第49話 鬼

「オオオ!」

 それはこん棒を振りかぶって襲って来る。

「うわあ!」

 後ろを歩いていた俺が先頭になっており、つまり俺がそいつの初撃を受ける羽目になった。

 どうにかそれを受け、まじまじとそいつを見た。

 これまでにも二足歩行のブタはいたが、顔はどう見てもブタだった。ゾンビや霊もいたが、それらはどう見ても生きているヒトには見えなかった。

 しかしこいつは、ヒトとほぼ変わらない。誰か人間が襲って来たと思いかねない。

 それが違うとわかるのは、頭に小さい角が生えているからだ。

「鬼?」

 呟くと、そいつはニヤリと笑った。

 縞々パンツははいていないが毛皮を腰に巻き付け、太いこん棒を両手で構えている。筋肉はかなり発達しており、身長は2メートル少しあるのではないだろうか。

 それが一声、大きな声をあげた。

「ガアアッ!」

 するとすぐに、周囲の草の壁がガサガサと揺れ、割れると、同じような姿の鬼が姿を現した。仲間を呼んでいた声だったようだ。

「4人か」

 うっかりと「4人」と数えてしまったが、誰も異を唱えない。それほど、こいつらは「ヒト」に見えた。

「イエ!」

 何だ、と考えるまでもなく、「イエ」と言ったやつが振るうこん棒をかわし、槍を突き出す。

 後は夢中で、各自が1対1で鬼とやり合う。

 こん棒をまともに槍で受けると力負けするのは悔しいが目に見えている。しかし、斜めに当てて流すといいという事がやっていてわかった。

 落ち着いて考えれば、簡単な物理法則だ。ベクトルの向きを変えればいい。

 ただ、そこから再攻撃されるので、それよりも先にこちらが攻撃すれば問題はない。

 チサの助言を待つまでもなく、全員思っているだろう。急所は俺達ヒトと同じだと。

 槍の先が肘の内側を切り裂き、鬼は

「ウゴオ!?」

と叫んでこん棒を取り落とした。

 俺は背後に回り、背中から脾臓を突き刺す。

 浅い。鬼は怒り狂った顔で振り返り、両手を突き出して来た。

 俺はその手を避けながら槍を下から上へと振った。するとそれは鬼の胸から首を浅く傷つけ、鬼が一瞬怯んだ様子を見せた隙に、首を斬りつけ、胸の真ん中──心臓辺りへと突き立てる。

 鬼は後ろへ倒れ、しばらく弱々しく痙攣していたが、槍の穂先をガッチリと筋肉で締め付けて離さない。

 抜けない事に焦っていた俺だが、鬼の体に足をかけて抜く事もどこか恐ろしく、闇雲に引っ張るだけだった。

 その内、鬼は体をビクンとさせた後は動かなくなり、様子を窺っている先で魔石を残して消えて行った。

 ホッとしたのもつかの間、皆の事を思い出して周囲を見る。

 チサはもう終わっていたらしく、珍しく表情を無くして魔石を見つめていた。

 イオも魔石を拾い上げ、皆の様子を見るためか見回す。

 ハルは息を大きく弾ませ、引き攣ったような顔付きで今消えていく鬼を睨むようにして見つめていた。

 俺達は魔石を拾い、無言で迷路のクリアに戻った。

 そして、忘れた頃に思い出した。

 イエと言ったのは、死ねと言ったのではないか、と。

 姿形だけでなく、言葉も知恵も自分達の中では使う。ヒトと嫌になるほど似ていた。友好的な雰囲気であれば、意思疎通も可能ではないかと思われる。

 それは、物凄くやり難い。

「こういう魔物もいるのかぁ」

 イオがボソリと言い、それに何か言おうとしたところで草の壁がなくなって視界が広がり、階段が目の前に現れた。

「やっとゴールか」

 俺達は疲れ切った気分で階段を下りた。


 いくらかした頃、後ろからあるチームが追い付いて来た。チーム帝だ。いくら何でも、ここまで有名人なので、俺でも知っている。

「やあ、こんにちは」

 短く、愛想よく挨拶して来る。リーダーの佐伯研吾さんだ。

「あ、どうも」

 言ってから、我ながら愛想が無いな、と思った。

 しかし、イオもハルも目を輝かせて興奮しているので、これで収支は合っているかと思っておく事にした。

「もしかして、君達が桃太郎か?」

 盾を持つ豪放磊落という感じの男が訊く。盛田功規さんだ。

「はい!」

 イオが答えた。

「へえ」

 そう言って、彼らは俺達を観察するように眺めた。妙な顔をしているので、わかる。どうせそうは見えないとか思っているに違いない。細身の男、細川 忍さんはだまったまま俺達をさりげなく観察している。

「皆、何のお仕事をされていたんですか?趣味で武道をしているとか?」

 薙刀の女性、一条さゆりさんに訊かれ、答える。

「私は元警察官です。剣道とかは子供の頃からしていました」

 イオは張り切って答えるが、俺達は気後れしてしまう。

「えっと、俺は研究職でした。元々インドア派です。学生時代、一番嫌いなのが体育の授業でした」

「私は専業主婦でしたよお。スポーツは特にはしてないわねえ」

「ああ、その、僕もスポーツは得意ではないです。えっと、色々あって、フリーターでした」

 彼らは一瞬奇妙な表情を浮かべ、礼儀正しくそれを押し隠した。

「そ、そうなんだ。へええ」

 まあ、誰でも相槌に困るだろう。そしてここで、話題を変えようとするに違いない。

「ん?あれは──」


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