理は無い。本来ストームの魔法とは術者の周りに真空の渦を発生させ、その渦に巻き込み、切り刻み、上空へと舞い上げる魔法なのだ。しかし、目の前のそれは、明らかに別物だった。

 遠くで見たそれは、確かにストームの魔法に似ていた。いや、上空だけ見れば、今も変わらない、五体バラバラにされた人間が宙を舞っている。だが、視線を下に下ろせば、それは、まったく別物に変わる。真空の渦など、どこにも発生していない。唯その空間に入った人間が浮かび上がり、刃物か何かで切り刻まれたかの様にバラバラになっていくものもあれば、体が内側から膨れ上がり、破裂しているものも目に見て取れる。更に信じられないのが、その浮かび上がる空間を無視するように、上空からバラバラになった肉片と、血の雨だけが、地面に向かって降り注いでいるのだ。

 ただ、その異様な光景を目の当たりにしても、誰一人として走ることは止めなかった。と、言うよりも止めることが出来なかったのだ。今一瞬でも、足を止めてしまえば、必死に押さえ込んでいる恐怖に心を握り潰され、二度と前に進むことが出来なくなる。そのことに、四人全員が無意識に気付いていたのだ。

 そして、その恐怖心を更に打ち払うかの様に、マリアが大声をあげた。

 「みんな、悪いけどさっき話したカミューの作戦。ありゃ、無しにさせてもらうよ!このまま、ファイヤーバードを奴に打ち込むからね!」

 このマリアの言葉に、全員が黙って頷く。

それを確認して、マリアは杖を持ったまま両腕を交差させ、魔力を込める。

 すると、ファイヤーバードが更に大きく膨れ上がる。そして、そのまま前方の異様な空間へと突っ込んだ。それと同時に全員が足を止め、その行方を見守る。

 だが、ファイヤーバードはその空間に入った部分から、形が崩れ、上空へと舞い上がっていく。それを見て、誰もがやはり駄目かと、半ば予想通りの結果に落胆の表情を浮かべた。だが、マリアだけは違った。持った杖に更に、魔力を込める。

 「そんなのは、予想してたよ。形を崩されようと、上空に舞い上げられようと、関係ないよ。お前の作ったその空間すべて、私の炎で埋め尽くしてやるからね」

 そう言い放ち、マリアはゆっくりとその空間のギリギリ手前まで歩き出し、魔力と共に炎を空間へと送り込む。すると、見る見るうちに、その空間は炎で埋め尽くされる。そして、炎の柱と言うにはあまりにも大きい、さしずめ、炎の塔といったものが出来上がった。

 これほどの魔力を持った人間が、この世に存在したという事は、赤髪の男にとっては、誤算だったに違いないだろう。レッドは目の前の炎の塔と、偉大な魔法使いの後姿を見てそう思わずにはいられなかった。そして、驚くことに、マリアは空間を埋め尽くすほどの炎を出したのにも関わらず、一向に魔力を注ぎ込むのをやめない。恐らく、彼女の中で、殺されたものへの、怒りや憎しみが溢れ出てきているのだろう。そんな事を思いながら、目前の光景を眺めていると、マリアが口を開いた。

 「皆、悪いけど私の魔力、ここで使い果たさしてもらうよ。今度は、空間の中を更なる灼熱地獄へ変えてやるからね。これでもし、奴が生きてたら、後は任せたよ」

 マリアが少し笑みを零しながら、そう言ったのに対し、他の者達は唯、笑顔を浮かべて返した。誰もが勝利を確信していたのだ。

 だがしかし、マリアが更に魔力を込めようとした瞬間。炎の柱が一瞬渦を巻き、空間と共に弾け飛んでしまった。その衝撃で、マリアの体が、猛スピードで後方へと吹き飛ばされる。それを、とっさにレッドが受け止めた。

 全員の頭の中が、一瞬真っ白になる。なにが起きたのか理解できない。そして、呆然と前方へと視線を向ける。

 すると、真っ黒に焦げあがった通りの真ん中に、一体の人影が立っていた。全員がまさか、と思い身構える。いや、身構えると言うよりは、硬直したと言ったほうが正しい。

 全員が、状況を理解出来ない中、前方の人影がゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのだけが理解できる。そして、近づいてくるうちに、その姿が徐々に、はっきりと捉えられる。衣服は纏っておらず、頭の上から足の先まで全身血まみれで、長い赤い髪を風に靡かせていた。

 全員の頭が一気に回り始める。それぞれが武器を抜き身構える。それと同時に、赤髪の男は、歩みを止めた。その時、レッド達との距離は、およそ十メートルにまで縮まっていた。

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