第46話 ヒドラポーション

 俺はカエルの舌に巻き取られて口に入れられそうになっていた。

 が、偶然にも槍がひっかかって、中を覗き込む形で止まっていた。

 口の中が見える。カエルにはあるまじきことに、びっしりと小さく鋭い歯が並んでいた。

 そして口腔内は、底が無いおかしな空間だった。ブラックホールというのはこういうものなんだろうか?いや、違う。それは魔術だった。

 知らず、俺は笑っていた。

「イオ!」

「任せて!」

 イオが俺を巻き取っているカエルの舌に刀を振り下ろすと、俺はボトリと地面に投げ出された。

 舌の先端部分に近かったためか、カエルはまだ死なない。

 チサはカエルに近寄り、舌の根元を牛刀で斬った。切断には至らない。刃の長さが足りない。

 返す刀で斬りつけた部分に再度斬りつけて、舌を切断した。

 それでカエルは倒れた。

 俺達は肩で息をしながら、興奮が収まるのを待った。

 そしてカエルが消えた代わりに現れた魔石を拾い上げてから、思い出した。

「あ。誰か1人やられたとか言ってたわね。食べられたの?その辺にいるの?」

 イオが言い出したので俺達も思い出し、辺りを見て回る。

 すると、探索者が1人倒れていた。片腕が無く、出血のせいか唇が紫色になっているが、心臓はまだ止まってはいない。

「どうする!?」

「すぐ外に──間に合わないわ」

 俺達は同時にそれを思い出し、カートへ目をやった。ヒドラポーションだ。

「使うか?

 1憶だ。こいつやこいつのチームが支払えるとは思えないけどな」

 探索中の事は完全に自己責任だ。しかもこいつのチームのやつらは、擦り付けて行きやがった。

 それでも、俺達は同じ顔付きをしていた。

「放っておくのも目覚めが悪いわ」

「そうよねえ。何だったら、ヒドラはまた挑んでもいいわねえ」

「人命に勝るものはないよ」

「よし」

 俺達はヒドラポーションを取り出すと、その紫色になり始めた唇の間にビンをねじ込んだ。

 そのあとを、俺達は固唾を飲んで見つめた。

 ビンが空になったが、変化はない。

 と、体が緑色に発光する。

「うおっ!?普通のポーションよりも光が強いぞ!」

 ハルが興奮気味に言った。

 次に、肩先の千切れた服の下から、何かが伸びた。そしてそれは、あれよあれよという間に腕の形になり、発光は止まった。

 誰もが喋らずに、今見た光景を頭で反芻し、考えていた。

 いや、喋れなかったのが正しいのか。

「腕が、生えたよ」

 ハルが呆然として言い、それで皆、歓喜の声をあげた。

 俺も誰かれなく肩を叩き合い、しばらく興奮のままに騒ぐ。

 が、ここがどこか思い出した。

「とにかく出よう」

 腕が復活しても、出血多量だったのは確実で、今も彼は、意識がもうろうとしている。

「遺体と一緒だけど、カートに乗せよう」

 男をカートに押し込み、俺達は転移石から1階へと戻った。


 俺達にカエルを擦り付けた格好になった3人は、協会に飛び込んで助けを乞い、戻って来ようとしていた。

 そこに俺達が戻り、仲間も無事に助かったとわかって喜んだが、ヒドラから出たポーションを飲ませて腕を再生させたと聞いて顔が強張った。

「そんな……払えないぞ」

「1憶もするもの……腕を再生させてなんて頼んでない。そうよね」

 まあ、そう言いたいのはよくわかる。善意のつもりでも、押し売りみたいなものだ。

 俺達はそれでも嘆息しそうになるのを抑え、言った。

「いや、勝手にした事だから。いいですよ」

 イオが無表情で言うと、彼らは気まずそうな顔をしながら目を逸らせた。

「確認するのがセオリーとは言え、意識がなかったからねえ。それに出血多量で死にそうだったしい。仕方ないわよねえ」

 チサが笑いながら言うが、全然空気は和やかにならない。

 協会の職員が、咳払いして言った。

「こういう場合どうするべきか、考えないといけませんね」

 この後しばらくして探索者保険というのができ、こういう場合は保険会社が支払うという事になった。そして探索者はこれに加入しないとダンジョンに入れないという規則になった。





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