第47話 魔空間

 探索者達の間に、最近ある怪談が囁かれていた。

「1階のボス部屋?あの、狭い所か?」

「そうそう。聞き取れるかどうかくらいの音が聞こえる時があるんだって。ポチャンっていう水の音とか、フフフっていう笑い声とか」

 聞いている方はゴクリと唾を呑み込んだ。

「それ、何だよ」

「わからないけど、死んだオークの怨念がいるんじゃないかって」

「バカ言うなよ。死んだ魔物が幽霊になって留まるなんて聞いた事ないぞ」

「でも、聞こえるんだよ。きっと、狭い部屋で死んだヤツが今も血だまりに立ち尽くして、新しい探索者が入ってくるたびに殺してやろうって笑ってるに違いない」

「ま、待てよ。だったらダンジョン中が幽霊だらけになってるはずだろ」

「えっと……まあ、ヤツが特別なんじゃないの?だって、部屋だって異様に狭いし」

「確かに、あそこだけ変だもんな……」

 彼らはそう言いながら、腕を抱くようにしてブルッと震えた。


「って怪談ができてるわよ!?シュウの仕業よね!?」

 イオが仁王立ちになって俺を睨んでいた。

「ええ?何で?まあ、場所的にはそうかもしれないけど──あ」

 思い出した。確かに、実験が上手く行った時などには、笑ってしまったかも知れない。それに金魚だって、水槽で跳ねる事があるだろう。

「俺か……」

 俺は頭を掻き、ハルは頭を抱えて慌て出した。

「どうしよう、どうしよう?」

 それにチサは、ううんと考えて、笑った。

「放っておけばいいんじゃないかしらあ?ほら。最初のボス部屋でしょう?この先には幽霊も出ますよーってお知らせしてるって思ってもらえばあ」

 それを聞いて俺達は、どうせいい考えもないのだからそれにしておこうと決めた。

「でも、なるべく笑わない。喋らない。いいわね?」

「はい」

 俺は神妙に頷き、その件は終わったとばかりにその含み笑いの元となったかもしれないそれを出した。

「ボディバッグ?」

 俺はニンマリと笑って頷いた。

「そこのショッピングセンターのスポーツ用品店で買って来た」

 イオもチサもハルも、「それがどうした」という顔で、バッグと俺の顔を交互に見ている。

「いいか?」

 俺は皆を地下室へ連れて行くと、並べて積んであったリンゴを手に取り、バッグに入れ始めた。1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、7つ、8つ──。

「ちょっと待ってぇ?」

 チサがようやくストップをかけた。

「どうしてそんなに入るのお?バッグが変形もしていないわよお?」

「え、どういう事?何で?手品?」

 ハルが小さいテーブルの下を覗き込み、イオはハッとしたような顔をした。

「まさか!?あれなの?小説でお馴染みの空間収納とかいう!?」

「名前はわからないけどな。カエルの口の中が、大きなものでも、いくらでも入るっていう魔術を発動してて。それを参考にしてみた。

 だから、皆も好きなバッグを持って来てくれ。こうするから」

 俺は胸を張り、チサとイオとハルは目を輝かせた。

「これって物凄く便利じゃないの!?あんたマジでできる子ね!」

「凄いわあ!」

「凄いよ!大発明だよ!」

「ふふん。

 まあ、ダンジョンの外では出し入れできないんだけどな。魔力の関係かな」

 その時壁の外で扉が開く音がして、俺達は無言でキッチンへ戻った。

「出し入れはダンジョン内でしかできないけど、カートを引っ張って歩くのも今後は難しくなるかもしれないし、よそのダンジョンに行く時にはカートを持っていけないしな。便利だろ。

 どれだけ入るのかはまだよくわからないけど、カートと入り口に転がってる岩は入る」

「クマとかイノシシとかシカとか、余裕で入るわね」

 イオとチサが嬉しそうな顔をしたが、ハルが気付いたように真顔になった。

「シュウ、これって公開するのか?物凄く騒がれるよ?作ってくれって言われるよ。会社でも作る気か?」

 それに俺は顔をしかめた。

「面倒臭い。他人のバッグまで知るかよ。でもまあ、秘密にもできないよなあ」

 ダンジョン内で見かけた時の姿と買取依頼の内容があまりにも違い過ぎると、誰だって変に思うだろう。

「まあ、しばらくは試験的に使って様子を見て、それから特許を取るか」

「そうねえ。

 じゃあ、後でショッピングセンターに行って使いやすそうなカバンを見て来ようかしらあ」

「そうね。リュックかボディバッグかウエストポーチが、動く時にも邪魔にならないかしら?」

「僕はリュックにしようかな」

 俺達はわいわい言いながら、リビングへ戻った。

 

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る